安井金比羅宮春季金比羅大祭2025年5月10日(日程時間・・・)
安井金比羅宮春季金比羅大祭
安井金比羅宮春季金比羅大祭(日程・時間・・・)を紹介しています。春季金比羅大祭は例年5月10日に行われています。春季金比羅大祭は春季大祭と火焚神事に分かれています。火焚神事では氏子などの願いが込められた護摩木を護摩壇で焚き上げ、家内安全・無病息災などの祈願成就を願います。なおお茶席や模擬店が設けられます。(要確認)(詳細下記参照)
【安井金比羅宮春季金比羅大祭2025 日程時間(要確認)】
安井金比羅宮春季金比羅大祭2025は2025年(令和7年)5月10日(土曜日)に行われます。11:30から春季大祭、13:00から火焚神事が行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・安井金比羅宮ホームページ
【安井金比羅宮春季金比羅大祭 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市東山区東大路松原上ル下弁天町70
最寄り駅・バス停・・・東山安井(徒歩約1分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは206系統(D2乗り場)
*四条河原町からは207系統
*四条烏丸からは207系統
*河原町丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック
*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は祇園四条駅(徒歩約10分)
*阪急電鉄京都線の場合、最寄り駅は京都河原町駅(徒歩約15分)
【安井金比羅宮春季金比羅大祭 歴史・簡単概要】
安井金比羅宮春季金比羅大祭(しゅんきこんぴらたいさい)は春の大祭です。
春季金比羅大祭は午前の春季大祭と午後の火焚神事(ひたきのしんじ)に分かれています。なお春季金比羅大祭ではお茶席や模擬店が設けられます。(要確認)
春季大祭は本殿で行われ、火焚神事は縁切り縁結び碑(いし)の前庭に護摩壇を設けて行われます。
火焚神事では氏子などの願いが込められた護摩木を護摩壇で焚き上げ、家内安全・無病息災などの祈願成就を願います。火焚神事では神職・氏子・招待者だけでなく、一般の参列者にも護摩木の投げ入れが勧められる場合もあります。
縁切り縁結び碑は主祭神・崇徳天皇(すとくてんのう)の断ち物の祈願と男女の縁を妨げる全ての悪縁断ちの祈願に由来しています。崇徳天皇は1156年(保元元年)の保元の乱に敗れて讃岐に流され、金刀比羅宮で一切の欲を断ち切り、国家安泰を祈願しました。また崇徳天皇は保元の乱により、寵妃・阿波内侍(あわのないし)と心ならずも別れました。
●安井金比羅宮の歴史(創建から現在)を紹介しています。
安井金比羅宮歴史(藤原鎌足・崇徳天皇)
●安井金比羅宮の見どころ(本殿・縁切り縁結び碑など)を紹介しています。
安井金比羅宮見どころ(本殿・縁切り縁結び碑など)
【安井金比羅宮 歴史・簡単概要】
安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)は飛鳥時代後期に藤原鎌足(ふじわらのかまたり)が藤原氏の繁栄を祈願する一堂を建立し、藤を植えた藤寺が起源と言われています。平安時代後期に第75代・崇徳天皇が藤を愛でる為に度々行幸したと言われています。平安時代末期の1177年(治承元年)に大円法師が参拝した際に崇徳天皇の霊が現れた為、後白河法皇(第77代・後白河天皇(ごしらかわほうおう))の詔によって光明院観勝寺が建立されました。その後室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))によって荒廃し、江戸時代中期の1695年(元禄8年)に太秦安井から蓮華光院がこの地に移され、鎮守として崇徳天皇に加え、讃岐・金刀比羅宮から勧請した大物主神(おおものぬし)・源頼政(みなもとのよりまさ)が祀られました。なお明治維新後の廃仏毀釈によって蓮華光院が廃寺になり、安井神社に名称を改め、更に安井金比羅宮に社名を改めました。
*参考・・・京都・安井金比羅宮(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【安井金比羅宮春季金比羅大祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
安井金比羅宮(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報