雲龍院本堂・雲龍院見どころ(修学旅行・観光)

雲龍院本堂

●雲龍院本堂(龍華殿)は1966年(昭和41年)6月11日に国の重要文化財に指定されました。
●雲龍院本堂(龍華殿)は江戸時代前期の1646年(正保3年)頃に建立されました。本堂はかつて南北朝時代の1389年(元中6年・康応元年)に北朝第5代・後円融天皇が創建したが、その後焼失し、室町時代中期頃に第103代・後土御門天皇の寄進によって再建されました。ちなみに後円融天皇は写経の功徳を信奉し、如法写経(にょほうしゃきょう)を発願され、それ以降に如法写経の勤修が雲龍院に受け継がれました。本堂は平安時代に造仏された本尊・薬師如来坐像を中心に日光菩薩・月光菩薩の薬師三尊像を安置しています。雲龍院は西国薬師四十九霊場の第40番札所になっています。
薬師如来(薬師瑠璃光如来)は如来の一尊です。薬師如来は大医王(だいいおう)・医王善逝 (いおうぜんぜい) とも言われています。薬師如来は菩薩(ぼさつ)時代に衆生の病気を治すなどの十二の大願(十二誓願)を立てて如来となった東方瑠璃光浄土(とうほうるりこうじょうど)で説法する過去仏(教主)とされています。十二の大願は光明普照・随意成弁・施無尽仏・安心大乗・具戒清浄・諸根具足・除病安楽・転女得仏・安心正見・苦悩解脱・飲食安楽・美衣満足です。薬師如来は医王如来とも言われ、一般的に左手に病を癒す為の薬壷(やっこ)を持ち、右手に施無畏(せむい)の印を結んでいます。薬師如来は脇侍(きょうじ)が日光菩薩・月光菩薩とされ、眷属(けんぞく)である十二神将(じゅうにしんしょう)に守られています。十二神将は伐折羅・あに羅・波夷羅・毘羯羅・摩虎羅・宮毘羅・招杜羅・真達羅・珊底羅・迷企羅・安底羅・因達羅です。なお薬師如来は現世利益を与えるとされ、飛鳥時代の680年(天武天皇9年)頃から盛んになったとも言われています。
西国薬師四十九霊場では薬師如来を祀る大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山・三重の7府県49ヶ寺を巡ります。薬師寺・霊山寺・般若寺・興福寺東金堂・元興寺・新薬師寺・久米寺・室生寺・金剛寺・龍泉院・高室院・禅林寺・弘川寺・野中寺・家原寺・四天王寺・国分寺・久安寺・昆陽寺・東光寺・花山院菩提寺・鶴林寺・斑鳩寺・神積寺・達身寺・長安寺・天寧寺・大乗寺・温泉寺・多禰寺・總持寺・西明寺・石薬師寺・四天王寺・神宮寺・弥勒寺・浄瑠璃寺・法界寺・醍醐寺・雲龍院・正法寺・勝持寺・神蔵寺・神護寺・三千院・桑実寺・善水寺・水観寺・延暦寺を巡ります。 w
●雲龍院本堂(龍華殿)は桁行約13.8メートル・梁間約12.9メートルで、入母屋造(いりもやづくり)のこけら葺(こけらぶき)です。本堂は向拝一間です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。
こけら葺は木材の薄板を使って屋根を葺く方法です。こけら葺は板葺(いたぶき)の一種です。板葺では板厚が2~3ミリの場合にこけら葺、板厚が4~7ミリの場合に木賊葺(とくさぶき)、板厚が1~3センチの場合に栩葺(とちぶき)と言われています。板葺にはヒノキ・サワラ・スギ・エノキ・トクサ・クヌギなどが用いられます。板葺は古墳時代から屋根に用いられるようになったとも言われ、茅葺(かやぶき)に次いで古いとも言われています。
雲龍院

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