瀧尾神社新嘗祭・火焚祭(日程・時間・・・)
瀧尾神社新嘗祭・火焚祭
瀧尾神社新嘗祭・火焚祭(日程・時間・・・)を紹介しています。新嘗祭・火焚祭は例年11月29日に行われます。火焚祭では氏子などの願いが込められた護摩木(火焚串)を拝殿横に設けられた護摩壇で焚き上げ、祈願成就を願います。なお火焚祭では巫女舞も奉納されます。(詳細下記参照)
【瀧尾神社新嘗祭・火焚祭2015 日程時間(要確認)】
瀧尾神社新嘗祭・火焚祭2015は2015年11月29日(日曜日)14:00から行われます。
【瀧尾神社新嘗祭・火焚祭 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市東山区本町11-718
最寄り駅・バス停・・・東福寺(徒歩約6分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から瀧尾神社は208系統(D2乗り場)
*四条河原町からは207系統
*四条烏丸町からは207系統
*河原町丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック
【瀧尾神社新嘗祭・火焚祭 歴史・簡単概要】
瀧尾神社新嘗祭(にいなめさい)・火焚祭(ひたきさい)は秋の収穫・五穀豊穣に感謝し、氏子などの願いが込められた護摩木(火焚串)を拝殿横に設けられた護摩壇で焚き上げ、祈願成就を願います。新嘗祭・火焚祭では本殿での神事の後に護摩壇に点火し、神職が大祓詞(おおはらえのことば)を唱え、罪障消滅(ざいしょうしょうめつ)・万福招来(ばんぷくしょうらい)を祈ります。なお護摩壇での焚き上げが終わると祭壇に供えられていたお神酒・野菜などの供物やみかんが投げ入れられ、焼きみかんはお下がりになるそうです。
新嘗祭は古くから宮中で行われていた祭祀です。新嘗祭では天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に供え、自らも食して収穫に感謝しました。なお新嘗祭は火焚祭の起源になったとも言われています。
【瀧尾神社 歴史・簡単概要】
瀧尾神社(たきおじんじゃ)は起源が明確ではありません。瀧尾神社は「源平盛衰記(げんぺいせいすいき)・平安時代末期」に「武鶏ノ社(たけうのやしろ・武鵜社)」と記され、それ以前から祀られていたとも言われています。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、吉坂に移って多景の社(多景社)と称したとも言われています。安土桃山時代の1586年(天正14年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)による方広寺(ほうこうじ)大仏の建立に伴って現在の場所に移されました。宝永年間(1704年~1711年)に江戸幕府の命によって改築され、社号を多景の社から瀧尾神社に改めました。江戸時代後期の1839年(天保10年)に大丸百貨店の創業家・下村家の援助によって修復を行い、1840年(天保11年)に現在の社殿が造営されました。なお2000年(平成12年)に三嶋神社(みしまじんじゃ)が境内に移されました。
*参考・・・瀧尾神社(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)wikipedia
【瀧尾神社新嘗祭・火焚祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
瀧尾神社新嘗祭・火焚祭2015では巫女舞・浦安の舞(うらやすのまい)が奉納されました。
瀧尾神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報