京都宇治市の桜名所・穴場・見頃|平等院等の人気スポット

京都宇治市の桜名所・穴場・見頃
京都宇治市の桜名所・穴場を紹介しています。宇治市の桜名所・穴場には世界遺産である平等院、桜並木が続き、宇治川さくらまつりが行われる宇治橋上流、多品種の桜が植えられている宇治市植物公園などがあります。なお京都では例年3月下旬頃から4月上旬頃に桜の見頃を迎えるが、その年の気候や地理的条件などによって多少前後することがあります。
【宇治市 歴史・簡単概要】
宇治市は京都府南部に位置しています。宇治市は京都府の京都市・城陽市・久御山町・宇治田原町と滋賀県の大津市に接しています。宇治市は京都府内で京都市に次いで2番目に人口が多い都市です。宇治市は京都盆地中部で、宇治川が京都盆地に流出する谷口に位置しています。宇治市は古代に菟道(うじ)と言われ、平安時代に貴族の別荘地になり、鎌倉時代以降に宇治茶の栽培が盛んに行われ、玉露・碾茶(てんちゃ・抹茶)などの高級茶の生産地になりました。なお宇治市は平安時代にユネスコの世界遺産に登録された平等院が宇治川左岸に創建され、西方極楽浄土を出現させたような鳳凰堂(阿弥陀堂)が建立されました。
【平等院(びょうどういん)|宇治市宇治蓮華116】
平等院には染井吉野・枝垂桜・山桜・八重桜など約30本の桜が植えられ、桜の見頃にライトアップが行われます。(要確認)阿字池の水鏡に美しい光景が映し出されます。
平等院桜ライトアップ
平等院は859年(貞観元年)に嵯峨天皇の皇子・源融が造営した別荘があった場所です。その後別荘は宇多天皇、宇多天皇の孫・源重信、そして藤原道長が源重信の婦人から譲り受けて別荘・宇治殿になりました。平等院は1052年(永承7年)に藤原道長の子・藤原頼通が宇治殿の寝殿を本堂に改め、藤原氏の氏寺として創建しました。
平等院桜見ごろ
【宇治橋上流(うじばしじょうりゅう)|宇治市宇治塔川】
宇治橋上流には両岸に染井吉野・枝垂桜・牡丹桜・八重桜など2,000本以上の桜が植えられ、桜の見頃に宇治公園で宇治川さくらまつりが行われます。また炭山陶器まつりが行われます。(要確認)
宇治川さくらまつり
宇治橋上流は宇治川に架けられた宇治橋の上流部分にあたります。宇治橋は「宇治橋断碑」によると646年(大化2年)に元興寺の僧・道登が初めて架けたとも言われています。また「続日本紀」によると法相宗の僧・道昭が架けたとも言われています。宇治橋は瀬田の唐橋・山崎橋とともに日本三古橋に数えられています。
宇治橋上流桜見ごろ
【山城総合運動公園(やましろそうごううんどうこうえん)|宇治市広野町八軒屋谷1】
山城総合運動公園には染井吉野・枝垂桜・山桜・八重桜など約250本の桜が植えられ、桜の見頃に桜のウォークラリーが行われます。(要確認)
山城総合運動公園は標高80~150メートルの丘陵地を整備した都市公園です。山城総合運動公園は1978年(昭和53年)に基本計画が決定し、1980年(昭和55年)5月に着工し、1988年(昭和63年)の第43回国民体育大会に合わせて急ピッチで工事が行われ、1982年(昭和57年)3月に陸上競技場・競技場・野球場などが完成しました。
山城総合運動公園桜見ごろ
【宇治市植物公園(うじししょくぶつこうえん)|宇治市広野町八軒屋谷25-1】
宇治市植物公園には樹齢約70年の枝垂桜・染井吉野・河津桜・大漁桜・修善寺寒桜・里桜・八重桜・子福桜・十月桜・冬桜・四季桜・アーコレードなど約20種・130本の桜が植えられ、桜の見頃にライトアップ・八重桜weekが行われます。(要確認)
宇治市植物公園桜ライトアップ
宇治市植物公園は山城総合運動公園と府民ふれあいの森に隣接する丘陵地に緑の文化の拠点として整備した植物公園です。宇治市植物公園は1996年(平成8年)に開園しました。宇治市植物公園には春のゾーン・夏のゾーン・秋のゾーン・ハーブ有用植物・花と水のタペストリー・花の広場・フラワーブリッジなどがあります。
宇治市植物公園桜見ごろ・
【縣神社(あがたじんじゃ)|宇治市宇治蓮華72】
縣神社には木の花桜(木乃花桜)と言われる枝垂桜などが植えられ、桜の見頃は3月下旬から4月上旬頃です。木の花桜は縣神社の祭神・木花開耶姫命(木花咲耶姫命)に因んで名付けられ、他の桜に先駆けて花を咲かせます。
縣神社は起源が明確ではありません。縣神社は創建された土地の守護神として祀られ、大和政権下の地方組織・県に関係があったとも言われています。その後1052年(永承7年)に関白・藤原頼通が別荘・宇治殿の寝殿を本堂に改め、藤原氏の氏寺・平等院を創建した際、その総鎮守となったとも言われています。
縣神社桜見ごろ
【宇治上神社(うじがみじんじゃ)|宇治市宇治山田59】
宇治上神社には参道や鳥居脇などに染井吉野が植えられ、桜の見頃は3月下旬から4月上旬頃です。
宇治上神社は古墳時代に応神天皇の皇子で、仁徳天皇の異母弟である菟道稚郎子皇子の離宮・桐原日桁宮があった場所とも言われています。宇治上神社は平安時代に山城国司が醍醐天皇の勅によって社殿を造営したとも言われています。また927年(延長5年)の「延喜式神名帳」に記され、宇治神社とともに既に祀られていたとも言われています。
宇治上神社桜見ごろ
【恵心院(えしんいん)|宇治市宇治山田67】
恵心院には日本三大桜に数えられている三春滝桜の子木・染井吉野・枝垂桜・河津桜などの桜が植えられ、桜の見頃は3月下旬から4月上旬頃です。
恵心院は平安時代初期に弘法大師・空海が創建し、唐(中国)の青龍寺に似ていたことから龍泉寺と名付けられたとも言われています。恵心院は寺伝によると1005年(寛弘2年)に「往生要集」を記した恵心僧都・源信が説法道場として再興し、その名に因んで恵心院と称したと言われています。
恵心院桜見ごろ
【萬福寺(まんぷくじ)|宇治市五ヶ庄三番割34】
萬福寺には枝垂桜・染井吉野などの桜が植えられ、桜の見頃は3月下旬から4月上旬頃です。放生池周辺には比較的多くの桜が植えられています。毎月8にほていまつりがが行われます。ほていまつりでは手作り市・法要などが行われます。(要確認)
萬福寺は後水尾天皇の生母・中和門院の別邸・大和田殿があった場所です。萬福寺は1661年(寛文元年)に中国僧・隠元が創建しました。隠元は1654年(承応3年)に来日し、その後帰国を希望したが、1658年(万治元年)に江戸幕府4代将軍・徳川家綱に拝謁し、1660年(万治3年)に宇治に土地が与えられたと言われています。
萬福寺桜見ごろ
【宇治神社(うじじんじゃ)|宇治市宇治山田1】
宇治神社には染井吉野・寒緋桜などの桜が植えられ、桜の見頃は4月上旬頃です。
宇治神社は応神天皇の離宮・桐原日桁宮やその皇子・菟道稚郎子の宮居・莵道の宮があった場所とも言われています。310年(応神天皇41年)に応神天皇が崩御し、菟道稚郎子とその兄・大鷦鷯尊が皇位を譲り合っていたが、312年(応神天皇43年)に菟道稚郎子がに皇位を譲る為に自殺し、大鷦鷯尊が菟道稚郎子の神霊を祠に祀ったとも言われています。
宇治神社桜見ごろ
【橋寺放生院(はしでらほうじょういん)|宇治市宇治蓮華116】
橋寺放生院には染井吉野・枝垂桜・紅枝垂などの桜の木が植えられ、桜の見頃は3月下旬から4月上旬頃です。初春に花を咲かせる啓翁桜も植えられています。
橋寺放生院は寺伝によると604年(推古12年)に秦河勝が聖徳太子の発願により、宇治橋を架けた際に創建されたとも言われています。橋寺の名称は宇治橋を管理し、守り寺とも言われたことに由来するそうです。1281年(弘安4年)に叡尊上人が中興しました。叡尊上人は放生会を行ったことから放生院と言われるようになったそうです。
橋寺放生院桜見ごろ
【宇治駐屯地(うじちゅうとんち)|宇治市五ヶ庄官有地】
宇治駐屯地には長さ約1キロの道路脇などに約400本の染井吉野が植えられています。宇治駐屯地は通常非公開だが、桜の見頃に桜まつりが行われて一般公開されます。(要確認)
宇治駐屯地は1894年(明治27年)に日本陸軍が日清戦争を契機に大阪陸軍砲兵工廠宇治火薬製造所が宇治に発足させたのが始まりです。日露戦争後に火薬製造所の分工場が設置され、現在の京都大学宇治キャンパスや黄檗山一帯を含めた総面積は現在の宇治駐屯地の約3倍もあり、第二次世界大戦の終戦まで多種多様な火薬類が製造されていました。
宇治駐屯地桜見ごろ
【京都宇治市の桜名所・穴場・見頃 備考】
京都桜ライトアップ2026(清水寺・円山公園・東寺・・・)





