等持院芙蓉見ごろ2021(8月下旬~9月下旬頃)

等持院芙蓉見ごろ(例年)・見どころ

等持院芙蓉見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。等持院では庭園の西庭の中心である芙蓉池周辺などに芙蓉が植えられ、ピンク・白色などの花を咲かせます。芙蓉と西庭・芙蓉池・茅葺きの茶室である清漣亭などの光景が美しいと言われています。等持院ではヤブラン(藪蘭)・ヌスビトハギ(盗人萩)なども植えられ、芙蓉と一緒に楽しめる場合があります。(詳細下記参照)

【等持院 芙蓉見ごろ(例年)】
等持院の芙蓉の見ごろ例年8月下旬頃から9月下旬頃です。ただ芙蓉見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【等持院芙蓉見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市北区等持院北町63
最寄り駅・バス停・・・等持院南町(徒歩約7分)、等持院道(徒歩約7分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から等持院は26系統(D3乗り場)南
*四条烏丸からは26系統南
*四条河原町からは10系統南
*河原町丸太町からは10系統南
路線・時刻表・運賃チェック

*嵐電(京福電鉄)北野線の場合、最寄り駅は等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅(徒歩約7分)

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【等持院 芙蓉見ごろ(例年)・見どころ解説】
等持院は芙蓉(フヨウ)の名所です。等持院の芙蓉見ごろは例年8月下旬頃から9月下旬頃です。
等持院では庭園の西庭の中心である芙蓉池周辺などに芙蓉が植えられ、ピンク・白色などの花を咲かせます。芙蓉と西庭・芙蓉池・茅葺きの茶室である清漣亭などの光景が美しいと言われています。写真撮影は清漣亭が背後に見えるのが美しいかもしれまん。清漣亭に上がっていく石段の両脇に白い芙蓉が植えられています。等持院ではヤブラン(藪蘭)・ヌスビトハギ(盗人萩)なども植えられ、芙蓉と一緒に楽しめる場合があります。なお等持院では芙蓉池をイメージした限定焼菓子・芙蓉の月が販売されています。(要確認)芙蓉の月はしっとりとしたこし餡をモチモチとした柔らかい生地で包んでいます。
清漣亭は方丈北背の小高い場所に建てられています。清漣亭は上段一畳を貴人床とする二畳台目の茶席です。上段一畳を貴人床から眺める芙蓉池が格別美しいと言われています。
庭園は芙蓉池を中心とした西庭・心字池を中心とした東庭に分かれています。庭園は臨済宗の禅僧・作庭家である夢窓国師・夢窓疎石が作庭したとも言われています。ただ西庭は桃山時代から江戸時代初期の慶長年間(1596~1615年)に現在の姿になったとも言われています。その後1805年(文化5年)の火災後に荒廃し、昭和10年代前半に修復されて昔の姿に復元されました。なお西庭は標高約201メートルの衣笠山を借景に芙蓉池を中心とした蓮の花を形どった池泉回遊式庭園です。芙蓉池の中島に橋が架けられ、北側に1457年(長禄元年)の室町幕府初代将軍・足利尊氏公百年忌の際、室町幕府8代将軍・足利義政好みの茶室・清漣亭が建てられています。
芙蓉はアオイ科の落葉低木です。芙蓉は蓮の美称でもあることから木芙蓉(もくふよう)とも言われています。芙蓉は沖縄・九州・四国や中国・台湾などの暖地の海岸近くなどに自生し、関東以南で観賞用に栽培されます。芙蓉は関東以北や暖地以外では冬枯れします。芙蓉は高さ1~3メートルで、葉は交互に互生(ごせい)し、掌状(しょうじょう)に浅く3~7裂して縁に鋸歯(きょし)があり、表面に白色の短毛があります。芙蓉は夏から秋に葉のつけ根に淡紅色の大きな5弁花を螺旋状(らせんじょう)に巻いて咲かせます。雄しべは先端で円筒状に散開し、雌しべが雄しべの中心部からが延び、雄しべよりも先に突き出して5裂しています。芙蓉は花を朝開いて、夕方に色が濃くなってしぼみます。芙蓉は一日花です。芙蓉には白花や八重咲きなどの品種もあります。

【等持院 歴史・簡単概要】
等持院(とうじいん)は南北朝時代の1341年(暦応4年・興国2年)に室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)が中京区柳馬場御池(やなぎのばんばおいけ)付近に創建した等持寺(とうじじ)の別院として、臨済宗の僧である夢窓国師(むそうこくし)・夢窓疎石(むそうそせき)を開山に北区等持院北町に北等持寺として創建されたのが起源とも言われています。その後1358年(延文3年・正平13年)に足利尊氏が亡くなると別院・北等持寺が足利尊氏の墓所になり、足利尊氏の法名・等持院殿仁山妙義大居士長寿寺殿(とうじいんでんにんざんみょうぎだいこじちょうじゅじどの)から等持院に名称が改められました。室町時代中期の応仁の乱(おうにんのらん)の兵火で本坊・等持寺が焼失し、別院・等持院が本坊・等持寺を合寺しました。その後江戸時代初期に豊臣秀頼(とよとみひでより)が父で、関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の遺命によって再建したが、その後度々焼失し、江戸時代後期の1818年(文政元年)に安芸広島藩主・福島正則(ふくしままさのり)が江戸時代前期の1616年(元和2年)に建立した妙心寺(みょうしんじ)の塔頭・海福院(かいふくいん)の建物が移されて方丈となりました。なお等持院は本尊・釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)を安置しています。また第5代将軍・足利義量(あしかがよしかず)、第14代将軍・足利義栄(あしかがよしひで)を除き、初代将軍・足利尊氏から第15代将軍・足利義昭(あしかがよしあき)までの歴代室町幕府の将軍木像を霊光殿に安置しています。
等持院は臨済宗天龍寺派の寺院です。
*参考・・・等持院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【等持院芙蓉見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
等持院(アクセス・見どころ・・・)情報

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