與杼神社拝殿・與杼神社見どころ(修学旅行・観光)

與杼神社拝殿

●與杼神社拝殿は1971年(昭和46年)6月22日に国の重要文化財に指定されました。
●與杼神社拝殿は江戸時代前期の1607年(慶長12年)に建立されました。拝殿はかつて本殿などとともに桂川右岸の川原で、現在の宮前橋の下流の京都府乙訓郡水垂村(大荒木の森)に建立されていたが、桂川の河川敷拡幅工事が行われることになり、1900年(明治33年)5月24日付で神社移転が許可され、1901年(明治34年)7月から移転工事が行われ、1902年(明治35年)5月に完成しました。同年6月21日に神社全てが現在の淀城址内に遷座しました。拝殿・本殿の2棟は1971年(昭和46年)に国の重要文化財に指定されたが、本殿は1975年(昭和50年)8月5日16:30頃に未成年者による花火(飛翔性花火)遊びで檜皮葺の屋根に着火し、焼失しました。ちなみに本殿は1980年(昭和55年)3月23日に再建されました。拝殿は2016年(平成28年)度に屋根のこけら葺が改修されました。なお拝殿は天井が一面の格天井(ごうてんじょう)で、地覆石(じふくいし)上に地長押(じなげし)を廻らし、床板が張られています。拝殿は頭貫木鼻(かしらぬききばな)・雲肘木(くもひじき)の絵様が焼失した本殿と類似し、焼失した本殿と同時期の建立されたと言われています。
一般的に拝殿は神社で祭祀・拝礼を行なう為の社殿です。拝殿は本殿前に建立されるが、拝殿がない神社(春日大社・伊勢神宮など)や拝殿が2つある神社(伏見稲荷大社・明治神宮など)などがあります。拝殿が2つある場合、手前の拝殿が外拝殿(げはいでん)、奥の拝殿が内拝殿(ないはいでん)と言われます。また拝殿の中央が土間で、通り抜けられる場合には割拝殿(わりはいでん)と言われます。ちなみに本殿と拝殿の間に幣帛(へいはく)を奉る幣殿(へいでん)が建立される場合もあります。拝殿は一般に本殿よりも大きく建立され、鈴(鈴の緒(すずのお))や鰐口(わにぐち)が設置される場合もあります。拝殿は舞殿・神楽殿などを兼ねる場合もあります。なお拝殿では神職が祭祀を行う際に神職などが着座します。拝殿では参拝者が拝礼を行う際に手前で拍手を打ちます。
●與杼神社拝殿は桁行二間・梁間一間で、入母屋造(いりもやづくり)のこけら葺(こけらぶき)です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。
こけら葺は木材の薄板を使って屋根を葺く方法です。こけら葺は板葺(いたぶき)の一種です。板葺では板厚が2~3ミリの場合にこけら葺、板厚が4~7ミリの場合に木賊葺(とくさぶき)、板厚が1~3センチの場合に栩葺(とちぶき)と言われています。板葺にはヒノキ・サワラ・スギ・エノキ・トクサ・クヌギなどが用いられます。板葺は古墳時代から屋根に用いられるようになったとも言われ、茅葺(かやぶき)に次いで古いとも言われています。
與杼神社

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