相国寺浴室・相国寺見どころ

相国寺浴室

●相国寺浴室は安土桃山時代の1596年(慶長4年)に再建され、2002年(平成14年)6月に復元修復されました。相国寺浴室はかつて室町時代前期の1400年(応永7年)頃に建立されました。相国寺浴室は宋(中国)の禅宗建築を描いた巻物「大唐五山諸堂図」に浴室が天童山宣明様と描かれていることもあり、宣明(せんみょう)と言われています。ちなみに宣明と言われるのは皇室・将軍家に限られ、相国寺が室町時代第3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)が創建したことから宣明と言われています。また「首楞厳経(しゅりょうごんきょう)」に跋陀婆羅菩薩(ばっだばらぼさつ)などの十六菩薩が風呂の供養を受けた際、水によって悟りを開いたとされ、跋陀婆羅菩薩が祀られています。なお禅宗では日常の立ち居振る舞い全てが修行の場であるという「威儀即仏法(いいぎそくぶっぽう)作法是宗旨(さほうこれしゅうし)」から浴室は体だけでなく、心の垢を落とすという意味もあるそうです。
一般的に浴室は浴場のある建物です。古くから神道では川や滝で沐浴(もくよく)の一種である禊(みそぎ)が行われていました。飛鳥時代に仏教が伝来すると僧侶が沐浴する浴堂(湯堂)などが建立されました。ただ入浴は湯に浸かるのではなく、薬草などを入れた湯を沸かし、蒸気を浴堂内に取り込んだ蒸し風呂形式でした。その後社寺などに参籠する大衆用の潔斎浴場(けっさいよくじょう)も別に建てられ、大湯屋と称しました。平安時代には上級の公家の屋敷内に蒸し風呂の浴堂が取り入れられるようになり、清少納言(せいしょうなごん)の随筆「枕草子(まくらのそうし)」にも蒸し風呂の様子が記されています。ちなみに僧侶は潔斎の為に早くから湯を別の湯槽に入れて行水することもあったが、大衆は長く蒸し風呂形式で、江戸時代初期に湯に浸かる浸す方式になりました。なお浴室は禅宗寺院で本尊を安置する仏殿(金堂)・仏国土に至る三門(山門)・僧侶の居住する庫裏(くり)・僧侶が仏教を講義する法堂(はっとう)・仏道修行に励む禅堂(そうどう)・トイレである東司(とうす)とともに七堂伽藍に数えられています。また浴室は僧堂・東司とともに私語を謹む三黙堂(さんもくどう)に数えられています。
●相国寺浴室は切妻造(きりづまづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
桟瓦葺は平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用して屋根を葺く方法です。ちなみに本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
相国寺見どころ

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