相国寺勅使門・相国寺見どころ

相国寺勅使門

●相国寺勅使門は2007年(平成19年)3月16日に京都府指定有形文化財に指定されました。
●相国寺勅使門は桃山時代から江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)に再建されたと言われています。相国寺では江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火で方丈(ほうじょう)・開山堂・庫裏(くり)などを焼失したが、勅使門は焼失を免れました。2004年(平成16年)9月21日に修復落慶法要が営まれました。勅使門は御幸門(みゆきもん)とも言われていました。なお勅使門は平常は閉じられ、特別の時に使用されます。
一般的に勅使門は天皇の使者・勅使が寺院に参向した際に出入りに使われる門です。ちなみに使者は上皇の場合に院使(いんし)、皇后の場合に皇后宮使(こうごうぐうし)、中宮の場合に中宮使(ちゅうぐうし)、皇太后の場合に皇太后宮使(こうたいごうぐうし)、女院の場合に女院使(にょいんし)と言われます。
御幸門の「御幸(みゆき・ごこう・ぎょこう)」は天皇・上皇・法皇・女院などが出掛けることです。天皇の外出の場合には行幸(ぎょうこう・みゆき)と言います。また目的地が複数ある場合には巡幸(じゅんこう)と言います。
●相国寺勅使門は四脚門(よつあしもん)で、切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
四脚門は2本の本柱の前後に2本の控柱を建てた合計4本の柱がある門です。四脚門は寺院の正門に用いられることが多い格式の高い門とされています。四脚門は普通切妻造だが、江戸時代以降に入母屋造の四脚門も造られました。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
相国寺見どころ

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