八坂神社西手水舎・南手水舎・八坂神社見どころ(修学旅行)

八坂神社西手水舎・南手水舎

●八坂神社西手水舎・南手水舎は2020年(令和2年)12月23日に国の重要文化財に指定されました。
●八坂神社西手水舎は西楼門(重要文化財)を潜った左手、南手水舎は南楼門(重要文化財)を潜った左手に建立されています。西手水舎は1928年(昭和3年)、南手水舎は1887年(明治20年)に建立されました。ちなみに西楼門は四条通の東端に当たることから多くの観光客が利用しているが、南楼門が正門になり、その前には鳥居(重要文化財)が建立されています。
手水舎は「ちょうずや」・「ちょうずしゃ」・「てみずや」・「てみずしゃ」などと読まれ、水盤舎(すいばんしゃ)・御水屋(おみずや)などとも言われています。手水舎は神社・寺院などの参道・社殿などの脇に建立され、参拝者が柄杓(ひしゃく)を使って手や口を漱ぎ清めます。手水舎では先ず右手で柄杓を取って水を掬い、最初に左手を清め、次に柄杓を左手に持ち替えて右手を清めます。柄杓を右手に持ち替え、左手の掌に水を溜めて口に含み、音を立てずに口を清め、静かに吐き出します。左手をもう一度清め、柄杓から水を垂らして柄杓の柄を水で清めます。手水は神社・寺院などの聖域を訪れる際、その周辺を流れる河川や湧き水で身を清めたことに由来すると言われています。伊勢神宮を参拝する場合、宮川水系の一級河川・五十鈴川(いすずがわ)が御手洗場(みたらしば)とされていことにその名残があると言われています。なお神道では古くから川や滝などで沐浴(もくよく)の一種である禊(みそぎ)が行われていました。飛鳥時代に仏教が伝来すると僧侶が沐浴する浴堂(湯堂)などが建立されました。ただお湯に浸かるのではなく、薬草などを入れたお湯を沸かし、蒸気を利用する蒸し風呂形式でした。ちなみに平安時代には上級の公家の屋敷内に蒸し風呂が取り入れられ、作家・歌人である清少納言(せいしょうなごん)の随筆「枕草子(まくらのそうし)・平安時代中期」に蒸し風呂の様子が記されています。
●八坂神社西手水舎は桁行一間・梁間一間で、切妻造(きりづまづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。南手水舎は桁行一間・梁間一間で、入母屋造(いりもやづくり)の桟瓦葺です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。
桟瓦葺は平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用して屋根を葺く方法です。ちなみに本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
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