天龍寺龍門亭・天龍寺見どころ

天龍寺龍門亭

●天龍寺龍門亭は2000年(平成12年)に天龍寺開山・夢窓国師650年遠諱記念事業として建てられました。天龍寺龍門亭は南北朝時代の1346年(貞和2年)に夢窓疎石・夢窓国師が選んだ「十境」のひとつである龍門亭を再現したものです。
夢窓疎石は鎌倉時代の1275年(建治元年)に伊勢国(三重県)に生まれました。幼少時に出家し、母方の一族の争いで甲斐国(山梨県)に移り、1283年(弘安6年)に甲斐・平塩寺(へいえんじ)の空阿(くうあ)に師事して天台宗・真言宗などを学びました。1292年(正応5年)に奈良・東大寺(とうだいじ)戒壇院の慈観(じかん)のもとで受戒し、その後京都・建仁寺(けんにんじ)の無隠円範(むいんえんぱん)に禅宗を学びました。その後鎌倉に赴き、奥州などを遊歴し、鎌倉時代後期の1325年 (正中2年) に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇の勅によって京都・南禅寺(なんぜんじ)の住持になりました。南北朝時代(室町時代)に室町時代初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)の帰依を受け、京都・苔寺(こけでら)の中興開山になり、京都・天龍寺(てんりゅうじ)の開山になりました。夢窓疎石は1351年(観応2年・正平6年)10月20日に亡くなりました。なお夢窓疎石は歴代天皇から国師号を生前に夢窓国師(むそうこくし)・正覚国師(しょうがくこくし)・心宗国師(しんしゅうこくし)、死後に普済国師(ふさいこくし)・玄猷国師(げんにゅうこくし)・仏統国師(ぶっとうこくし)・大円国師(だいえんこくし)に渡って賜与され、七朝帝師(しちちょうていし)とも称されました。
天龍寺十境は普明閣(ふみょうかく(三門・山門))・絶唱谿(ぜっしょうけい(大堰川))・霊庇廟(れいひびょう(後醍醐天皇の廟・旧鎮守八幡宮))・曹源池(そうげんち(大方丈の林泉))・拈華嶺(ねんげれい(嵐山))・渡月橋(とげつきょう)・三級巖(さんきゅうがん(嵐山の音無瀬の滝・川中にある三層の巨岩))・万松洞(ばんしょうどう(松並木))・龍門亭(大堰川畔の茶亭)・亀頂塔(きちょうとう(亀山山頂の九重の塔))です。
●天龍寺龍門亭では天龍寺直営・篩月(しげつ)謹製の精進料理を食べることができます。(要確認)
精進料理の「精進」は美食を戒めて粗食をし、精神修養をすることだが、一般的に肉類を使わない料理として用いられています。仏教では生き物を故意に殺してはならない不殺生戒(ふせっしょうかい)を第一としていることから食事には肉類を用いないことが原則とされ、肉類を使わない料理が精進料理と言われるようになりました。なお精進料理の料理法は禅宗の僧が平安時代から鎌倉時代に中国から修得してきたものが基礎となっています。
天龍寺見どころ

ページ上部へ戻る