東福寺愛染堂・東福寺見どころ(修学旅行)

●東福寺愛染堂は1898年(明治31年)12月28日に国の重要文化財に指定されました。
●東福寺愛染堂は室町時代前期(1333年~1392年)に建立されました。東福寺愛染堂はかつて三聖寺(さんしょうじ)に建立されていたが、1873年(明治6年)に三聖寺が万寿寺(まんじゅじ)に合寺され、1886年(明治19年)に万寿寺が東福寺の塔頭になり、1937年(昭和12年)に愛染堂が東福寺山内の現在の場所に移されました。
三聖寺は鎌倉時代の1261年(弘長元年)頃に十地覚空(じゅうちかくくう)とその弟子・東山湛照(とうざんたんしょう)が創建したとも言われています。鎌倉時代に大伽藍を有していたが、その後徐々に衰微したとも言われています。また南北朝時代の1391年(徳明徳2年)に全山が焼失し、その後再建に着手されたとも言われています。なお三聖寺は1873年(明治6年)に万寿寺に合寺されました。
万寿寺は「京城万寿禅寺記」などによると平安時代後期に白河上皇(第72代・白河天皇)が1096年(永長元年)に数え年21歳で亡くなった第1皇女・郁芳門院(いくほうもんいん・てい子内親王)の菩提の為に六条内裏(ろくじょうだいり)に創建した六条御堂(ろくじょうみどう)が起源とも言われています。鎌倉時代に浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)の弟子・湛空(たんくう)が住し、湛空から十地覚空(じゅうちかくくう)に受け継がれ、浄土宗の寺院だったと言われています。その後十地覚空とその弟子・東山湛照が東福寺開山である聖一国師(しょういちこくし)・円爾(えんに)に帰依して臨済宗の寺院に改め、寺号も「万寿禅寺」と改めました。1273年(文永10年)に焼失し、1330年(元徳2年)に第91代・後宇多天皇の皇女・崇明門院(すうめいもんいん)から土地を賜って北側に移りました。室町時代の1341年(暦応4年)に十刹(じっせつ)の第4位に数えられ、その後京都五山に昇格して第5位に数えられました。しかし1434年(永享6年)に焼失して衰微し、天正年間(1573年~1592年)に京都五山の第4位に数えられた東福寺の北側に建立されていた三聖寺の隣地に移りました。1873年(明治6年)に三聖寺を合寺し、1886年(明治19年)に東福寺の塔頭になりました。
●東福寺愛染堂は八角円堂で、宝形造のこけら葺です。東福寺愛染堂は愛染明王(あいぜんみょうおう)を祀っています。
愛染明王は真言密教の教主・大日如来(だいにちにょらい)または金剛愛菩薩(こんごうあいぼさつ)を本地とし、大日如来・金剛愛菩薩が仮の姿で現れる仮現(けげん)と言われています。愛染明王は愛欲などの迷いが悟りにつながることを示し、外見が悪を降伏し、威圧する忿怒相(ふんぬそう)だが、内面は愛をもって衆生(しゅじょう)を解脱させます。なお愛染明王は平安時代初期に日本に伝わったとも言われ、その後恋愛成就・美貌を願って信仰されるようになりました。
東福寺見どころ

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