渉成園梅見ごろ(2月上旬~3月上旬頃)

渉成園梅見ごろ

渉成園梅見ごろ(イベント・・・)情報を紹介しています。渉成園には梅林である双梅檐(そうばいえん)・ろう風亭(ろうふうてい)周辺に紅梅・白梅など約20本の梅の木が植えられ、梅と印月池・ろう風亭・漱枕居などの光景が美しいと言われています。双梅檐・印月池・漱枕居は渉成園十三景に数えられています。(詳細下記参照)

【渉成園梅見ごろ(要確認)】
渉成園の見ごろは例年2月上旬頃から3月上旬頃です。なお梅の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2020京都梅名所

【渉成園梅・渉成園 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市下京区下数珠屋町通間之町東入東玉水町
最寄り駅・バス停・・・烏丸七条(徒歩すぐ)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から渉成園は5系統(A1乗り場)、26系統(D3乗り場)、205系統(B3乗り場)、206系統(D2乗り場)、208系統 (C1乗り場)
*四条河原町からは5系統
*四条烏丸からは5系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*JRの場合、最寄り駅は京都駅(徒歩約15分)
*地下鉄烏丸線の場合、最寄り駅は五条駅(徒歩約7分)
*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は七条駅(徒歩約10分)

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【渉成園梅見ごろ】
渉成園はあまり知られていない梅の名所です。渉成園の見ごろは例年2月上旬頃から3月上旬頃です。渉成園には梅林である双梅檐(そうばいえん)・ろう風亭(ろうふうてい)周辺に紅梅・白梅など約20本の梅の木が植えられ、梅と印月池(いんげつち)・ろう風亭・漱枕居(そうちんきょ)などの光景が美しいと言われています。双梅檐・印月池・漱枕居は渉成園十三景に数えられています。
双梅檐は梅林です。檐はかつてろう風亭が現在の規模よりも大きく、その庇(ひさし)が双梅檐の辺りまで掛かっていたことに由来します。檐には庇の意味があるそうです。
ろう風亭は1865年(慶応元年)に再建されました。ろう風亭は大書院で、大広間がある寄棟造の桟瓦葺・銅板葺です。ちなみに明治天皇が来園した際には休息所に使われたと言われています。
梅は中国原産のバラ科サクラ属の落葉高木です。梅は630年(舒明2年)から838年(承和5年)に派遣された遣唐使(けんとうし)が唐(中国)から日本に伝えたと言われています。梅には500種以上の品種があるが、野梅系(やばいけい)・紅梅系(緋梅系)・豊後系(ぶんごけい)に大きく分類されるそうです。
花見と言うと現在は桜を連想するが、奈良時代には中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に変わり、奈良時代末期頃成立の「万葉集」では梅を読んが和歌が桜よりも多かったが、平安時代前期成立の「古今和歌集」では桜を詠んだ和歌の方が梅よりも多くなります。

【渉成園 歴史・簡単概要】
渉成園(しょうせいえん)・枳殻邸(きこくてい)は東西南北約200メートル・面積約3.4ヘクタールで、池泉回遊式庭園がある東本願寺の別邸です。渉成園は平安時代に光源氏のモデルと言われている第52代・嵯峨天皇の皇子・源融(みなもとのとおる)が奥州・塩竃の風景を模した別荘・六条河原院(塩竃第)があった場所とも言われています。渉成園は1641年(寛永18年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光が東本願寺に寄進し、1653年(承応2年)に東本願寺第13代・宣如(せんにょ)の願いにより、煎茶の祖とも言われる石川丈山(いしかわじょうざん)が書院式回遊庭園に作庭しました。その後門首の隠退所や外賓の接遇所として使用されたり、1678年(延宝6年)から1754年(宝暦4年)までは東本願寺の学寮が置かれたりしたが、1858年(安政5年)の安政の大火・1864年(元治元年)の元治の大火によって焼失しました。1865年(慶応元年)から明治時代初期までに建物が再建されました。なお渉成園には敷地の6分の1を占める印月池や園林堂・縮遠亭・傍花閣・臨池亭・滴翠軒・回悼廊・ろう風亭などがあります。
渉成園は東本願寺の飛地境内地です。
*参考・・・渉成園(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ渉成園(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【渉成園梅見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
渉成園(アクセス・見どころ・・・)情報

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