龍安寺仏殿・龍安寺見どころ

龍安寺仏殿

●龍安寺仏殿は江戸時代後期の1797年(寛政9年)に焼失し、1981年(昭和56年)に妙心寺に伝わる古絵図に基づいて約200年振りに再建されました。龍安寺仏殿は天井に日本画家・武藤彰(むとうあきら)が墨と金泥で描いた龍があります。龍安寺仏殿は左側の祭壇に天皇家の位牌、右側の祭壇に歴代住職の位牌が安置しされています。なお龍安寺仏殿は普段檀家の法要などに使用されているが、一般公開されることもあります。
一般的に仏殿は本尊仏を安置し、礼拝する堂塔です。仏殿は本堂・金堂・根本中堂(中堂)・仏堂などとも言われています。飛鳥時代から平安時代前半に創建された寺院では金堂と言われ、禅宗では仏殿と言われるとこが多いそうです。なお仏殿は禅宗寺院で、仏国土に至る三門(山門)・仏道修行に励む僧堂・僧侶が居住する庫裏(くり)・僧侶が仏教を講義する法堂(はっとう)・浴場である浴室・トイレである東司(とうす)とともに七堂伽藍に数えられています。
雲龍図は龍が仏法を守護する八部衆(はちぶしゅう)のひとつとされていることから法堂(はっとう)などの天井に描かれています。法堂は僧侶が経典の講義や説教などをする場で、雨を呼ぶ水神の龍が仏法の教えを雨のように降らすと言われています。また水神の龍が寺院を火から守るとの意味も込められていると言われています。なお八部衆は天(てん)・夜叉(やしゃ)・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅(あしゅら)・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩ご羅伽(まごらが)です。
●龍安寺仏殿は五間四方で、入母屋造(いりもやづくり)の銅板葺(どうばんぶき)です。龍安寺仏殿は樹齢1,000~2,000年の台湾檜を使った禅宗建築です。龍安寺仏殿は正面中央三間に両開きの桟唐戸(さんからど)、その両端に花頭窓(かとうまど)があります。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
銅板葺は銅を薄くした銅板で屋根を葺く方法です。銅板葺は近世に本格的に始まり、神社・霊廟などに多く用いられています。銅板葺は瓦葺に比べると自重が軽くて耐震性があり、檜皮葺・こけら葺に比べると耐久性があるとい言われています。なお765年(天平宝字9年・天平神護元年)に奈良・西大寺(さいだいじ)で銅板葺が用いられたのが最古の記録とも言われています。
龍安寺見どころ

ページ上部へ戻る