金閣寺歴史・見どころ-修学旅行・観光の簡単解説

金閣寺見どころ

金閣寺歴史・見どころ簡単解説

金閣寺歴史・見どころポイントを簡単にまとめて解説しています。金閣寺で見るべき金閣(舎利殿)や庭園(特別名勝・特別史跡)を解説しています。金閣寺のハイライトである金閣は再建時に金箔が10万枚(2キロ)、その後の修復で20万枚(20キロ)使用されました。(金閣寺簡単解説下記参照)

【金閣寺のチェックポイント】
金閣寺のチェックポイントは金閣寺の前身である御所・北山殿(北山第)を造営した室町幕府3代将軍・足利義満と北山文化です。義満は祖父で、室町幕府初代将軍・足利尊氏が亡くなった直後に生まれ、時代は南北朝時代と言われていました。1367年(正平22年・貞治6年)に父・足利義詮が死去すると10歳で家督を継ぎ、1369年(正平24年・応安2年)に室町幕府3代将軍になりました。1378年(天授4年・永和4年)に花の御所と言われる室町第に室町幕府の政庁を移しました。1382年(弘和2年・永徳2年)に室町第の東に一大禅宗伽藍を建立することを発願して相国寺の建立を開始し、1399年(応永6年)に七重大塔(360尺・高さ110メートル)も造営しました。1392年(元中9年・明徳3年)に南北朝を合一させ、1394年(応永元年)に将軍職を子で、9歳の足利義持に譲ったが、実権は手放しませんでした。1397年(応永4年)から北山殿を造営し、政治の中枢を集約されて北山殿で政務を行いました。1403年(応永10年)に相国寺の七重大塔が落雷で焼失すると翌1404年(応永11年)に北山殿に北山大塔(360尺・高さ110メートル)の造営を開始したが、1416年(応永23年)に落雷で未完のまま焼失したとも言われています。北山殿はその規模が御所に匹敵し、建築や庭園などに粋を尽くし、金閣(舎利殿)に趣向を凝らしました。義満は猿楽師である観阿弥・世阿弥父子などを庇護したり、北山殿に貴族を集めて猿楽・和歌・連歌・管弦など催しに興じ、北山殿などを中心に北山文化が開花しました。

【金閣寺 歴史・簡単概要】
北山(ほくざん)・金閣寺(きんかくじ)とは正式名称を鹿苑寺(ろくおんじ)と言います。金閣寺は鎌倉時代前期の1224年(元仁元年)に公卿・西園寺公経(さいおんじきんつね)が山荘・北山殿(きたやまてい)を造営し、氏寺・西園寺を創建したと言われている場所です。室町時代前期の1397年(応永4年)に室町幕府3代将軍・足利義満が河内の領地との交換によって山荘・北山殿を譲り受けて御所・北山殿(きたやまどの)を造営しました。1420年(応永27年)に夢窓国師(むそうこくし)・夢窓疎石(むそうそせき)を開山として、舎利殿(しゃりでん)を中心に禅寺・北山鹿苑寺に改められました。鹿苑寺の寺号は義満の法号「鹿苑院殿(鹿苑院天山道義(ろくおんいんてんざんどうぎ))」に由来しています。
金閣寺歴史(起源・・・)

スポンサーリンク

【金閣・要点簡単解説 金閣寺】★★★修学旅行・観光必見
最大のハイライトである金閣(舎利殿)は見るべき木造3階建(二重三階)の楼閣(ろうかく)建築です。1階は素木(しらき)仕上げ、2階は外面が金箔張り、3階は外面・内部(床除く)が金箔張りです。かつては3階だけに金箔が残っていました。1階は法水院(ほうすいいん)、2階は潮音洞(ちょうおんどう)、3階は究竟頂(くっきょうちょう)と言われています。金閣は室町時代前期の1398年(応永5年)に建立されたが、1950年(昭和25年)の放火で焼失し、1955年(昭和30年)に再建されました。明治時代の解体・修理の際に作成された図面・写真などに基づいて再建されました。2020年(令和2年)9月から12月に2階・3階の屋根の葺き替えが行われました。1階は寝殿造(しんでんづくり)、2階は武家造、3階は禅宗仏殿造で、椹(さわら)を使ったこけら葺の宝形造(ほうぎょうづくり)です。金閣は最大のハイライトです。
金閣詳細
(金閣・キーポイント 金閣寺)
●再建時に10センチ角の金箔が10万枚(2キロ)使用されました。その後の修復では20万枚(20キロ)使用され、総額約7億4千万円掛かりました。2020年(令和2年)12月に2002年(平成14年)以来18年振りの屋根の葺き替えが完了しました。面積約320平方メートルの屋根で約10万枚のサワラの薄板が取り替えられました。また縦横約10センチの金箔約1万枚を使って、鳳凰や傷んでいた軒下の金箔も補修されました。金閣は美しい金箔と屋根に注目です。
●1階と2階は同じ大きさだが、3階は一回り小さくなっています。1階には船着場と池に突き出した漱清(そうせい・釣殿(つりどの)があります。
●1階は宝冠釈迦如来(ほうかんしゃかにょらい)像と足利義満像、2階は岩屋観音像と四天王像を安置しています。なお舎利殿は仏教の開祖・お釈迦様の遺骨・仏舎利(ぶっしゃり)を祀る堂塔です。
★宝冠釈迦如来は仏教の開祖であるお釈迦さまのことです。お釈迦さまは35歳で悟りを開き、教えを説きました。観音菩薩は人々の救いを求める声を聞き、その苦悩から救済すると言われています。観音菩薩は救う相手の姿に応じて千変万化の相となると言われています。四天王はインド神話時代から護世神とされ、仏教では古代インドの世界観で中心にそびえる須弥山(しゅみせん)中腹の東西南北の四方に住し、仏法の守護神とされています。
●銀閣寺の銀閣と西本願寺の飛雲閣(ひうんかく)とともに京の三閣と言われています。
●かつては舎利殿・重々殿閣・三重殿閣などと言われ、1484年(文明16年)以降に金閣の名称が見られるようになりました。
●1950年(昭和25年)7月2日未明に21歳の学僧が放火し、旧国宝だったが、足利義満坐像(国宝)などとともに焼失しました。放火は三島由紀夫作の小説「金閣寺」の題材になりました。金閣は古くから全国に知られる観光名所でした。

【鳳凰・要点簡単解説 金閣寺】
鳳凰(ほうおう)は京都市指定文化財です。鳳凰は南向きに取り付けられていたが、明治時代の解体・修理の際に尾が破損して取り外されました。その為第100代・後小松天皇筆の額「究竟頂」とともに放火による焼失を免れました。鳳凰は室町時代に造られ、創建当時のもので唯一残されたものと言われています。
(鳳凰・キーポイント 金閣寺)
●鳳凰は銅製で金箔が施されていました。鳳凰は高さ3.22尺(約1メートル)です。
●鳳凰は現在2代目で、1987年(昭和62年)から取り付けられています。鳳凰は美しい姿に注目です。

【不動堂・要点簡単解説 金閣寺】★★★修学旅行・観光必見
ハイライトである不動堂は山内最古の建物とも言われています。不動堂は安土桃山時代の天正年間(1573年~1592年)に豊臣政権の五大老の一人だった宇喜多秀家(うきたひでいえ)が再建しました。不動堂は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。不動堂はその歴史に注目です。
不動堂詳細
(不動堂・キーポイント 金閣寺)
●不動堂は真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)作とも言われている本尊(秘仏)・石不動明王(ふどうみょうおう)、鎌倉時代に造仏された不動明王立像(重要文化財)を安置しています。不動明王は空海が唐(中国)から日本に伝えたとも言われています。
●不動堂は例年節分(立春の前日)と五山送り火の日(8月16日)にだけ開扉法要が行われます。本尊(秘仏)を拝観できるチャンスです。
●不動堂の石室壁面には「康永元(1342年)暮秋下旬」・「康永二(1343年)」・「兵衛五郎」・「南無不動明王」などの線刻が刻まれています。

【庭園・要点簡単解説 金閣寺】★★★修学旅行・観光必見
ハイライトである庭園は特別名勝・特別史跡です。庭園は衣笠山(きぬがさやま)を借景に鏡湖池(きょうこち)を中心とした池泉回遊式庭園です。庭園は約2万8千坪あり、鏡湖池だけでも約2千坪もあります。鏡湖池には葦原島(あしはらじま)・鶴島・亀島などの島や畠山石・赤松石などの奇岩名石があります。庭園は江戸時代後期に造営当初の池泉に戻されたが、その後現在のように改修されたと言われています。庭園は鏡湖池に注目です。
(庭園・キーポイント 金閣寺)
●庭園の奇岩名石は足利義満に取り入ろうとした諸大名が贈ったと言われています。
●庭園の鏡湖池は鏡のように金閣を映し出すことから名付けられ、鏡湖池に映る金閣は「逆さ金閣」と言われています。金閣と「逆さ金閣」は絶景と言われています。金閣寺は紅葉の名所とされ、紅葉シーズンは一層美しいと言われています。また雪景色も美しく、にんきがあります。鏡湖池はインスタ映えスポットです。

【奇岩名石・要点簡単解説 金閣寺】★修学旅行・観光必見
奇岩名石は鏡湖池などにあります。葦原島から突き出た細川石は管領・細川頼之(ほそかわよりゆき)、2つの岩を重ねて富士山を象った畠山石は管領・畠山氏、赤松石は管領に次ぐ侍所長官だった播州・赤松義則(あかまつよしのり)が贈りました。また釈迦と両脇侍の三尊を表した3組の三尊石(さんぞんせき)・須弥山(しゅみせん)を囲む九つの山と八つの海を表した九山八海石(くせんはっかいせき)・4つの石が一直線上に並ぶ夜泊石(よどまりいし)もあります。奇岩名石はその歴史に注目です。
(奇岩名石・キーポイント 金閣寺)
●九山八海石は足利義満が遣明船で、明(中国)の太湖(たいこ)から運ばせたとも言われています。
●九山八海石は関白・豊臣秀吉が聚楽第(じゅらくてい)を造営した際の石狩りを免れたとも言われています。
●夜泊石は舟を繋ぎ止める為に使われたとも言われています。

【鏡湖池の島・要点簡単解説 金閣寺】
島は鏡湖池に10島あります。島には最大の中島である葦原島・淡路島、そして5つの亀島と3つの鶴島があります。葦原島には釈迦と両脇侍(きょうじ)の三尊を表した3組の三尊石が組まれています。鶴島と亀島は対峙する配置は最古の例とも言われています。

【方丈庭園・要点簡単解説 金閣寺】★修学旅行・観光必見
方丈庭園は方丈の前にあります。方丈庭園には女龍(めりゅう)石・布袋(ほてい )石・走馬(そうま)石・蟠龍(ばんりゅう)石・露盤(ろばん)石などの石が配されています。方丈庭園は室町時代の絵師・相阿弥(そうあみ)が作庭したと言われています。方丈庭園は通常非公開だが、特別公開される場合があります。方丈庭園は配されている石に注目です。

【方丈・要点簡単解説 金閣寺】
方丈(客殿)は本堂に相当する建物です。方丈には檀那(だんな)の間・室中(しっちゅう)・礼(らい)の間・上間後室・仏間・下間後室があります。方丈は江戸時代初期の1602年(慶長7年)に建立されたが、その後江戸時代中期の1678年(延宝6年)に第108代・後水尾天皇の寄進によって再建されました。方丈は桟瓦葺(さんがわらぶき)の入母屋造です。
(方丈・キーポイント 金閣寺)
●方丈は仏間に本尊である聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)・夢窓国師像・足利義満像などを安置しています。
●方丈には石踊達哉(いしおどりたつや)・森田りえ子が描いた杉戸絵があります。方丈は杉戸絵に注目です。

【大書院・要点簡単解説 金閣寺】
大書院には一の間・二の間・三の間・四の間・狭屋(さや)の間があります。大書院には日本画家・加藤東一(かとうとういち)が描いた淡墨桜(うすずみざくら)図などがあります。大書院は江戸時代中期の貞享年間(1684年~1687年)に建立されたと言われています。大書院は淡墨桜に注目です。
(大書院・キーポイント 金閣寺)
●大書院にはかつて絵師・伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)が描いた障壁画(重要文化財)があったが、現在承天閣美術館に移されています。伊藤若冲は「奇想派」・「奇想の絵師」と言われ、足を伸ばすのもいいかもしれません。(展示要確認)

【庫裏・要点簡単解説 金閣寺】
庫裏(くり)は本来台所です。庫裏は吹き抜けで、屋根には煙出しがあります。庫裏には土間と板の間があります。庫裏は江戸時代後期の1835年(天保6年)頃に再建されたとも言われています。庫裏は桟瓦葺の切妻造(きりづまづくり)です。庫裏は屋根の煙出しに注目です。
(庫裏・キーポイント 金閣寺)
●庫裏は1987年(昭和62年)まで宿坊として使われていたが、現在は写経に使われています。

【鐘楼・要点簡単解説 金閣寺】
鐘楼(しょうろう)は総門近くにあります。鐘楼は1955年(昭和30年)に再建されました。鐘楼は鎌倉時代前期に鋳造され、西園寺家由来の梵鐘(ぼんしょう)を釣っています。梵鐘の音色は黄鐘調(おうしきちょう)と言われています。鐘楼は釣っている梵鐘に注目です。

【夕佳亭・要点簡単解説 金閣寺】★修学旅行・観光必見
夕佳亭(せっかてい)は第108代・後水尾天皇を迎える為に造られたと言われています。夕佳亭は宗和流茶道の祖・金森宗和(かなもりそうわ)好みと言われています。夕佳亭は1868年(明治元年)に焼失し、1874年(明治7年)に再建されました。夕佳亭は茅葺(かやぶき)の寄棟造(よせむねづくり)です。夕佳亭は建築様式に注目です。
(夕佳亭・キーポイント 金閣寺)
●夕佳亭は床柱(とこばしら)に茶室では珍しい南天が使われ、「南天の床柱」と言われています。
●夕佳亭近くには室町幕府8代将軍・足利義政が愛用したと言われる石燈籠(いしとうろう)・富士形の手水鉢(ちょうずばち)・貴人橸(きじんとう)があります。
●かつての夕佳亭は眼下の金閣が夕日に映える景色がことに佳(よ)いことから名付けられたそうです。

【陸舟の松・要点簡単解説 金閣寺】★修学旅行・観光必見
陸舟の松(りくしゅうのまつ)は足利義満の盆栽を帆掛け舟に見立てて仕立てられたそうです。陸舟の松は義満お手植えとも言われています。陸舟の松は舟先が西に向けられ、浄土思想(じょうどしそう)を表しているとも言われています。陸舟の松は樹齢約600年とも言われています。陸舟の松はその姿や樹齢に注目です。
(陸舟の松・キーポイント 金閣寺)
●陸舟の松は善峯寺(よしみねでら)の游竜の松(ゆうりゅうのまつ)・宝泉院(ほうせんいん)の五葉の松とともに京都三松と言われています。

【龍門滝・要点簡単解説 金閣寺】★修学旅行・観光必見
龍門滝(りゅうもんたき)は鏡湖池近くにあります。龍門滝は高さ約2.3メートルです。龍門滝の滝の下には鯉魚石(りぎょせき)が置かれています。鯉魚石は鯉が滝を登ると龍になるという中国の故事・登竜門(とうりゅうもん)に因んで置かれているそうです。龍門滝は龍門瀑(りゅうもんばく)とも言われています。龍門滝はその高さに注目です。

【銀河泉・要点簡単解説 金閣寺】★修学旅行・観光必見
銀河泉(ぎんがせん)は龍門滝近くにあります。銀河泉は足利義満がお茶の水に使ったと言われています。銀河泉は現在もこんこんと清冽(せいれつ)なる湧水が湧き出しています。銀河泉はこんこんと湧き出す湧水に注目です。

【厳下水・要点簡単解説 金閣寺】★修学旅行・観光必見
厳下水(がんかすい)は龍門滝近く、銀河泉の東にあります。厳下水は足利義満が手洗いに使ったと言われています。厳下水は石に囲まれ、小さな茅葺き屋根に覆われています。

【安民沢・要点簡単解説 金閣寺】★修学旅行・観光必見
安民沢(あんみんたく)は鏡湖池の背後の山の山腹にあり、鏡湖池の水源になっています。安民沢は鏡湖池の半分ほどの大きさがあるそうです。安民沢には白蛇を祀った五輪の石塔・白蛇の塚があります。白蛇の塚は創建以前の西園寺家の鎮守だったと言われています。白蛇は古くから水神である弁天様の使いとされています。安民沢はその歴史に注目です。
(安民沢・キーポイント 金閣寺)
●安民沢は雨賜沢(うしたく)・望雲沢(ぼううんたく)とも言われ、雨乞いの場所だったそうです。安民沢は古くからパワースポットでした。

【胡蝶侘助・要点簡単解説 金閣寺】
胡蝶侘助(こちょうわびすけ)は方丈庭園に植えられています。胡蝶侘助は椿の一種です。胡蝶侘助は第108代・後水尾天皇のお手植えとも言われています。胡蝶侘助は例年3月中旬から4月上旬頃に見ごろを迎えます。胡蝶侘助は大徳寺の塔頭(たちゅ)・総見院(そうけんいん)に次ぐ大きさとも言われています。胡蝶侘助は春に注目です。

【金閣寺垣・要点簡単解説 金閣寺】
金閣寺垣は茶室・夕佳亭付近にある竹垣です。縦も横も丸竹を使った四つ目垣(小竹垣)の変形種で、竹垣の高さが低いのが特徴です。

【北山大塔跡・要点簡単解説 金閣寺】
北山大塔(七重塔)跡は金閣寺境内北東に位置しています。2016年(平成28年)7月に15世紀初頭の溝跡から金メッキが施された青銅製の破片が3個出土しました。最大のものは横幅約37.4センチ・高さ約24.6センチ・厚さ約1.5センチ・重さ約8.2キロで、復元すると相輪・九輪(くりん)は直径約2.4メートルになり、巨大な塔のものだった言われています。室町幕府3代将軍・足利義満は1399年(応永6年)に相国寺に高さ110メートル(360尺)とも言われる七重塔を建立したが、1403年(応永10年)に落雷で焼失し、翌1404年(応永11年)に金閣寺の前身である北山殿に高さ110メートル(360尺)とも言われる北山大塔の造営を開始し、立柱の儀が行われたが、伏見宮貞成親王(ふしみのみやさだふさ しんのう)の日記「看聞日記(かんもんにっき)」に「北山大塔は七重で、落雷で燃え、僧らが懸命に消火したが焼失した」と記され、1416年(応永23年)に落雷によって未完のまま焼失したとも言われています。

●上記以外の金閣寺見どころは下記リンクから確認することができます。
金閣寺見どころ

【金閣寺見どころ解説以外の情報】
金閣寺基本情報

【金閣寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・金閣寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場
  2. 竹林の道
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る