善峰寺多宝塔・善峰寺見どころ(修学旅行・観光)

善峰寺多宝塔

●善峰寺多宝塔は1977年(昭和52年)6月27日に国の重要文化財に指定されました。
●善峰寺多宝塔は江戸時代前期の1621年(元和7年)に第28代 賢弘法師が再建しました。ちなみに棟札に「造立元和七辛酉三月吉日」と記されています。多宝塔は山内最古の建物です。多宝塔は本尊・愛染明王(あいぜんみょうおう)を安置しています。
一般的に多宝塔は日本で上層を円形、下層を方形とした二重塔を言います。多宝塔は平安時代に密教が天台宗(てんだいしゅう)の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)や真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)によって伝えられ、多宝塔も建立されるようになったとも言われています。鎌倉時代初頭に建立された滋賀県大津市の東寺真言宗の大本山・石山寺(いしやまでら)の多宝塔が現存最古の例です。多宝塔は元々東方の宝浄国(ほうじょうこく)の教主・多宝如来(たほうにょらい)を安置する堂塔です。多宝塔はお釈迦様が大乗仏教の経典「法華経(ほけきょう)」を説いた際、空中に七宝(しっぽう)の塔が現われ、塔中の多宝如来がお釈迦様(釈迦如来(しゃかにょらい))に讚嘆して半座を空け、二如来が並座したと言われることに由来しています。
愛染明王は大愛欲(あいよく)大貪染(とんぜん)の三昧に住む明王で、真言密教(しんどんみっきょう)の教主・大日如来(だいにちにょらい)または菩薩の一尊・金剛愛菩薩(こんごうあいぼさつ)を本地とし、大日如来・金剛愛菩薩が仮の姿で現れる仮現(けげん)と言われています。愛染明王は平安時代初期に日本に伝わったとも言われ、その後恋愛成就・美貌を願って信仰されるようになりました。愛染明王は愛欲などの迷いが悟りにつながることを示し、外見が悪を降伏し、威圧する忿怒相(ふんぬそう)だが、内面は愛をもって衆生(しゅじょう)を解脱させます。愛染明王は尊容が一面三目六臂(ろっぴ)の忿怒相(ふんぬそう)で、獅子冠(ししかむり)を被り、手に金剛鈴(こんごうれい)・金剛弓(こんごうきゅう)・拳(けん)・五鈷杵(ごこしょ)・金剛箭(こんごうせんい)・蓮華(れんげ)を持ち、蓮華座上に結跏趺坐(けっかふざ)しています。愛染明王は身色が真紅で表現されます。なお愛染明王では鎌倉時代前期の1247年(宝治2年)に仏師・善円が造仏した奈良・西大寺(さいだいじ)の木造愛染明王坐像(重要文化財)や根津美術館の絹本著色愛染曼荼羅図(けんぽんちゃくしょくあいぜんまんだらず)・絹本著色愛染明王像がよく知られています。
●善峰寺多宝塔は高さ約12メートルの三間(さんげん)多宝塔で、檜皮葺(ひわだぶき)です。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
善峰寺

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