東寺大日堂・東寺見どころ

東寺大日堂

●東寺大日堂は江戸時代に大師堂(御影堂・不動堂)の礼拝所として建立されました。その後、第50代・桓武天皇、第52代・嵯峨天皇、室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)などの位牌を納める尊牌堂(そんぱいどう)になり、更に大日如来(だいにちにょらい)を本尊として祀る大日堂になり、現在は先祖供養などの回向所(えこうじょ)になっています。
回向は先祖の成仏(じょうぶつ)を願って供養をすることを言います。また回向は自分の修めた功徳(くどく)が他人にも差し向けられ、自他ともに悟りの助けとすることも言うそうです。回向は菩提回向(ぼだいえこう)・衆生回向(しゅじょうえこう)・実際回向(じっさいえこう)などに分類されるそうです。
大師堂(御影堂・不動堂)は真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)の住房(じゅうぼう)が起源です。弘法大師・空海は講堂の立体曼荼羅を構想し、造営工事の指揮を執りました。大師堂は後堂(うしろどう)・前堂(まえどう)・中門(ちゅうもん)から構成され、南北朝時代の1379年(康暦元年)の火災によって後堂が焼失し、1380年(天授6年・康暦2年)に後堂が再建され、1390年(元中7年)に前堂・中門が増築されました。
大日如来は真言密教(しんごんみっきょう)の教主で、宇宙の実相を仏格化した根本仏とされています。大日如来は太陽神が起源とされ、宇宙の根元で、諸仏・諸菩薩の本地とされています。なお大日如来は平安時代前期に真言宗の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が密教とともに中国・唐から日本に伝えました。大日如来は日本の密教において最高仏として位置付けられ、大日信仰が成立しました。
●東寺大日堂は入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
東寺見どころ

ページ上部へ戻る