随心院桜見ごろ(4月上旬~中旬頃)・桜名所

随心院桜見ごろ

随心院桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。随心院は約200本の薄紅色のはねずの梅(八重紅梅)が植えられている小野梅園・総門・薬医門近くなどに染井吉野などの桜の木が植えられ、桜と小野梅園・総門・薬医門などの光景が素晴らしいと言われています。ちなみに随心院は京都を代表する梅の名所です。(詳細下記参照)

【随心院桜見ごろ時期 2020年(要確認)】
随心院の桜見ごろは例年4月上旬頃から4月中旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。●2020年の桜見ごろ予想は2020年1月頃から情報発信します。
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【随心院桜・随心院 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市山科区小野御霊町35
最寄り駅・バス停・・・小野駅(徒歩約5分)

京阪バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*四条大宮・四条烏丸・四条河原町・三条京阪からは83系統、83A系統、84系統、86系統、86B系統、87A系統、87B系統、88B
京阪バス・アクセスダイヤ

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は小野駅(徒歩約5分)

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【随心院桜見ごろ時期・見どころ】
随心院は桜の名所です。随心院の桜見ごろは例年4月上旬頃から4月中旬頃です。随心院は約200本の薄紅色のはねずの梅(八重紅梅)が植えられている小野梅園・総門・薬医門近くなどに染井吉野などの桜の木が植えられ、桜と小野梅園・総門・薬医門などの光景が素晴らしいと言われています。ちなみに随心院は京都を代表する梅の名所として知られているが、桜はあまり知られていない穴場とされています。
小野梅園には約200本のはねずの梅(八重紅梅)などが植えられています。はねずの梅の名称は白みをおびた薄い紅色を古来「はねず(朱華・唐棣・棠棣)」と言っていたことに由来しています。日本最古の和歌集「万葉集」の中では「思わじと 言ひてしものを 朱華色の 移ろひやすき わが心かも(大伴坂上郎女・おおとものさかのうえのいらつめ)」と詠まれています。
総門は1753年(宝暦3年)に政所御殿であった庫裡とともに二条家から移されました。
薬医門は寛永年間(1624年~1631年)に九条家ゆかりの関白・九条幸家(くじょうゆきいえ)の正室・天真院尼(豊臣完子・とよとみのさだこ)の寄進により、表書院・大玄関とともに建立されました。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【随心院 歴史・簡単概要】
随心院(ずいしんいん)は楊貴妃・クレオパトラ7世とともに世界三大美人に数えられ、絶世の美女と謳われた女流歌人・小野小町邸があった場所とも言われています。また随心院は991年(正暦2年)に雨僧正とも言われる真言宗小野流の開祖・仁海僧正(にんがいそうじょう)が第66代・一条天皇から土地を賜って創建した牛皮山曼荼羅寺(ぎゅうひさんまんだらじ)があった場所とも言われています。随心院は鎌倉時代に曼荼羅寺第5世住持・増俊(ぞうしゅん)が曼荼羅寺の塔頭(たっちゅう)として創建したのが起源と言われています。その後第84代順徳天皇、第86代・後堀河天皇、第87代・四条天皇の祈願所になり、1229年(寛喜元年)には後堀河天皇の宣旨(せんじ)によって門跡寺院になり、一条家・二条家・九条家などから入寺したと言われています。しかし応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって伽藍の多くを焼失し、その後九条唐橋などを度々移り、1599年(慶長4年)に曼陀羅寺の故地に本堂が再建されました。
随心院は真言宗善通寺派の大本山です。
*参考・・・随心院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ随心院(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【随心院桜見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
随心院(アクセス・見どころ・・・)情報

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