善峯寺ツツジ・サツキ見ごろ2021(5月上旬~6月上旬頃)

善峯寺ツツジ・サツキ見ごろ(例年)・見どころ

善峯寺ツツジ・サツキ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。善峯寺には面積約3万坪の広大な山内に平戸ツツジ・霧島ツツジ・サツキが植えられ、ツツジ・サツキと境内の光景が美しいと言われています。平戸ツツジは奥の院薬師堂に向かう参道付近に広がり、ピンク・白色の花で埋め尽くされます。(詳細下記参照)

【善峯寺 ツツジ・サツキ見ごろ(例年)】
善峯寺のツツジ・サツキの見ごろは平戸ツツジ・霧島ツツジが例年5月上旬頃、サツキが例年6月上旬頃です。ただツツジ・サツキの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都ツツジ・サツキ名所・見ごろ

【善峯寺ツツジ・サツキ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市西京区大原野小塩町1372
最寄り駅・バス停・・・善峯寺(徒歩約8分)、なお冬季(1/6~2/末)は小塩

阪急バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*阪急電鉄京都本線・東向日駅からは66系統善峯寺行き
*JR・向日町駅からは66系統善峯寺行き
阪急バス・アクセスダイヤ

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【善峯寺 ツツジ・サツキ見ごろ(例年)・見どころ解説】
善峯寺はツツジ(躑躅)・サツキ(皐月)の名所です。善峯寺のツツジ・サツキの見ごろは平戸ツツジ・霧島ツツジが例年5月上旬頃、サツキが例年6月上旬頃です。
善峯寺には面積約3万坪の広大な山内に平戸ツツジ・霧島ツツジ・サツキが植えられ、ツツジ・サツキと境内の光景が美しいと言われています。平戸ツツジは奥の院薬師堂に向かう参道付近に広がり、ピンク・白色の花で埋め尽くされます。平戸ツツジはけいしょう殿周辺などの光景が美しいと言われています。平戸ツツジ・霧島ツツジは合計で10万株も植えられているとも言われています。ちなみに奥の院薬師堂からは京都市街を望むこともできます。サツキは広大な山内全域に植えられ、手入れされた刈り込みがピンクの花が埋め尽くします。サツキは経堂・多宝塔(重要文化財)・宝篋印塔・けいしょう殿・奥の院薬師堂周辺などの光景が美しいと言われています。長さがある刈り込みのサツキはサツキロールとも言われています。なお善峯寺では例年5月上旬頃に牡丹(ボタン)、例年5月中旬頃~5月下旬頃にシャクナゲ(石楠花)などが見ごろを迎えます。
奥の院薬師堂は江戸時代中期の1701年(元禄14年)に建立され、1988年(昭和63年)に現在の場所に移されました。奥の院薬師堂は本尊・薬師如来を安置し、薬師如来は江戸幕府5代将軍・徳川綱吉の生母・桂昌院の出生の由緒にから出世薬師如来とも言われています。
けいしょう殿は1987年(昭和62年)に花山法皇西国札所中興一千年を記念して建立されました。けいしょう殿は見晴がよい景勝地になっています。
多宝塔は江戸時代前期の1621年(元和7年)に建立されました。多宝塔は本尊・愛染明王を安置しています。
経堂は江戸時代中期の1705年(宝永2)に桂昌院の寄進によって建立されました。経堂は傅大士(ふだいし)を奉安し、鉄眼版一切経が納められています。
宝篋印塔には鎌倉時代に慈鎮和尚が天台宗の宗祖である伝教大師・最澄筆の法華経を納めました。
平戸ツツジ(平戸躑躅)はツツジ科の常緑低木です。平戸は古くから交通・交易の中心地であったことからケラマツツジ(沖縄諸島)を主な親とし、キシツツジ(西部日本)・リュウキュウツツジ(沖縄諸島)・モチツツジ(中部日本)・タイワンヤマツツジ(台湾)などと交雑し、平戸ツツジが生まれたと言われています。平戸ツツジは樹高1~2メートルで、花冠が大きく、白・桃・紅・赤・朱・紫色など多彩な花を咲かせます。
サツキ(皐月・杜鵑)はツツジ科ツツジ属の常緑低木です。サツキの名称は旧暦の5月 (皐月) 頃に一斉に咲くことに由来し、花期は他のツツジに比べると1ヶ月程度遅く、5月~6月頃になります。サツキは関東以西と九州南部に分布し、川岸の岩上などに自生しています。サツキは樹高が1メートル前後で、枝は細く密生して横に広がり、葉は披針形または狭倒披針形で先が尖っています。サツキは花色が深紅から白色で、咲き分け・絞り・八重咲などがあります。

【善峯寺 歴史・簡単概要】
善峯寺(よしみねでら)・善峰寺は寺伝によると平安時代中期の1029年(長元2年)に恵心僧都(えしんそうず)・源信(げんしん)の弟子・源算上人(げんさんしょうにん)が自作の千手観音(せんじゅかんのん)を小堂に安置し、阿智坂(あちさか)の法華院(ほっけいん)と号したのが起源と言われています。源算上人は霊地を求めて西の山に入って休憩していると一人の翁神が現れて、「我はこの地の地主にて名を阿智坂という。この霊地に伽藍を草創し給え。この地を与えて永く仏法を守らん。」と告げたとも言われています。1034年(長元7年)に第68代・後一条天皇(ごいちじょうてんのう)が鎮護国家の勅願所(ちょくがんしょ)に定め、寺号・良峯寺を賜りました。その後1042年(長久3年)に第69代・後朱雀天皇(ごすざくてんのう)の勅命により、安居院(あぐい)・仁弘法師作の洛東・鷲尾寺(わしのおじ) の千手観音が本尊として移されました。鎌倉時代初期の1192年(建久3年)に後鳥羽上皇(第82代・後鳥羽天皇(ごとばてんのう))から宸額・善峯寺を賜りました。その後鎌倉時代に青蓮院(しょうれんいん)から西山宮道覚入道親王(どうかくにゅうどうしんのう)が入寺し、西山門跡と言われるようになりました。応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって伽藍が焼失したが、1692年(元禄5年)に江戸幕府5代将軍・徳川綱吉(とくがわつなよし)の生母・桂昌院(けいしょういん)の寄進によって再建されました。
善峯寺は善峰観音宗の寺院です。
*参考・・・善峯寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ善峯寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【善峯寺ツツジ・サツキ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
善峯寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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