相国寺鐘楼・相国寺見どころ

●相国寺鐘楼は京都府指定有形文化財です。
●相国寺鐘楼は江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火で焼失し、1789年(寛政元年)4月に古鐘を購入して仮楼が建立され、1843年(天保14年)に現在の鐘楼が再建されました。梵鐘には陰刻銘があり、順調な気候で災害や戦争がなく、国が豊かで人民の安らかなことなどを願う内容が刻まれ、「干時寛永六己已季卯月七日」と記されていることから江戸時代前期の1629年(寛永6年)に鋳造されたと言われています。なお相国寺鐘楼は洪音楼(こうおんろう)とも言われています。なお相国寺には2011年(平成23年)夏に建立された天響楼(てんきょうろう)もあります。
一般的に鐘楼は梵鐘を吊るす堂塔です。鐘楼は金堂(こんどう)・塔・講堂・経蔵・僧坊・食堂(じきどう)とともに七堂伽藍(しちどうがらん)と言われています。鐘楼は寺院で時刻や非常を告げる施設として設けられ、梵鐘の響きは功徳(くどく)になるとされました。鐘楼は古くは金堂の背後に経蔵と対し、一般に太鼓を置いた鼓楼(ころう)に対して伽藍の両翼を建立されました。鐘楼は古代中国の様式を模し、上下2層からなる楼造(たかどのづくり)の法隆寺(ほうりゅうじ)西院伽藍の鐘楼(平安時代)が唯一残された古式の鐘楼遺構と言われています。その後法隆寺東院の鐘楼(鎌倉時代)のように下層が裾(すそ)広がりの袴腰造(はかまごしつくり)や東大寺(とうだいじ)の鐘楼(鎌倉時代)のように四隅に柱を立て、四方を吹き放した吹放(ふきはなし)などの鐘楼が現れました。鐘楼は現在、高い土台の上に四本柱を立て、四方を吹抜きにしたものが一般的です。なお鐘楼は鐘撞堂・釣鐘堂などとも言われています。
●相国寺鐘楼は桁行三間・梁行二間で、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。相国寺鐘楼は下層が末広がりになった袴腰付(はかまごし)です。相国寺鐘楼は禅宗様を基調に和様が取り入れられています。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
相国寺見どころ

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