天龍寺精耕館・友雲庵・天龍寺見どころ

天龍寺精耕館・友雲庵

●天龍寺精耕館は2000年(平成12年)に夢窓国師650年遠諱記念事業として設立された天龍寺国際宗教哲学研究所です。天龍寺精耕館は宗教哲学書などの古文書を収蔵し、現在天龍寺史編纂所になっています。また天龍寺精耕館では海外向けの出版物も発行しています。
夢窓疎石は鎌倉時代の1275年(建治元年)に伊勢国(三重県)に生まれました。幼少時に出家し、母方の一族の争いで甲斐国(山梨県)に移り、1283年(弘安6年)に甲斐・平塩寺(へいえんじ)の空阿(くうあ)に師事して天台宗・真言宗などを学びました。1292年(正応5年)に奈良・東大寺(とうだいじ)戒壇院の慈観(じかん)のもとで受戒し、その後京都・建仁寺(けんにんじ)の無隠円範(むいんえんぱん)に禅宗を学びました。その後鎌倉に赴き、奥州などを遊歴し、鎌倉時代後期の1325年 (正中2年) に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇の勅によって京都・南禅寺(なんぜんじ)の住持になりました。南北朝時代(室町時代)に室町時代初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)の帰依を受け、京都・苔寺(こけでら)の中興開山になり、京都・天龍寺(てんりゅうじ)の開山になりました。夢窓疎石は1351年(観応2年・正平6年)10月20日に亡くなりました。なお夢窓疎石は歴代天皇から国師号を生前に夢窓国師(むそうこくし)・正覚国師(しょうがくこくし)・心宗国師(しんしゅうこくし)、死後に普済国師(ふさいこくし)・玄猷国師(げんにゅうこくし)・仏統国師(ぶっとうこくし)・大円国師(だいえんこくし)に渡って賜与され、七朝帝師(しちちょうていし)とも称されました。
●天龍寺友雲庵では毎月第2日曜日の午前9時から坐禅会と禅の講義である提唱を無料で体験することができます。友雲庵の無料体験は予約不要です。(要確認)
坐禅は禅宗で宗旨(中心教義)とされ、修行法にもなっています。お釈迦様は35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、ブッダガヤの菩提樹(ぼだいじゅ)の下で坐禅をして悟りを開きました。坐禅は坐ることを通し、お釈迦様の教えに目覚めることとされています。坐禅では心を整え、正しい姿勢で定(じよう)に入り、正しく全てを受けとめる正受(しょうじゅ)・三昧(さんまい)の世界を体験するそうです。なお坐禅はお釈迦様が成道後7日間ずつ3度端座思惟(たんざしい)したことに始まり、中国で達磨(だるま)以後に重視されました。坐禅は自己に本来備わっている本性を見究める見性(けんしょう)を重視する曹洞禅、修行者が悟りを開く為に課せられ問題である公案(こうあん)を重視する臨済禅で発達しました。
お釈迦様(ゴータマ・シッダッタ)は仏教の開祖で、世界四聖の一人です。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。お釈迦様は約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(じょうばんのう・シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(まやふじん・マーヤー)との間に生まれました。お釈迦様は生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊」と唱えたとも言われています。お釈迦様は29歳で出家し、35歳で悟りを開き、その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。
天龍寺見どころ

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