北野天満宮の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

北野天満宮一の鳥居・北野天満宮見どころ

北野天満宮の見どころ解説

北野天満宮の見どころを簡単にまとめてポイント解説します。見どころには豊臣秀頼が再建した最大のハイライトである貴重な本殿(国宝)・七不思議の星欠けの三光門(重文)・なで牛・美しい一の鳥居などがあります。なお北野天満宮の見どころ解説では修学旅行・観光を満喫できるように文化財(国宝・重要文化財・名勝・史跡)を中心に解説しています。(個別解説下記参照)

北野天満宮歴史(起源・・・)

【本殿の徹底解説-北野天満宮】★修学旅行・観光

北野天満宮で絶対に見逃せない、必ず見るべき存在が本殿です。本殿は学問の神とされる菅原道真を祀っており、北野天満宮の最大のハイライト・目玉です。本殿は拝殿・石の間・楽の間とともに複雑で美しい八棟造になっており、拝殿に七不思議の立ち牛が隠されています。本殿はインスタ映えします。

  • 概要・・・本殿・拝殿・石の間・楽の間(国宝)は本殿と拝殿が石の間で繋がり、本殿の西に脇殿、拝殿の左右に楽の間があります。本殿は八坂神社の主祭神に菅原道真、相殿に菅原道真の長男・中将殿(菅原高視(すがわらのたかみ))と正室の吉祥女(島田宣来子(しまだののぶきこ))を祀っています。本殿には創建時から像高約76.5センチの獅子(しし)と像高約75センチの狛犬(こまいぬ)が置かれています。また本殿には内部に探検家・松浦武四郎が奉納した日本地図三大鏡などの鏡が各所に掲げられています。なお本殿の前には樹齢約350年で、樹高約5メートルのご神木・飛梅(とびうめ・紅和魂梅(べにわこんばい))が植えられています。
  • 歴史・・・本殿・拝殿・石の間・楽の間は1607年(慶長12年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼が父の遺命によって再建しました。2020年(令和2年)7月に本殿の内部修復が完了しました。板の間には防虫・防腐剤として柿渋(かきしぶ)が塗装されました。
  • 様式・・・本殿・拝殿・石の間・楽の間は1棟として、八棟造(やつむねづくり)・権現造(ごんげんづくり)と言われています。本殿・拝殿は屋根が入母屋造(いりもやづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)、石の間は屋根が両下造(りょうげづく)の檜皮葺です。石の間はかつて石敷きの土間でした。本殿は正面・奥行が桁行五間・梁間四間、拝殿は正面・奥行が桁行七間・梁間三間、石の間は正面・奥行が桁行三間・梁間一間、楽の間は正面・奥行が桁行正面二間・梁間二間・背面三間です。
  • 七不思議・・・本殿は楼門の正面に位置せず、筋違いの本殿として北野天満宮の七不思議になっています。また本殿は吊されている大鈴の上の欄間(らんま)に唯一の立ち牛が彫刻され、北野天満宮の七不思議になっています。
  • 行事・・・本殿などの社殿では菅原道真の縁日である毎月25日に吊燈籠(つりどうろう)に明かりが灯されます。本殿では例年1月2日の筆始祭(ふではじめさい)では三聖(さんせい)に数えられた菅原道真遺愛の松風の硯(すずり)などが供えられます。また例年2月25日の梅花祭では白梅・紅梅の小枝を挿した紙立(こうだて)という特別な神饌が神前に供えられます。更に例年12月1日の献茶祭では表千家・裏千家・武者小路千家などが輪番で神前にお茶を供える献茶式が行われます。
スポンサーリンク

【三光門の徹底解説-北野天満宮】★修学旅行・観光

北野天満宮で見逃せない、見るべき存在が三光門です。三光門は七不思議に数えられる北野天満宮のハイライトです。三光門では真っ赤な太陽と金色の月を見つけましょう。三光門はインスタ映えします。

  • 概要・・・三光門(重要文化財)は本殿前に建立されている中門です。三光門には第111代・後西天皇(ごさいてんのう)自筆の勅額(ちょくがく)「天満宮」が掛けられています。三光門近くには1645年(正保2年)に建立された織部(おりべ)石灯籠(切支丹灯籠(きりしたんどうろう))・日月光の大灯籠が建立されています。
  • 歴史・・・三光門は1607年(慶長12年)に豊臣秀頼が建立しました。
  • 様式・・・三光門は四脚門(しきゃくもん)で、前後に千鳥破風(ちどりはふ)・軒唐破風(のきからはふ)があります。三光門は屋根が入母屋造の檜皮葺です。
  • 七不思議・・・三光門には一般的に梁(はり)の間に日・月・星が彫刻されるが、三光門には真っ赤な太陽と金色の月があるが、星が見当たらず、星欠けの三光門として北野天満宮の七不思議に数えられています。謎も魅力です。
  • 行事・・・三光門では例年七夕祭(たなばたさい)で七夕飾りが飾られます。

【なで牛の徹底解説-北野天満宮】★修学旅行・観光

北野天満宮で見逃せない、見るべき存在がなで牛です。なで牛は境内各所に置かれ、ご利益を授かることができる北野天満宮のハイライトです。修学旅行生は頭をなでて、頭がよくなるご利益を授かりましょう。なで牛は材質・形状などに違いがあります。

  • 概要・・・なで牛(撫で牛)は境内に十数体奉納されている臥牛像・神牛像です。なで牛は頭をなでると頭が良くなると言われています。またなで牛は体の悪い場所をなでた後、なで牛の同じ場所をなでると悪い場所が治ると言われています。
  • 歴史・・・なで牛などの牛は主祭神・菅原道真のお使いとされています。牛が菅原道真のお使いとされる理由は「菅原道真が生まれたのが丑(うし)年」・「菅原道真亡くなったのが丑の月の丑の日」・「菅原道真の墓所の位置は牛が決めた」などに由来しています。2008年(平成10年)になで牛1体の頭が壊され、その後高松市庵治町(あじちょう)産の黒御影石(くろみかげいし)で造られた全長約66センチ・高さ約27センチ・重さ約110キロのなで牛が奉納されました。
  • 豆知識・・・なで牛以外にも北野天満宮境内には牛舎も祀られています。牛舎は一願成就(いちがんじょうじゅ)のお牛さんと言われ、なでると一つだけ願いが叶うと言われています。

【透塀の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・透塀(重要文化財)は石の間の東西から始まり、本殿の裏側にある後門の両脇まで繋がっています。透塀は上段に極彩色の彫刻が施された欄間があります。
  • 歴史・・・透塀は1607年(慶長12年)に豊臣秀頼が建立しました。
  • 様式・・・透塀は屋根が檜皮葺です。透塀は東側が十四間(潜門(くぐりもん))、西側が十六間です。

【廻廊の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・廻廊(重要文化財)は三光門の両脇から伸び、拝殿の東西にある楽の間に繋がっています。廻廊は東側と西側に分かれています。
  • 歴史・・・廻廊は1607年(慶長12年)に豊臣秀頼が建立しました。西廻廊では2019年(令和元年)に屋根の破風から「丸太町高倉東江入 錺師(かざりし)躰阿弥(たいあみ)吉兵衛」と裏面に刻まれた飾り金具が見付かりました。躰阿弥は安土桃山時代から江戸時代に京都で筆頭の錺師として活躍し、安土城(あづちじょう)天主の一部を手掛けました。
  • 様式・・・廻廊は屋根が切妻造(きりづまづくり)の檜皮葺です。廻廊は東側・西側ともに桁行折曲り延長十六間・梁間一間(潜門)です。

【東門・後門の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・東門(重要文化財)は本殿の東側に建立されています。後門(重要文化財)は本殿の後ろ側に建立されています。
  • 歴史・・・東門・後門は1607年(慶長12年)に豊臣秀頼が建立しました。
  • 様式・・・東門は四脚門(しきゃくもん)です。東門は屋根が切妻造の銅板葺(どうばんぶき)です。後門は一間一戸(いっけんいっこ)の平唐門(ひらからもん)です。後門は側面が唐破風で、屋根が檜皮葺です。

【楼門の徹底解説-北野天満宮】★修学旅行・観光

北野天満宮で見逃せないのが楼門です。楼門は本殿を参拝する際の出入口だが、本殿前に建立されていないことから七不思議に数えられています。楼門は石段の上に建立され、大きさに驚かされれます。

  • 概要・・・楼門は両側に随神(ずいしん)の像が置かれています。楼門には扁額(へんがく)「文道大祖(ぶんどうのたいそ) 風月本主(ふうげつのほんしゅ)」が掛けられています。
  • 行事・・・楼門は桃山様式です。楼門は屋根が銅板葺です。
  • 七不思議・・・楼門は本来本殿の正面に建立されるが、北野天満宮創建前から境内摂社・地主社(じぬししゃ)が祀られていたことから地主社が正面になり、筋違いの本殿として北野天満宮の七不思議に数えられています。
  • 行事・・・例年6月25日の御誕辰祭(ごたんしんさい)では京都最大とも言われている約5メートルの大茅の輪(ちのわ)が設置されます。

【絵馬所の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・絵馬所(京都市指定有形文化財)は楼門近くに建立されました。絵馬所は京都に現存する絵馬所の中で最古とも言われています。また絵馬所は規模・歴史から現存する絵馬所の中でも随一とも言われています。
  • 歴史・・・絵馬所は元禄年間(1688年~1704年)の大修理の際、1699年(元禄12年)に建立されました。
  • 様式・・・絵馬所は屋根が桟瓦葺(さんがわらぶき)です。

【茶席・松向軒の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・茶席・松向軒(しょうこうけん)は1587年(天正15年)に関白・豊臣秀吉が行った北野大茶湯(北野大茶会)の際、細川幽斎(ほそかわゆうさい・細川藤孝(ほそかわふじたか))の長男で、細川ガラシャの夫・細川忠興(ほそかわただおき・細川三斎(ほそかわさんさい))が造った茶室を復元したものです。松向軒には細川忠興が水を汲んだと言われる井戸があります。
  • 歴史・・・かつての松向軒は1628年(寛永5年)に大徳寺(だいとくじ)の塔頭・高桐院(こうとういん)に移されました。

【茶席・梅交軒の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・茶席・梅交軒(ばいこうけん)はもみじ苑にあり、茶室・明月舎(めいげつしゃ)は東門近くにあります。梅交軒では紅葉の見ごろに濃茶(こいちゃ)の席が設けられます。明月舎では1587年(天正15年)10月1日に行われた北野大茶湯を記念し、毎月1日・15日に献茶会が行われています。

【神楽殿の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・神楽殿は宝物殿近くに建立されています。神楽殿では天神市が行われる毎月25日に神楽舞(かぐらまい)が奉納されています。また神楽殿では狂言や日本舞踊なども奉納されています。
  • 様式・・・神楽殿は入母屋造の銅板葺です。神楽殿は桁行五間・梁間三間です。
  • 豆知識・・・北野天満宮では1603年(慶長8年)に出雲の阿国(いづものおくに)が初めて歌舞伎踊り(かぶきおどり)を演じたと言われています。

【一の鳥居の簡単解説-北野天満宮】★修学旅行・観光

北野天満宮で見逃せない、見るべき存在が一の鳥居です。一の鳥居は北野天満宮のシンボルで、北野天満宮のハイライトです。一の鳥居は南側から訪れた際にランドマークにもなっています。一の鳥居は高さが圧巻の10メートルを超え、高さに言葉を失うかもしれません。一の鳥居はインスタ映えします。

  • 概要・・・一の鳥居は今出川通に面して建立されています。一の鳥居は高さ約11.4メートルです。一の鳥居には閑院宮載仁親王(かんいんのみやことひとしんのう)による扁額「天満宮(高さ約2.7メートル・幅約2.4メートル・重さ約563キロ)」が掛けられています。
  • 歴史・・・一の鳥居は1921年(大正10年)10月に建立されました

【太閤井戸の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・太閤井戸(たいこういど)は楼門近くにあります。太閤井戸近くには1979年(昭和54年)に京都市茶業組合が建立した石碑・大茶湯之址(おおちゃのゆのあと)があります。
  • 歴史・・・太閤井戸は1587年(天正15年)に関白・豊臣秀吉が北野大茶湯を催した際、茶点ての水として使ったと言われています。

【豊臣秀吉ゆかりの御土居の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・御土居(国の史跡)はもみじ苑にあります。御土居は長さ約250メートルで、現存する御土居の遺構としては最長です。なお御土居はかつて総延長約22.5キロメートルあり、外敵の侵入を防いだり、鴨川の氾濫から町を守る役目がありました。なお御土居は例年青もみじ・紅葉が見ごろを迎える時期にもみじ苑とともに一般公開されています。
  • 歴史・・・御土居は1591年(天正19年)に関白・豊臣秀吉が築きました。

【宝物殿の簡単解説-北野天満宮】

  • 概要・・・宝物殿は紙本著色北野天神縁起(国宝)などの文化財を収蔵・展示しています。宝物殿は天神市が行われる毎月25日の縁日・1月1日・4月10日~5月30日・12月1日・観梅シーズンや紅葉シーズンなどに開館されます。
  • 歴史・・・宝物殿は1927年(昭和2年)に萬燈祭(まんとうさい)の記念事業として建設されました。

●上記以外の見どころは下記リンクから確認することができます。
北野天満宮見どころ(梅苑・影向松など)

【北野天満宮見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・京都・北野天満宮(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場
  2. 竹林の道
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る