東寺庭園・東寺見どころ(修学旅行)

東寺庭園

●東寺庭園は境内東側で、瓢箪池(ひょうたんいけ)を中心とした面積約15.8ヘクタールの池泉回遊式庭園です。池泉回遊式庭園は昭和初期に造園家・7代目小川治兵衛(おがわじへえ)が現在の原型を作庭したとも言われています。池泉回遊式庭園では春に梅・桜(不二桜)・藤・サツキ、夏に百日紅(さるすべり)・蓮、秋に紅葉などを楽しむことができます。ちなみに東寺では春の桜シーズン・秋の紅葉シーズンにライトアップが行われ、夜間に幻想的な光景を楽しむことができます。
池泉回遊式庭園は大きな池を中心に築山や池の中に小島・橋・名石などを配し、池の周囲に設けられた園路を回遊して鑑賞します。池泉回遊式庭園では休憩所・展望所・茶亭・東屋なども設けられます。なお回遊式庭園は室町時代に禅宗寺院、江戸時代に大名によって多く作庭され、日本庭園の集大成とも位置付けられています。
瓢箪池は境内東側で、五重塔北側にあります。瓢箪池は室町時代後期の拝殿図に描かれ、室町時代には既にあったとも言われています。また瓢箪池は江戸時代後期の安政年間(1855年~1860年)の大地震で五重塔が傾いた際、瓢箪池を掘って五重塔を安定させたも言われ、東寺七不思議に数えられています。ちなみに安政年間には1854年(安政元年)の伊賀上野地震・1854年(安政元年)の安政東海地震・1854年(安政元年)の安政南海地震・1855年(安政2年)の安政江戸地震・1856年(安政3年)の安政八戸沖地震・1858年(安政5年)の飛越地震などが起こりました。なお瓢箪池には蓮が植えられ、例年初夏から見ごろを迎えます。
五重塔は高さ約54.8メートルの三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)です。五重塔は平安時代前期の826年(天長3年)から建立が始まり、元慶年間(877年~885年)に完成しました。その後平安時代前期の886年(仁和2年)・平安時代後期の1055年(天喜3年)・鎌倉時代の1270年(文永7年)・戦国時代(室町時代後期)の1563年(永禄6年)に落雷・不審火によって4度焼失し、江戸時代前期の1644年(寛永21年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)の寄進によって再建されました。なお五重塔は真言密教の教主・大日如来(だいにちにょらい)とする心柱(しんばしら)を中心に金剛界四仏(こんごうかいしぶつ)像・八大菩薩(はちだいぼさつ)像を安置しています。
不二桜は樹齢130年を超えるとも言われる高さ約13メートル・枝張り約10メートルの八重紅枝垂桜(やえべにしだれざくら)です。不二桜はかつて岩手県盛岡市の旧家に植えられていたが、1994年(平成6年)に三重県鈴鹿市の鵜飼農園に移されました。その後2006年(平成18年)が真言宗の開祖である弘法大師・空海の入唐求法の旅から帰国した1,200年の記念の年にあたることから東寺信徒総代から寄贈されました。なお不二桜の名称は弘法大師・空海が不二の法門を求め、奈良・東大寺の大仏殿に願を掛けて、「我に不二の法門を示したまえと」熱祷されたことに由来しています。
7代目小川治兵衛は1860年(万延元年)5月25日に山城国乙訓郡神足村(京都府長岡京市)に生まれました。1877年(明治10年)に江戸時代中期の宝暦年間(1751年~1764年)から続く植木屋治兵衛・小川植治の養子になり、1879年(明治12年)に七代目小川治兵衛を襲名しました。明治時代初期に京都東山・南禅寺界隈の別荘地で、東山を借景に琵琶湖疏水を利用した近代的日本庭園群(南禅寺界隈疏水園池群)を作庭しました。なお7代目小川治兵衛はいずれも国の名勝に指定されている平安神宮・円山公園・無鄰庵(山縣有朋別邸)・清風荘(西園寺公望別邸)・対龍山荘(市田弥一郎邸)・慶雲館庭園・旧古河庭園などを作庭しました。
東寺見どころ

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