下鴨神社三井神社・下鴨神社見どころ(修学旅行・観光)

下鴨神社三井神社

●下鴨神社三井神社は下鴨神社の摂社で、東本殿(国宝)・西本殿(国宝)西側に建立されています。三井神社は奈良時代初期の713年(和銅6年)に第43代・元明天皇の勅によって編纂させた官撰地誌「山城国風土記(やましろこくふうどうき)」逸文に「又曰、蓼倉里、三身社、称三身者、賀茂建角身命也、丹波伊可古夜日女也、玉依日女也、三柱神身坐、故三身社、今漸云三井社」と記され、蓼倉里三身社(たでくらのさとみみのやしろ)が前身とされ、それ以前に祀られていたとも言われています。ちなみに蓼倉里(蓼倉郷)は奈良時代から平安時代のこのあたり一帯の地名で、三身社は下鴨神社西本殿に祀られている賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)、その妻・伊賀古夜日売命(いがこやひめのみこと)、その子で、下鴨神社西本殿に祀られている玉依日売命(たまよりひめのみこと)のことです。三井神社は平安時代中期の「延喜式神名帳(927年(延長5年))」に「三井ノ神社」と記され、名神大社(みょうじんたいしゃ・式内社(しきないしゃ))に列せられたと言われています。現在の社殿は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。なお三井神社では中社に賀茂建角身命、東社に伊賀古夜日売命、西社に玉依日売命を祀っています。またいずれも境内社である諏訪社(すわのやしろ)に建御方神(たけみなかたのかみ)、小杜社(こもりのやしろ)に水分神(みくまりのかみ)、白鬚社(しろひげのやしろ)に大伊乃伎命(おほいのきのみこと猿田彦神(さるたひこのかみ))を祀っています。
●下鴨神社三井神社には本殿(中社・東社・西社)・拝殿(舞殿)・棟門・東西廊下があります。本殿(中社・東社・西社)は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。拝殿は桁行二間・梁間一間で、入母屋造(いりもやづくり)の檜皮葺です。棟門は一間薬医門で、切妻造(きりつまづくり)の檜皮葺です。ちなみに拝殿(舞殿)では十二単衣の着付と王朝舞の特別拝観を行っています。特別拝観では葵祭で斎王代も身に着ける十二単衣の着付けや衣紋(着付)の解説が行われ、着付け後に十二単衣姿による古式ゆかしい王朝の舞が披露されます。(要確認)
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社・下鴨神社がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺の金堂・唐招提寺の講堂に採用されています。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮・出雲大社などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
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