安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養2026年7月25日(中風除け)

安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養(日程・アクセス・概要)
安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養(日程時間など)を紹介しています。鹿ヶ谷カボチャ供養は例年7月25日に行われています。鹿ヶ谷カボチャ供養では煮炊きされた鹿ヶ谷カボチャを食べ、中風にならないよう祈願します。なお鹿ヶ谷カボチャ供養では安楽寺縁起絵・剃髪図・九相図などの寺宝が本堂で虫干しを兼ねて公開されます。(要確認)(詳細下記参照)
【安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養2026 日程時間(要確認)】
安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養2026は2026年(令和8年)7月25日(土曜日)9:00~15:00に行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・安楽寺ホームページ
【安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町21
最寄り駅・バス停・・・真如堂前(徒歩約10分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から安楽寺は5系統(A1乗り場)
*四条河原町からは5系統、32系統、203系統
*四条烏丸からは5系統、203系統
*河原町丸太町からは204系統
路線・時刻表・運賃チェック
【安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養 歴史・簡単概要】
安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養(ししがたにかぼちゃくよう)は住職・真空益随上人(しんくうえきずいしょうにん)が本堂で修行中、本尊・阿弥陀如来から「夏の土用の頃、当地の鹿ヶ谷カボチャを振る舞えば、中風(ちゅうふう)にならない」という霊告を受け、7月25日を供養日に定めたのが起源です。なお鹿ヶ谷カボチャは寺伝によると寛政年間(1790年頃)に京都粟田に住んでいた玉屋藤四郎(たまやとうしろう)が青森に旅行した際、カボチャの種を持ち帰り、鹿ヶ谷の庄米兵衛に与えました。栽培すると突然変異で、ひょうたん(瓢箪)の形になったと言われています。
鹿ヶ谷カボチャ供養では煮炊きされた鹿ヶ谷カボチャを食べ、中風にならないよう祈願する中風封じの行事です。なお鹿ヶ谷カボチャ供養では安楽寺縁起絵・剃髪図・九相図などの寺宝が本堂で虫干しを兼ねて公開されます。また僧侶による絵解き(解説)も行なわれています。(要確認)
中風は言語障害・手足のしびれやまひ・片まひ・半身不随などの脳血管障害の後遺症の症状を指すそうです。
鹿ヶ谷カボチャは辛味だいこん・青味だいこん・茎だいこん・聖護院だいこん・松ヶ崎浮菜かぶ・うぐいす菜・すぐき菜・聖護院かぶ・みず菜・壬生菜・畑菜・もぎなす・山科なす・賀茂なす・田中とうがらし・桂うり・えびいも・堀川ごぼう・柊野ささげ・京うど・京みょうが・九条ねぎ・京せり・くわい・京たけのこ・伏見とうがらし・桃山だいこん・鷹峯とうがらしとともに1987年(昭和62年)に定められた京の伝統野菜です。なお鹿ヶ谷カボチャは瓢箪南京(ひょうたんなんきん)とも言われていたそうです。
【安楽寺 歴史・簡単概要】
安楽寺・松虫鈴虫寺は鎌倉時代(1185年~1333年)初期に浄土宗の宗祖・法然上人の弟子である安楽・住蓮が布教活動の拠点として鹿ヶ谷草庵を結んたのが起源と言われています。安楽・住蓮が東山を散歩していると山中から一匹の白い鹿が現れ、俊寛の山荘跡あたりで姿を消し、不思議な霊告を感じました。鹿ヶ谷草庵は現在、安楽寺が建立されている場所よりも東側約1キロの山中にあったと言われています。1206年(建永元年)に後鳥羽上皇紀州熊野行幸の留守中、寵愛した松虫・鈴虫が法然上人・安楽・住蓮からの念仏の教えに感銘して出家し、法然上人が讃岐に流罪、安楽が京都六条河原で斬首、住蓮が近江国馬淵で斬首となる建永の法難(承元の法難)が起こります。松虫・鈴虫は瀬戸内海の生口島・光明防で念仏三昧の余生を送り、松虫は35歳、鈴虫は45歳で亡くなったと言われています。建永の法難以降、鹿ヶ谷草庵は荒廃しました。1211年(建暦元年)に讃岐から京都に戻った法然上人が安楽・住蓮の菩堤を弔う為に鹿ヶ谷草庵を復興するように命じられ、住蓮山安楽寺と名付けました。天文年間(1532年~1555年)に現在の場所に再興されたと言われています。寛政年間(1789年~1801年)頃に真空益随上人が修行中に本尊・阿弥陀如来から霊告を受け、カボチャ供養の起源になりました。
*参考・・・安楽寺(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【安楽寺鹿ヶ谷カボチャ供養 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
安楽寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
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