八坂神社南楼門・八坂神社見どころ

八坂神社南楼門

●八坂神社南楼門は幕末(江戸時代後期)の1866年(慶応2年)の火災で焼失し、1879年(明治12年)に氏子の寄進によって再建されました。1981年(昭和56年)に檜皮葺から銅板葺に葺き替えられました。2016年(平成28年)2月から修復工事(耐震補強・屋根の葺き替え・丹塗りの塗り替え)が開始され、2017年(平成29年)に修復工事が完了し、美しい朱塗りの門に蘇りました。修復後に舞楽・祇園囃子(ぎおんばやし)の奉納などの祝賀行事が行われました。なお八坂神社南楼門は表玄関とされ、祇園祭の際に3基の神輿(中御座神輿(なかござみこし)・東御座神輿(ひがしござみこし)・西御座神輿(にしござみこし))が通ったり、長刀鉾稚児社参(なぎなたほこちごしゃさん)・久世駒形稚児社参(くぜこまがたちごしゃさん)で長刀鉾稚児・久世駒形稚児が通ったりします。
一般的に楼門は寺社の入口にある二階建て(重層)の門です。楼門は下層に屋根のないものを言い、下層に屋根があるものを二重門と言います。
一般的に赤(朱色)には魔よけの意味があると言われています。また塗装することによって部材を保護する目的もあります。一般的に赤(朱色)には酸化鉄を主成分とする弁柄(べんがら)が使われ、赤(朱色)は丹土(につち)と言われています。
●八坂神社南楼門は高さ約14メートル・幅約9メートルの三間一戸(さんげんいっこ)の楼門で、入母屋造(いりもやづくり)の銅板葺(どうばんぶき)です。八坂神社南楼門は一直線に並ぶ本殿・舞殿と同じ高さで、三位一体(さんみいったい)を表しているとも言われています。
三間一戸は楼門や二重門の規模などを示します。間口(桁行(けたゆき))が三間で、中央間を戸口とした門のことです。なお三間は門柱(本柱)が4本ある門です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
銅板葺は銅を薄くした銅板で屋根を葺く方法です。銅板葺は近世に本格的に始まり、神社・霊廟などに多く用いられています。銅板葺は瓦葺に比べると自重が軽くて耐震性があり、檜皮葺・こけら葺に比べると耐久性があるとい言われています。なお765年(天平宝字9年・天平神護元年)に奈良・西大寺(さいだいじ)で銅板葺が用いられたのが最古の記録とも言われています。
八坂神社見どころ

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