天龍寺庭園・天龍寺見どころ

天龍寺庭園

●天龍寺庭園は特別名勝・史跡です。
●天龍寺庭園には前庭・曹源池庭園(そうげんちていえん)などがあり、曹源池庭園は天龍寺開山・夢窓疎石(むそうそせき)が最晩年に作庭したと言われています。夢窓疎石は作庭を修行だった考えていたそうです。なお夢窓疎石は天龍寺以外にも苔寺(こけでら)と言われる京都市・西芳寺(さいほうじ)庭園(国の特別名勝)、岐阜県多治見市・永保寺(えいほうじ)庭園(国の名勝)、神奈川県鎌倉市・瑞泉寺(ずいせんじ)庭園(国の名勝)、山梨県甲州市・恵林寺(えりんじ)庭園(国の名勝)なども作庭しました。
夢窓疎石は鎌倉時代の1275年(建治元年)に伊勢国(三重県)に生まれました。幼少時に出家し、母方の一族の争いで甲斐国(山梨県)に移り、1283年(弘安6年)に甲斐・平塩寺(へいえんじ)の空阿(くうあ)に師事して天台宗・真言宗などを学びました。1292年(正応5年)に奈良・東大寺(とうだいじ)戒壇院の慈観(じかん)のもとで受戒し、その後京都・建仁寺(けんにんじ)の無隠円範(むいんえんぱん)に禅宗を学びました。その後鎌倉に赴き、奥州などを遊歴し、鎌倉時代後期の1325年 (正中2年) に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇の勅によって京都・南禅寺(なんぜんじ)の住持になりました。南北朝時代(室町時代)に室町時代初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)の帰依を受け、京都・苔寺(こけでら)の中興開山になり、京都・天龍寺(てんりゅうじ)の開山になりました。夢窓疎石は1351年(観応2年・正平6年)10月20日に亡くなりました。なお夢窓疎石は歴代天皇から国師号を生前に夢窓国師(むそうこくし)・正覚国師(しょうがくこくし)・心宗国師(しんしゅうこくし)、死後に普済国師(ふさいこくし)・玄猷国師(げんにゅうこくし)・仏統国師(ぶっとうこくし)・大円国師(だいえんこくし)に渡って賜与され、七朝帝師(しちちょうていし)とも称されました。
●天龍寺曹源池庭園は大方丈・小方丈に面した曹源池(心字池)を中心とした面積約約1,200坪の池泉回遊式庭園です。曹源池庭園には龍門の滝(りゅうもんのたき)に見立てた2枚の巨岩があり、横に鯉魚石(りぎょせき)が置かれています。
池泉回遊式庭園は大きな池を中心に築山や池の中に小島・橋・名石などを配し、池の周囲に設けられた園路を回遊して鑑賞します。池泉回遊式庭園では休憩所・展望所・茶亭・東屋なども設けられます。なお回遊式庭園は室町時代に禅宗寺院、江戸時代に大名によって多く作庭され、日本庭園の集大成とも位置付けられています。
●天龍寺曹源池庭園の名称は庭園から「曹源一滴(そうげんのいってき)」と刻んだ石碑が出土したことに由来しています。
曹源一滴水は正統なる禅のことを表しています。中国の禅はインド人仏教僧で、中国禅宗の開祖・達磨大師(だるまだいし)を初祖として伝承されたが、日本の禅は中国禅宗(南宗)の六祖・慧能(えのう)の流れを汲むとされています。慧能は広東省韶陽県の曹渓山宝林寺(ほうりんじ)に住していたことから正伝の仏法を曹渓の一滴の水と比喩的に表現しています。
天龍寺見どころ

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