天龍寺歴史・見どころ-修学旅行・観光の簡単解説

天龍寺庭園・天龍寺見どころ

天龍寺歴史・見どころ簡単解説

天龍寺歴史・見どころポイントを簡単にまとめて解説しています。天龍寺で見るべき曹源池庭園(特別名勝・史跡)・法堂の雲龍図を解説しています。天龍寺のハイライトである曹源池庭園は夢窓疎石が最晩年に作庭しました。雲龍図(八方睨みの龍)は加山又造が描きました。(天龍寺簡単解説下記参照)

【天龍寺のチェックポイント】
天龍寺のチェックポイントは建立・再建と火災がキーポイントです。天龍寺は室町幕府初代将軍・足利尊氏が南朝初代で、第96代・後醍醐天皇を弔う為、夢窓国師・夢窓疎石を開山として創建されました。足利尊氏と後醍醐天皇は鎌倉幕府を滅亡させ、足利尊氏は後醍醐天皇(尊治)から偏諱を受けたこともあったが、後醍醐天皇が建武の新政を開始するとやがて対立するようになり、南北朝時代が始まります。ただ後醍醐天皇が1339年(延元4年・暦応2年)に奈良・吉野で崩御すると夢窓国師・夢窓疎石の勧めにより、離宮・亀山殿を天龍寺に改めました。足利尊氏や光厳上皇(北朝初代・光厳天皇)は天龍寺建立の費用として土地を寄進したが、それでも費用が不足したことから鎌倉時代の元寇(1274年(文永11年)の文永の役・1281年(弘安4年)弘安の役)以来途絶えていた元(中国)との貿易を再開し、室町幕府公認の天龍寺船(造天龍寺宋船)が仕立てられました。その後天龍寺では大火だけでも1358年(正平13年・延文3年)1367年(正平22年・貞治6年)・1373年(文中2年・応安6年)・1380年(天授6年・康暦2年)・1447年(文安4年)・1468年(応仁2年)・1815年(文化12年)・1864年(元治元年)の8回も見舞われ、1596年(文禄5年)には慶長伏見地震にも見舞われました。ちなみに室町時代には遣明船・勘合船によって再建費用が賄われました。天龍寺では1864年(元治元年)の禁門の変(蛤御門の変)で伽藍の多くを焼失し、明治時代以降に法堂・大方丈・庫裏・小方丈(書院)が再建されました。

【天龍寺 歴史・簡単概要】
霊亀山(れいぎざん)・天龍寺(てんりゅうじ)とは平安時代前期の承和年間(834年~848年)に第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の檀林皇后(だんりんこうごう)が創建した日本最初の禅寺・壇林寺(だんりんじ)があった場所です。その後第60代・醍醐天皇(だいごてんのう)の皇子・前中書王兼明親王(さきのちゅうしょおうかねあきらしんのう)の亀山の山荘、後嵯峨上皇(第88代・後嵯峨天皇(ごさがてんのう))の仙洞御所(せんとうごしょ)、亀山上皇(第90代・亀山天皇(かめやまてんのう))の離宮・亀山殿(かめやまどの)が造営されました。南北朝時代の1335年(建武2年)に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇(ごだいごてんのう)が亀山殿内に臨川寺(りんせんじ)を創建しました。天龍寺は1339年(延元4年・暦応2年)に室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)が後醍醐天皇を弔う為、夢窓国師(むそうこくし)・夢窓疎石(むそうそせき)を開山として創建しました。
天龍寺歴史(起源・・・)

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【庭園・要点簡単解説 天龍寺】★★★修学旅行・観光必見
最大のハイライトである庭園は特別名勝・史跡です。庭園には前庭・曹源池庭園(そうげんちていえん)があります。前庭は勅使門(ちょくしもん)から法堂(はっとう)に至る境内の中央にあり、放生池(ほうじょうち)を中心とした庭園です。曹源池庭園は大方丈・小方丈に面した曹源池(心字池(しんじいけ))を中心とした池泉回遊式庭園です。また大堰川(おおいがわ・桂川)を隔てた標高約381.5メートルの嵐山や庭園西に位置する亀山を借景にした借景式庭園でもあります。曹源池庭園は夢窓国師・夢窓疎石が最晩年に作庭したと言われています。夢窓疎石は作庭を修行だった考えていたそうです。曹源池庭園は最大のハイライトです。
(庭園・キーポイント 天龍寺)
●曹源池庭園(曹源池)の名称は夢窓国師・夢窓疎石が池の泥をあげた時、池の中から「曹源一滴(そうげんのいってき)」と記した石碑が現れたとこに由来しています。「曹源一滴水」は正しい源から流れ出る真実の禅を意味しています。曹源池庭園は意味にも注目です。
●曹源池庭園は広さ約1,200坪あります。中央に登龍門(とうりゅうもん)の故事になぞらた龍門の滝(りゅうもんのたき)に見立てた2枚の巨岩があり、鯉魚石(りぎょせき)が通常の滝の下ではなく、横に置かれています。
●曹源池庭園は1799年(寛政11年)の「都林泉名勝図会(みやこりんせんめいしょうずえ)」に描かれています。曹源池庭園は古くから知られた名所です。
●庭園は第60代・醍醐天皇の皇子・前中書王兼明親王の山荘の池泉を改修したとも言われています。
●曹源池庭園は季節に関わらずに美しい光景を見られるが、紅葉シーズンは特に美しい光景が見られます。曹源池庭園はインスタ映えスポットです。ちなみに蝋梅・梅・シャクナゲなども植えられ、四季折々の花を楽しめます。

【法堂・要点簡単解説 天龍寺】★修学旅行・観光必見
ハイライトである法堂には日本画家・加山又造(かやままたぞう)が描いた雲龍図(うんりゅうず)があります。法堂は幕末(江戸時代末期)の1864年(元治元年)の禁門の変(きんもんのへん・蛤御門の変(はまぐりごもんのへん))で焼失し、明治時代に江戸時代後期に建立された雲居庵禅堂(うんごあんぜんどう・選佛場(せんぶつじょう))を移して再建されました。法堂は桟瓦葺(さんがわらぶき)の寄棟造(よせむねづくり)です。法堂は雲龍図に注目です。
(法堂・キーポイント 天龍寺)
●法堂は須弥壇に本尊・釈迦三尊(しゃかさんぞん)像、後の壇に光厳上皇(北朝初代・光厳天皇(こうごんてんのう))の位牌、開山・夢窓疎石像、開基・足利尊氏像を安置しています。
●法堂にはかつては日本画家・鈴木松年(すずきしょうねん)が描いた雲龍図がありました。

【雲龍図・要点簡単解説 天龍寺】★修学旅行・観光必見
雲龍図・八方睨みの龍(はっぽうにらみのりゅう)は法堂の天井(縦10.6メートル・横12.6メートル)にあります。雲龍図は1997年(平成9年)に法堂移築100年・夢窓国師650年遠諱記念事業として、日本画家・加山又造が描きました。
(雲龍図・キーポイント 天龍寺)
●雲龍図は天井に厚さ3センチのヒノキ板159枚を張って漆(うるし)を塗り、その上に更に白土を塗り、直径9メートルの二重円内に八方睨みの龍が描かれています。雲龍図は大きさに注目です。

【方丈・要点簡単解説 天龍寺】★★★修学旅行・観光必見
方丈は大方丈と小方丈(書院)に分かれています。大方丈(表3室・裏3室)は山内最大の建物です。大方丈には日本画家・物外道人(もつがいどうじん)が描いた雲龍の襖絵(ふすまえ)があります。小方丈は法要や来客の接待などに使われています。大方丈は1899年(明治32年)に建立され、小方丈は1924年(大正13年)に建立されました。大方丈・小方丈は美しい曹源池庭園を眺められる観賞スポットです。
(方丈・キーポイント 天龍寺)
●大方丈は正面約30メートル・奥行き約20メートルです。正面と背面に幅広い広縁(ひろえん)が巡らせたれ、その外に落縁(おちえん)も巡らせたれています。大方丈は大きさに注目です。
●大方丈は中央の48畳敷きの室中に平安時代後期作と言われている本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)坐像(重要文化財)を安置しています。釈迦如来坐像は山内で最も古い仏像で、8度の火災から焼失を免れました。

【庫裏・要点簡単解説 天龍寺】★修学旅行・観光必見
庫裏(くり)は台所と寺務所の機能を持つ建物です。庫裏には屋根に煙出し櫓(ろう)があり、白壁を縦横に区切り、曲線の梁(はり)が用いられています。庫裏は方丈・客殿と棟続きです。庫裏は1899年(明治32年)に建立されました。庫裏は切妻造(きりづまづくり)です。庫裏は屋根の煙出し櫓に注目です。
(庫裏・キーポイント 天龍寺)
●庫裏の玄関には住職・平田精耕(ひらたせいこう)が描いた達磨(だるま)図の大衝立(ついたて)があります。なお達磨(菩提達磨(ぼだいだるま))はインド人仏教僧で、臨済宗(りんざいしゅう)など中国禅宗の開祖とされています。大衝立も見逃さず、注目です。

【多宝殿・要点簡単解説 天龍寺】
多宝殿は前方の階段付き向拝(こうはい)を持つ拝堂(はいどう)と後方の祠堂(しどう)を相の間で繋いだ建物です。多宝殿は南朝(吉野行宮(よしののあんぐう))にあった紫宸殿(ししんでん)を模したとも言われています。多宝殿は1934年(昭和9年)に建立されました。多宝殿は入母屋造です。多宝殿は建築様式に注目です。
(多宝殿・キーポイント 天龍寺)
●多宝殿は祠堂に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇の木像を安置しています。
●多宝殿は亀山上皇(第90代・亀山天皇)の離宮が営まれ、第96代・後醍醐天皇の学問所だった場所と言われています。
●多宝殿周辺に紅白の枝垂梅や枝垂桜が植えられ、春に美しい彩りを添えます。

【龍門亭・要点簡単解説 天龍寺】
龍門亭(りゅうもんてい)は南北朝時代の1346年(貞和2年)に開山・夢窓疎石が選んだ「十境」のひとつである龍門亭を再現したものです。龍門亭では篩月(しげつ)謹製の精進(しょうじん)料理を食べることができます。(要確認)精進料理は平安時代・鎌倉時代に禅宗の僧が中国から修得し、日本に伝えたとも言われています。龍門亭は2000年(平成12年)に夢窓国師650年遠諱記念事業として建てられました。龍門亭は精進料理に注目です。
(龍門亭・キーポイント 天龍寺)
●「十境」は普明閣(ふみょうかく)・絶唱谿(ぜっしょうけい)・霊庇廟(れいひびょう)・曹源池・拈華嶺(ねんげれい)・渡月橋(とげつきょう)・三級巖(さんきゅうがん)・万松洞(ばんしょうどう)・龍門亭・亀頂塔(きちょうとう)です。

【勅使門・要点簡単解説 天龍寺】★修学旅行・観光必見
勅使門は京都府指定文化財です。勅使門は四脚門(しきゃくもん)です。勅使門は桃山時代から江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)に御所の明照院の禁門(きんもん)として建てられ、江戸時代前期の1641年(寛永18年)に移された言われています。勅使門は山内最古の建物です。勅使門は銅板葺(どうはんぶき)の切妻造です。勅使門はその歴史に注目です。
(勅使門・キーポイント 天龍寺)
●勅使門は元々伏見城(ふしみじょう)の門として建てられ、その後御所に移されました。

【中門・要点簡単解説 天龍寺】★修学旅行・観光必見
中門は京都府指定文化財です。中門は親柱が棟木(むなぎ)を受ける禅宗様(ぜんしゅうよう)の門です。中門は桃山時代から江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)に建立されたと言われています。中門は山内では古い建物のひとつです。なお中門は本瓦葺の切妻造です。中門はその歴史に注目です。

【祥雲閣・要点簡単解説 天龍寺】
祥雲閣(しょううんかく)は多宝殿に向かう廊下の右側にあります。祥雲閣は表千家の書院形式の茶室・残月亭(ざんげつてい)を写した茶室です。祥雲閣は1934年(昭和9年)に多宝殿を建立した際の記念事業として建てられました。

【甘雨亭・要点簡単解説 天龍寺】
甘雨亭(かんうてい)は多宝殿に向かう廊下の右側にあります。甘雨亭は4畳半台目の茶室です。甘雨亭の名称は裏千家14代・淡々斎(たんたんさい)が命名しました。甘雨亭は祥雲閣と同じく、1934年(昭和9年)に多宝殿を建立した際の記念事業として建てられました。

【八幡社・要点簡単解説 天龍寺】★修学旅行・観光必見
総鎮守社・八幡社は「十境」の霊庇廟です。八幡社はかつて亀山山頂に祀られていたが、1875年(明治8年)に現在の場所に移されました。八幡社は南北朝時代の1344年(康永3年)に開山・夢窓疎石の霊夢によって造営されたと言われています。八幡社はその歴史に注目です。
(八幡社・キーポイント 天龍寺)
●八幡社は八万大菩薩(はちまんだいぼさつ・八幡神)を祀っています。

【百花苑・要点簡単解説 天龍寺】★修学旅行・観光必見
百花苑(ひゃっかえん)は多宝殿から北門に向かう途中にあります。百花苑は1983年(昭和58年)に北門を建立した際に整備されました。百花苑にはロウバイ(蝋梅)・梅・桜・アジサイ(紫陽花)・アセビ(馬酔木)・ハギ(萩)などの植物が植えられています。

【望京の丘・要点簡単解説 天龍寺】★修学旅行・観光必見
望京の丘(ぼうきょうのおか)は境内裏にある小高い丘です。望京の丘は曹源池庭園から登ることができ、伽藍などを見ることができます。望京の丘からは山内だけでなく、京都市内も見ることができます。望京の丘は絶景を眺めることができます。望京の丘はインスタ映えスポットです。

●上記以外の天龍寺見どころは下記リンクから確認することができます。
天龍寺見どころ

【天龍寺見どころ解説以外の情報】
天龍寺基本情報

【天龍寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・天龍寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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