八坂神社祇園祭山鉾館・八坂神社見どころ(修学旅行)

八坂神社祇園祭山鉾館

●八坂神社祇園祭山鉾館はかつて八坂神社や安養寺(あんようじ)・長楽寺(ちょうらくじ)・双林寺(そうりんじ)の境内だった円山公園にあります。祇園祭山鉾館は町会所に山鉾を保存することが困難になった山鉾の為、1968年(昭和43年)11月に建設されました。祇園祭山鉾館には前祭の岩戸山(いわとやま)・孟宗山(もうそうやま)・郭巨山(かっきょやま)・伯牙山(はくがやま)・芦刈山(あしかりやま)・油天神山(あぶらてんじんやま)・木賊山(とくさやま)・太子山(たいしやま)、後祭の浄妙山(じょうみょうやま)・黒主山(くろぬしやま)の10基が保存されています。ちなみに山鉾は前祭が7月10日、後祭が7月18日から組み立てが始まります。なお祇園祭山鉾館はコンクリート造の高床式です。
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岩戸山は八坂神社の祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の姉神で、太陽神である天照大神(あまてらすおおかみ)が天の岩戸(あまのいわと)を開いて現れる日本神話に由来しています。岩戸山は室町時代に既に車輪が付けられていたそうです。
孟宗山は中国の史話・二十四孝(にじゅうしこう)の一人である孟宗が病身の年老いた母が欲しがった筍(タケノコ)を真冬の雪の中から掘り当て、その後母は病気が平癒して天寿を全うしたことに由来しています。孟宗山は筍山とも言われています。
郭巨山は中国の史話・二十四孝の一人である郭巨が貧しさから母と子を養うことができず、子を山に埋めようとして土の中から黄金の釜を掘り当てた故事に由来しています。釜には「孝行な郭巨に天からこれを与える。他人は盗ってはいけない」と書かれていたそうです。
伯牙山は中国の周(紀元前1,046年頃~紀元前256年)時代に古琴の名人・伯牙が親友で、良い聴き手だった鍾子期(しょうしき)の訃報に悲しんで、琴の弦を断ったという故事に由来しています。伯牙はその後生涯琴を弾かなかったとも言われています。
芦刈山は故あって妻と離れ、難波の浦(なにわのうら)で芦を刈る一人の老翁が三年振りに京に上って貴人の若君の乳母になった妻との再会を果たした夫婦和合(ふうふわごう)を題材とした謡曲・芦刈に由来しています。
油天神山は古くから南北に走る油小路通(あぶらのこうじどおり)にある風早町(かざはやちょう)に祀られていた天神さん(天満宮(てんまんぐう))から祭神・菅原道真(すがわらのみちざね)を勧請したことに由来しています。
太子山は第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の第2皇子・聖徳太子(しょうとくたいし)を祀っていることに由来しています。太子山では聖徳太子が四天王寺(してんのうじ)を建立する際に自ら良材を求め、山に入ったことから真木に杉を立てています。
浄妙山は平安時代末期の1180年(治承4年)の宇治川の合戦(木曽義仲(きそよしなか)と源義経(みなもとのよしつね)の戦い)の際の三井寺(みいでら・園城寺(おんじょうじ))の僧兵・筒井浄妙(つついじょうみょう)の先陣争いに由来しています。
黒主山は謡曲・志賀(しが)に歌われている平安時代の歌人で、六歌仙(ろっかせん)の一人である大伴黒主(おおとものくろぬし)に由来しています。なお大伴黒主は「小倉百人一首」には選ばれていません。
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