伏見稲荷大社歴史・見どころ-修学旅行・観光の簡単解説

伏見稲荷大社見どころ

伏見稲荷大社歴史・見どころ簡単解説

伏見稲荷大社歴史・見どころポイントを簡単にまとめて解説しています。伏見稲荷大社で見るべき本殿(重要文化財)・千本鳥居などを解説しています。伏見稲荷大社のハイライトである千本鳥居は長さ約70メートルで、900基弱の鳥居が建立されていると言われています。(伏見稲荷大社簡単解説下記参照)

【伏見稲荷大社のチェックポイント】
伏見稲荷大社のチェックポイントはご利益ときつね(狐)です。伏見稲荷大社は商売繁昌・五穀豊穣の神様として篤く信仰されています。伏見稲荷大社は「山城国風土記」逸文によると白鳥が山に降りて稲が成ったことが「イナリ」の由来と記され、五穀豊穣のご利益との関連性を伺えさせます。ちなみに伏見稲荷大社では「抱き稲の紋」を神紋としています。またかつて伏見稲荷大社が祀られていた稲荷山の土を田畑に撒くと五穀がよく実ると言われ、七不思議に数えられています。伏見稲荷大社は古くは朝廷から雨乞い・止雨とともに五穀豊穣や国の安穏などが祈願されました。平安時代に良縁を願ったり、桃山時代に関白・豊臣秀吉が母親の病気平癒を願って現在の楼門を再建したりしました。その後商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神として信仰を集め、江戸時代以降に願いが「通った」お礼などから鳥居を奉納することが盛んになり、千本鳥居だけでなく、境内に約1万基の鳥居が建立されるようになりました。きつねは伏見稲荷大社(稲荷大神)の主祭神・宇迦之御魂大神の別名・御饌津神が「三狐神(御狐神)」と記されることや穀物をエサにするネズミ(鼠)を退治することなどから稲荷大神のお使いとされ、境内に狛犬の代わりに狛狐が置かれています。狛狐は稲荷大神が五穀豊穣の神様とされていることから稲穂や巻物・玉(宝珠)・鍵を咥えています。

【伏見稲荷大社 歴史・簡単概要】
伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)とは社伝によると奈良時代初期の711年(和銅4年)に伊侶巨秦公(いろこのはたのきみ)が勅命(ちょくめい)を受け、伊奈利山(いなりやま・稲荷山)の三つの峯の平らな場所に祭神・稲荷大神(いなりのおおかみ)と言われる宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)・佐田彦大神(さたひこのおおかみ)・田中大神(たなかのおおかみ)・四大神(しのおおかみ)を祀ったことが起源と言われています。平安時代前期の827年(天長4年)に真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海が第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)から東寺(教王護国寺(きょうおうごこくじ))を賜った際に東寺の鎮守社(ちんじゅしゃ)になりました。
京都・伏見稲荷大社歴史(起源・・・)

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【本殿・要点簡単解説 伏見稲荷大社】★★★修学旅行・観光必見
ハイライトである本殿は重要文化財です。本殿は屋根に千木(ちぎ)・鰹木(かつおぎ)がなく、神仏習合(しんぶつしゅうごう)の影響とも言われています。本殿は内陣・外陣に分かれ、内陣が格天井(ごうてんじょう)、外陣が小組格天井(こぐみごうてんじょう)です。本殿は室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))に伴う1468年(応仁2年)の兵火で焼失し、その後仮殿が建立され、戦国時代(室町時代後期)の1494年(明応3年)または1499年(明応8年)に再建されたと言われています。本殿は檜皮葺(ひわだぶき)の五間社流造(ごけんしゃながれづくり)です。本殿は建築様式に注目です。
(本殿・キーポイント 伏見稲荷大社)
●本殿は主祭神として宇迦之御魂大神(下社)、配神として大宮能売大神(上社)・佐田彦大神(中社)・田中大神(下社摂社)・四大神(中社摂社)を祀っています。祭神は総称して、稲荷大神と言われています。
●本殿は軒下に豪華な彫刻があり、懸魚(げぎょ)の金覆輪(きんぷくりん)・垂木鼻(たるきばな)の飾金具・蟇股(かえるまた)の意匠などが豪放で優華な趣きとも言われています。本殿は彫刻や装飾なども注目です。
●本殿前の内拝殿は1961年(昭和36年)に建立されました。

【千本鳥居・要点簡単解説 伏見稲荷大社】★★★修学旅行・観光必見
最大のハイライトである千本鳥居は奥宮に向かう参道にあります。千本鳥居の鳥居の数は千本よりも少ない、900基弱(約860基)とも言われています。千本鳥居は現世から神の坐す幽界(ゆうかい)への関門として建てられたとも言われています。鳥居の奉納は江戸時代末期に始まり、近代以降に盛んになったそうです。千本鳥居はインスタ映えスポットです。千本鳥居は本数に注目です。
伏見稲荷大社千本鳥居詳細
(千本鳥居・キーポイント 伏見稲荷大社)
●千本鳥居は長さ約70メートルあり、左右に鳥居が分かれています。千本鳥居は七不思議に数えられています。千本鳥居は時間帯により、大変混雑している場合があり、ゆっくり楽しむなら早朝がおすすめです。
●鳥居の朱塗り(しゅぬり)は稲荷塗り(いなりぬり・稲荷朱(いなりあか))と言われ、稲荷大神が楓(かえで)を好んだことに由来するとも、破邪(はじゃ)の呪力(じゅりょく)を示すものとも言われています。また赤土の持つ生命力を表しているとも言われています。
●境内には千本鳥居を含め、約1万基の鳥居があると言われています。時間がある方は鳥居やお塚がたくさんある稲荷山を散策するのがおすすめです。無数のお塚・お山の土は伏見稲荷大社七不思議に数えられています。
●例年夏の本宮祭では宵宮祭で万灯神事が行われ、境内の石灯篭に明かりが灯され、1万とも、数千とも言われている提灯も灯され、千本鳥居内に灯された提灯で普段と異なる幻想的な光景に彩られます。

【狛狐・要点簡単解説 伏見稲荷大社】★★★修学旅行・観光必見
ハイライトである狛狐(こまぎつね)が狛犬(こまいね)の代わりに置かれています。きつねは稲荷大神のお使い(眷族(けんぞく))とされています。ただきつねといっても野山に生息するきつねではなく、目に見えない透明の白狐(びゃっこ)です。
伏見稲荷大社狛狐詳細
(狛狐・キーポイント 伏見稲荷大社)
●狛狐は稲穂・巻物・玉(宝珠(ほうじゅ))・鍵(かぎ)を咥えています。稲穂は稲荷大神が農業の神であることに由来します。巻物は知恵を象徴しています。玉と鍵は玉が稲荷大神の霊徳、鍵がその霊徳を身に付ける願望を象徴しています。狛狐は何を咥えているかに注目です。

【権殿・要点簡単解説 伏見稲荷大社】
権殿(ごんでん)は重要文化財です。権殿は本殿よりも一回り小さい仮殿です。権殿は若宮とも言われています。権殿は江戸時代前期の1635年(寛永12年)に建立されました。権殿は檜皮葺の五間社流造です。権殿は本殿と同じように建築様式に注目です。
(権殿・キーポイント 伏見稲荷大社)
●権殿は本殿の修理などの際、稲荷大神の神霊が一時的に遷されました。

【外拝殿・要点簡単解説 伏見稲荷大社】★修学旅行・観光必見
外拝殿(げはいでん・舞殿(ぶでん))は重要文化財です。外拝殿は軒下(のきした)に星座・黄道十二宮(こうどうじゅうにきゅう)を表す絵柄の鉄灯篭(てつとうろう)が釣られています。外拝殿は安土桃山時代の1589年(天正17年)に建立され、江戸時代後期の1840年(天保11年)に改築されたとも言われています。外拝殿は檜皮葺の入母屋造(いりもやづくり)です。外拝殿は鉄灯篭に注目です。
(外拝殿・キーポイント 伏見稲荷大社)
●外拝殿は桁行五間・梁間三間です。
●例年春の稲荷祭で稲荷大神の神霊を遷した5基(田中社・上社・下社・中社・四之大神)の神輿(みこし)が泰安され、普段と異なった光景が見られます。また献花祭・節分祭などの舞台にもなり、節分祭で豆まきが行われます。外拝殿は行事にも注目です。

【楼門・要点簡単解説 伏見稲荷大社】★★修学旅行・観光必見
ハイライトである楼門(ろうもん)は重要文化財です。楼門は一番鳥居をくぐった先にあります。楼門は三間一戸(さんげんいっこ)です。楼門は安土桃山時代の1589年(天正17年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が母・大政所(おおまんどころ・仲(なか)・天瑞院(てんずいいん))の病気回復を祈願して再建しました。楼門は檜皮葺の入母屋造です。楼門はその歴史と大きさに注目です。楼門は千本鳥居と同じく、インスタ映えスポットです。
(楼門・キーポイント 伏見稲荷大社)
●楼門には両側に随神(ずいじん)が置かれ、稲荷大神を守っています。随神は左大臣が阿形、右大臣が吽形です。楼門は随神にも注目です。
●楼門には「病悩平癒祈願が成就すれば一万石奉加する」と豊臣秀吉が記した「命乞い(いのちごい)の願文」が伝えられています。秀吉の母への思いにも注目です。
●楼門は1973年(昭和48年)に解体修理され、願文と同じ「天正17年」の墨書が頭貫(かしらぬき)から発見されました。
●例年夏の本宮祭では楼門から鳥居まで提灯が灯され、楼門がインスタ映えスポットに変わります。

【北廻廊・南廻廊・要点簡単解説 伏見稲荷大社】
北廻廊・南廻廊は重要文化財です。北廻廊・南廻廊は楼門の左右にあり、ほぼ同じ大きさです。北廻廊・南廻廊は江戸時代中期の1694年(元禄7年)に建立されました。北廻廊・南廻廊は檜皮葺の切妻造(きりづまづくり)です。
(北廻廊・南廻廊・キーポイント)
●北廻廊・南廻廊は桁行五間・梁間一間です。北廻廊・南廻廊は長さに注目です。

【奥宮・要点簡単解説 伏見稲荷大社】★修学旅行・観光必見
奥宮(おくみや)は重要文化財です。奥宮は下社・中社・上社からなる三社別殿だった頃の上社、または上社に関係する建物と言われています。奥宮は桃山時代(1583年~1603年)に建立されました。奥宮は檜皮葺の三間社流造(さんげんしゃながれづくり)です。奥宮は建築様式に注目です。
(奥宮・キーポイント 伏見稲荷大社)
●奥宮は稲荷大神を祀っています。

【白狐社・要点簡単解説 伏見稲荷大社】★修学旅行・観光必見
白狐社(びゃっこしゃ)は重要文化財です。白狐社は下社・中社・上社からなる三社別殿だった頃の下社の末社・阿古町(あこまち)が起源とされ、白狐霊を祀る唯一の社殿と言われています。白狐社は江戸時代中期の1694年(元禄7年)に建立されました。白狐社は檜皮葺の一間社春日造(いっけんしゃかすがづくり)です。白狐社は由緒に注目です。
伏見稲荷大社白狐社(アクセス・・・)
(白狐社・キーポイント 伏見稲荷大社)
●白狐社は命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)を祀っています。
●白狐社には伝承が残されています。船岡山(ふなおかやま)に狐の老夫婦と五匹の子狐が棲んでいました。狐一家は稲荷山に参詣し、使者になることを祈念しました。願いは叶って、オスは上社に仕えて小薄(をすすき)と称し、メスは下社に仕えて阿古町(あこまち)と称しました。白狐社は伝承に注目です。

【御茶屋・要点簡単解説 伏見稲荷大社】
御茶屋は重要文化財です。御茶屋には一の間・次の間があります。一の間は七畳で、付書院(つけしょいん)・違棚(ちがいだな)があり、次の間には縁座敷(えんざしき)があります。御茶屋は江戸時代前期の1641年(寛永18年)に祠官(しかん)・羽倉延次(はくらのぶつぐ)が後水尾上皇(第108代・後水尾天皇(ごみずのおてんのう))から仙洞御所(せんとうごしょ)にあった御茶屋を賜って移しました。御茶屋は上部桟瓦葺(さんがわらぶき)・腰廻(こしまわり)檜皮葺の入母屋造です。玄関・車寄が附属しています。御茶屋は歴史と建築様式に注目です。
(御茶屋・キーポイント 伏見稲荷大社)
●御茶屋は桁行約7.6メートル・梁間約7.9メートルです。
●御茶屋は書院造(しょいんづくり)から数寄屋造(すきやづくり)に移る過程を見ることができます。

【神楽殿・要点簡単解説 伏見稲荷大社】
神楽殿(かぐらでん)は本殿に向かって右側に建立されています。神楽殿は正面鏡板(かがみいた)に松の絵が描かれています。神楽殿では神楽が奏されています。神楽殿は1882年(明治15年)に能のシテ方の流派・金剛流(こんごうりゅう)宗家によって寄進されました。
(神楽殿・キーポイント 伏見稲荷大社)
●金剛流は法隆寺(ほうりゅうじ)に仕えた猿楽座(さるがくざ)・坂戸座(さかどざ)を源流とし、室町時代初期の坂戸孫太郎氏勝(さかとまごたろううじかつ)を流祖としています。

【奥社奉拝所・要点簡単解説 伏見稲荷大社】
奥社奉拝所(奥の院)は千本鳥居を通り抜けた先にあります。奥社奉拝所は稲荷大神が鎮座したと言われる稲荷山を遥拝する場所で、社殿の背後に稲荷山があります。奥社奉拝所は江戸時代中期の1749年(寛延2年)に再建され、1975年(昭和50年)に現在の場所に移されました。
(奥社奉拝所・キーポイント 伏見稲荷大社)
●奥社奉拝所は江戸時代には封戸所(ふこしょ)・供物所(くもつしょ)とも言われていました。

【おもかる石・要点簡単解説 伏見稲荷大社】★修学旅行・観光必見
ハイライトであるおもかる石(石灯籠の空輪(くうりん))は千本鳥居を通り抜け、奥社奉拝所(奥の院)の右奥にあります。おもかる石を持ち上げ、予想よりも軽く感じると願いが叶い、重く感じると願いが叶わないと言われています。おもかる石は構造に注目です。
(おもかる石・キーポイント 伏見稲荷大社)
●おもかる石(石灯籠(いしどうろ))は左右に一対あり、どちらを持ち上げてもかまいません。おもかる石は七不思議に数えられています。おもかる石は人気のパワースポットです。

【二匹の狐・要点簡単解説 伏見稲荷大社】
二匹の狐は千本鳥居近くにあります。二匹の狐は左右対称で、顔の近くに丸い輪(宝珠の輪)があります。丸い輪にお賽銭(さいせん)を投げ入れることができると願いが叶うとも言われているそうです。二匹の狐はパワースポットです。

●上記以外の伏見稲荷大社見どころは下記リンクから確認することができます。
伏見稲荷大社見どころ

【伏見稲荷大社見どころ解説以外の情報】
伏見稲荷大社基本情報
伏見稲荷大社七不思議(見どころ)

【伏見稲荷大社見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都・伏見稲荷大社(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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