二条城見どころ-修学旅行・観光ポイントまとめ

二条城見どころ

二条城見どころ

二条城見どころを解説しています。修学旅行・観光に役立つ簡単まとめを提供。二条城で見逃せない二の丸御殿(国宝)と鴬張りの廊下・障壁画などを解説しています。二条城有数の見どころである二の丸御殿には部屋は33あり、鴬張りの廊下などで繋がっています。障壁画は収蔵館にあります。(二条城見どころ下記参照)

【二条城 歴史・簡単概要】 京都世界遺産
元離宮・二条城(にじょうじょう)とは平安時代に宮中の庭・禁苑(きんえん)だった神泉苑(しんせんえん)の一部で、かつて内裏(だいり)も造営された場所でした。二条城は江戸時代初期の1601年(慶長6年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康が京都御所の守護・将軍の宿泊所として築城を開始し、1603年(慶長8年)に本丸御殿(現・二の丸御殿)が完成しました。徳川家康は伏見城での将軍宣下(せんげ)の後に入城し、重臣・公家衆を招いて将軍就任の祝賀の儀を行いました。1624年(寛永元年)から江戸幕府3代将軍・徳川家光が第108代・後水尾天皇(ごみずのおてんのう)の行幸の為に大規模な改修・増築を行いました。なお織田信長が室町幕府15代将軍・足利義昭の居城として造営した二条城、織田信長が皇太子・誠仁親王に献上した二条新御所と異なります。
京都世界遺産・ 二条城歴史(起源・・・)

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【二条城-二の丸御殿・見どころ解説】 ★★★修学旅行必見
二の丸御殿は見逃せない国宝(1952年(昭和27年)3月29日指定)です。二の丸御殿は築地塀(つきじべい)に囲まれ、車寄・遠侍(とおざむらい)・式台・大広間・蘇鉄(そてつ)の間・黒書院・白書院が斜めに配置され、廊下(ろうか)で繋がっています。建物面積が約3,300平方メートル(約1千坪)で、部屋は33あり、畳は約800畳敷です。二の丸御殿は江戸時代初期の1603年(慶長8年)に造営されました。なお武家風書院造(しょいんづくり)です。
(二条城-二の丸御殿・ポイント)
●二の丸御殿には狩野探幽(かのうたんゆう)ら狩野派の絵師が描いた障壁画(しょうへきが)などがあります。
●二の丸御殿では江戸時代前期の1611年(慶長16年)3月に江戸幕府初代将軍・徳川家康が関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼と会見したり、幕末(江戸時代末期)の1867年(慶応3年)10月に江戸幕府15代将軍・徳川慶喜が大政奉還(たいせいほうかん)の意思を発表したりしました。ちなみに徳川家康は豊臣秀頼との面会により、豊臣家を滅亡させる決意をしたとも言われています。
二条城-二の丸御殿(歴史概略・特徴・・・)

【二条城二の丸御殿-車寄・見どころ解説】
車寄(桁行五間・梁間三間)は玄関です。車寄は四半敷き(しはんじき)で、牛車(御所車(ごしょぐるま))で中に入れます。欄間(らんま)に鸞鳥(らんちょう)・松・牡丹(ぼたん)などが彫刻されています。なお車寄は檜皮葺(ひわだぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。
【二条城二の丸御殿-遠侍・見どころ解説】
遠侍(桁行八間・梁間八間)は二の丸御殿内で最大の床面積です。遠侍には一の間・二の間・三の間・若松の間・勅使(しょくし)の間・芙蓉(ふよう)の間・柳の間・帳台(ちょうだい)の間・納戸(なんど)があります。勅使の間では将軍が天皇の使者である勅使を迎え、勅使が上段、将軍が下段に座りました。なお遠侍は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造です。
【二条城二の丸御殿-式台・見どころ解説】
式台(桁行正面三間・背面五間・梁間右側面四間・左側面六間)には表の式台の間・裏の老中(ろうじゅう)の間があります。式台では老中が執務を行い、大名と挨拶したり、献上品が取り次がれたりしました。なお式台は本瓦葺の入母屋造です。
【二条城二の丸御殿-大広間・見どころ解説】
大広間(桁行右側面八間・左側面七間・梁間正面七間・背面五間)は最も格式の高い建物です。大広間には一の間(上段の間)・二の間(下段の間)・三の間・四の間・帳台の間・納戸があります。一の間・二の間では将軍が大名・公卿(くぎょう)衆と対面しました。一の間には床の間・違棚(ちがいだな)・付書院・帳台構(ちょうだいがまえ)があります。大広間では大政奉還が発表されました。なお大広間は本瓦葺の入母屋造です。
【二条城二の丸御殿-蘇鉄の間・見どころ解説】
蘇鉄の間(桁行右側面八間・左側面九間・梁間正面一間・背面三間)の前には佐賀藩初代藩主・鍋島勝茂が献上した蘇鉄があります。蘇鉄は樹齢150年以上と言われています。なお蘇鉄の間は本瓦葺の入母屋造です。
【二条城二の丸御殿-黒書院・見どころ解説】
黒書院(桁行正面七間・背面八間・梁間右側面六間・左側面八間)は小広間です。黒書院には一の間(桜の間)・二の間(桜の間)・三の間・四の間・帳台の間と牡丹の間があります。黒書院には将軍と親藩大名(しんぱんだいみょう)・譜代大名(ふだいだいみょう)のみが入ることができ、内輪の謁見(えっけん)が行われました。なお黒書院は本瓦葺の入母屋造です。
【二条城二の丸御殿-白書院・見どころ解説】
白書院(桁行六間・梁間六間)は御座(ござ)の間で、将軍の居間・寝室です。白書院には一の間・二の間・三の間・四の間・帳台の間と付属の間があります。白書院は将軍とおつきの女性のみが入ることができました。なお白書院は本瓦葺の入母屋造です。
二条城-二の丸御殿詳細

【二条城-鴬張りの廊下・見どころ解説】 ★修学旅行必見
鴬張り(うぐいすばり)の廊下は二の丸御殿の建物を繋いでいます。鴬張りの廊下は外部からの侵入者が音で分かるように歩くと鴬が鳴くような音が出るように造られています。
(二条城-鴬張りの廊下・ポイント)
●鴬張りの廊下には床板とそれを支える根太に2個の釘穴がある目かすがい(鎹)と言われる特殊な金具が使われ、床板の上を歩くと目かすがいが上下して釘と擦れ合い、鴬が鳴くような音がします。
●鴬張りの廊下は徳川家康・徳川秀忠・徳川家光の3代が整備した知恩院や大覚寺にもあります。

【二条城-唐門・見どころ解説】 ★★★修学旅行必見
唐門(からもん)は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。唐門は二の丸御殿の入り口にある正門です。唐門は四脚門(しきゃくもん)です。唐門は江戸時代前期の1624年(寛永元年)から1626年(寛永3年)に造営されました。唐門は1626年(寛永3年)に第108代・後水尾天皇が行幸した際、伏見城から移されたとも言われています。なお唐門は檜皮葺の切妻造(きりづまづくり)です。前後に軒唐破風(のきからはふ)付きです。
(二条城-唐門・ポイント)
●唐門は冠木(かぶき)・梁(はり)の上に牡丹に蝶(ちょう)・龍虎(りゅうこ)・亀に乗る仙人などの極彩色の彫刻があります。
●唐門では修理の際に天皇家を表す菊の金具下から城主・徳川家の三つ葉葵(みつばあおい)の紋が見つかりました。
二条城-唐門(歴史概略・特徴・・・)

【二条城-本丸御殿・見どころ解説】 ★★修学旅行必見
本丸御殿は見逃せない重要文化財(1944年(昭和19年)9月5日指定)です。玄関・御常御殿(おつねごてん)・御書院・台所・雁之間(がんのま)が配置されています。御常御殿に中二階があり、三階建に見えます。本丸御殿は1893年(明治26年)から1894年(明治27年)に京都御所の北側にあった旧・桂宮邸を移して再建されました。
(二条城-本丸御殿・ポイント)
●玄関には車寄・内玄関・取次詰所・玄関の間・取次の間・竹の間・使者の間・公卿の間・殿上の間があります。
●御常御殿には御座の間松鶴の間・御座の間草花の間・御座の間耕作の間・御寝の間・萩の間・御納戸・湯殿・化粧の間・御茶所があります。2階には御座所・次の間・控の間があります。
●御書院には雲鶴一の間・雲鶴二の間・雲鶴三の間・小書院春の間・小書院夏の間・小書院秋の間・小書院冬の間・中書院一の間・中書院二の間・中書院三の間があります。
●雁之間には雁の間・台所があります。
●本丸御殿は第120代・仁孝天皇(にんこうてんのう)の皇女・和宮親子内親王(かずのみやちかこないしんのう)が江戸幕府第14代将軍・徳川家茂に降嫁する前に一時住んでいたそうです。ちなみに第123代・大正天皇(たいしょうてんのう)は皇太子(こうたいし)時代に約10回滞在されたと言われています。
●かつての本丸御殿は二の丸御殿と同じ規模だったが、江戸時代中期の1750年(寛延3年)の落雷で天守閣(てんしゅかく)を焼失し、江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火で他の建物も焼失しました。

【二条城-本丸櫓門・見どころ解説】
本丸櫓門(ろうもん)は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。櫓門は内堀に掛かる東橋を渡った本丸の入り口にあり、本丸の正門です。櫓門は江戸時代前期の1626年(寛永3年)に造営されました。なお櫓門は本瓦葺の入母屋造です。
(二条城-本丸櫓門・ポイント)
●櫓門は江戸時代後期の1788(天明8年)の天明の大火で、唯一焼け残った本丸内の建物です。

【二条城-北大手門・東大手門・見どころ解説】 ★修学旅行必見
北大手門・東大手門は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。東大手門は正門です。北大手門は安土桃山時代から江戸時代前期の慶長年間(1596年~1615年)に造られ、寛永年間(1624年~1645年)に改修されました。東大手門は1626年(寛永3年)頃に造られました。なお北・東大手門は本瓦葺の入母屋造です。
(二条城-北大手門・東大手門・ポイント)
●北大手門は竹屋町通、東大手門は堀川通に面しています。
●東大手門は江戸時代前期の1626年(寛永3年)に第108代・後水尾天皇が行幸した際、上から見下ろす櫓門から一重門(いちじゅうもん)に変えられ、行幸後に櫓門に戻されました。

【二条城-西門・見どころ解説】
西門は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。西門は非常時に土砂などで埋めて塞ぐことができる埋門です。西門は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1645年)に造られたと言われています。
(二条城-西門・ポイント)
●西門は現在外堀に架かっていた橋が取り払われて出入りはできません。

【二条城-桃山門・鳴子門・見どころ解説】
桃山門・鳴子門(なるこもん)は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。桃山門・鳴子門は安土桃山時代から江戸時代前期の慶長年間(1596年~1615年)に造られ、寛永年間(1624年~1645年)に改修されました。なお桃山門は本瓦葺の入母屋造、鳴子門は本瓦葺の切妻造です。
(二条城-桃山門・ポイント)
●桃山門は内堀の南東角、鳴子門は内堀の北東角に位置しています。

【二条城-北中仕切門・南中仕切門・見どころ解説】
北中仕切門(しきりもん)・南中仕切門は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。北中仕切門・南中仕切門は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1645年)に造られました。なお北中仕切門・南中仕切門は招造庇付の本瓦葺です。
(二条城-北中仕切門・ポイント)
●北中仕切門は城内の北側、南中仕切門は城内の南側を東西に分けています。

【二条城-東南隅櫓・西南隅櫓・見どころ解説】
東南隅櫓(すみやぐら)・西南隅櫓は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。東南隅櫓・西南隅櫓は安土桃山時代から江戸時代前期の慶長年間(1596年~1615年)に造営され、寛永年間(1624年~1645年)に改修されました。なお東南隅櫓・西南隅櫓は二重二階櫓で、本瓦葺の入母屋造です。
(二条城-東南隅櫓・西南隅櫓・ポイント)
●東南隅櫓・西南隅櫓以外にも東北・北西隅櫓もあったが、江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火によって焼失しました。

【二条城-土蔵・見どころ解説】
土蔵(米蔵)は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。土蔵は二の丸御殿の北側・内堀の北西角・内堀の南西角の3箇所にあります。土蔵はいずれも安土桃山時代から江戸時代前期の慶長年間(1596年~1615年)に造られ、寛永年間(1624年~1645年)に改修されました。なお土蔵は本瓦葺の入母屋造です。
(二条城-土蔵・ポイント)
●土蔵にはかつて幕府直轄領から納められた年貢米を貯蔵していたそうです。
●土蔵は通常非公開です。

【二条城-二の丸庭園・見どころ解説】 ★★★修学旅行必見
二の丸庭園は見逃せない特別名勝(1953年(昭和28年)3月31日指定)です。二の丸庭園は池泉回遊式庭園です。二の丸庭園はかつて1602年(慶長7年)から1603年(慶長8年)頃に大名・茶人・作庭家である小堀遠州(こぼりえんしゅう)が作庭し、1624年(寛永元年)から第108代・後水尾天皇の行幸に伴う一部改修が開始されたと言われています。新たに増築された行幸御殿(ぎょうこうごてん)上段の間(天皇の座)からを第1正面、二の丸御殿大広間上段の間(将軍の座)からを第2正面、二の丸御殿黒書院上段の間(将軍の座)からを第3正面とする三正面式に設計され、視点が複数あることから八陣の庭(はちじんのにわ)とも言われました。行幸後の1627年(寛永4年)から行幸御殿などが移築・撤去され、江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の時代に改修され、江戸幕府15代将軍・徳川慶喜の上洛時には池が枯れて枯山水(かれさんすい)風になり、明治維新後に5回以上改修が行なわれました。
(二条城-二の丸庭園・ポイント)
●二の丸庭園はかつて書院造庭園で、神仙蓬莱(しんせんほうらい)の世界を表現していたとも言われています。二の丸庭園には池に蓬莱島・亀島・鶴島があり、亀島・鶴島はどの角度からも鶴と亀に見えるように石組みがされています。
二条城-二の丸庭園(歴史概略・特徴・・・)

【二条城-本丸庭園・見どころ解説】 ★修学旅行必見
本丸庭園は芝生や植樹を中心とした芝庭風築山式(しばにわふうつきやましき)庭園です。本丸庭園はかつて江戸時代後期の1788年(天明8年)の天明の大火で空地になり、幕末に本丸内に江戸幕府15代将軍・徳川慶喜の居室が建てられた際、茶庭(ちゃてい)風に作庭されたと言われています。その後居室が撤去され、本丸庭園は空地に戻りました。1893年(明治26年)からの本丸御殿(旧・桂宮邸)移築に伴って、枯山水庭園として作庭されました。その後1895年(明治28年)に第122代・明治天皇(めいじてんのう)が改修を命じ、1896年(明治29年)に芝庭風築山式庭園が完成しました。
(二条城-本丸庭園・ポイント)
●本丸庭園は東南隅に築山(月見台)が設け、芝生が敷き詰められ、曲線的に園路が設けられています。

【二条城-清流園・見どころ解説】 ★修学旅行必見
清流園(せいりゅうえん)は池泉回遊式山水園と洋風庭園を組み合わせた和洋折衷(わようせっちゅう)庭園です。清流園はかつて天守閣の一部などがあり、その後在番衆(ざいばんしゅう)の住居がありました。明治維新後に住居が撤去されて緑地に整備され、1915年(大正4年)に大正天皇即位式饗宴(きょうえん)の儀の会場になり、その跡地を造園家・小川治兵衛(おがわじへえ)が疎林(そりん)式庭園に作庭しました。1950年(昭和25年)に進駐軍のテニスコートに転用されたが、その後「昭和の小堀遠州」と称えられた造園家・中根金作(なかねきんさく)らが中心になって設計し、1965年(昭和40年)に清流園が完成しました。なお清流園の名称は市長・高山義三(たかやまよしぞう)が名付けました。
(二条城-清流園・ポイント)
●清流園は旧・角倉(すみのくら)屋敷の一部と庭石・庭木などが使われています。また全国から集めた銘石なども使われています。

【二条城-天守台・見どころ解説】
天守台は本丸の南西角にあります。天守台にあった5層の天守閣は伏見城の天守閣を移したとも言われています。天守閣は江戸時代前期に第108代・後水尾天皇が昇り、天皇が唯一昇った天守閣と言われました。ただ天守閣は江戸時代中期の1750年(寛延3年)の落雷によって焼失しました。なお天守台は高さ約21メートル、敷地約445平方メートルです。

【二条城-堀・見どころ解説】 ★修学旅行必見
二条城は全体が外堀で囲まれ、本丸御殿が内堀で囲まれています。城は東西約500メートル・南北約400メートルで、外堀を囲む道路も含め史跡に指定されています。外堀の西側・南側が幅約20メートル、東側・北側が幅約10メートルです。内堀は幅約25メートルです。なお堀の水源はかつて南にある神泉苑でした。

【二条城-石垣・見どころ解説】 ★修学旅行必見
石垣は外堀(外周約1.8キロ)・内堀(外周約400メートル)などにあります。石垣は江戸時代前期の1626年(寛永3年)頃には現在の姿に整備されたと言われています。石垣は戦国時代から安土桃山時代によく見られる自然石をそのまま積んだ野面積み(のづらづみ)と江戸時代によく見られる切った石を隙間なく積み上げた切込み接ぎ(きりこみはぎ)で構成されています。
(二条城-石垣・ポイント)
●石垣は江戸時代に地震によって崩れ、大規模に修理が行われました。

【二条城-台所・見どころ解説】
台所は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。台所は二の丸御殿の遠侍の北側にあります。台所には土間・板敷の広間・御膳所・料理の間などがあります。板敷の広間で調理し、御膳所で盛り付けました。ただ台所は通常非公開です。台所は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1645年)に造営されました。なお台所は本瓦葺です。
(二条城-台所・ポイント)
●台所は桜が見ごろを迎える時期にライトアップが行われる場所になります。

【二条城-御清所・見どころ解説】
御清所(おきよどころ)は重要文化財(1939年(昭和14年)10月28日指定)です。御清所は二の丸御殿の台所の南にあります。御清所は御膳所を兼ねた台所で、煙出し(けむりだし)があります。ただ御清所は通常非公開です。御清所は江戸時代初期に造営されました。なお御清所は本瓦葺です。

【二条城-和楽庵・見どころ解説】
和楽庵(わらくあん)は1965年(昭和40年)に高瀬川一之船入(いちのふないり)にあった築約300年の角倉了以(すみのくらりょうい)の数寄屋(すきや)の一部と庭園の池石を移築して造られました。また関白・豊臣秀吉が名残の月を眺めたことから名付けられた残月亭(ざんげつてい)を模した茶室が表千家から寄贈されて増築されました。
(二条城-和楽庵・ポイント)
●船入は荷物の上げ下ろしや船の方向転換をする場所です。

【二条城-香雲亭・見どころ解説】
香雲亭(こううんてい)は和楽庵とともに高瀬川一之船入にあった角倉了以の屋敷を移築したものです。香雲亭は通常非公開だが、夏・冬に期間限定で食事の提供を行っています。また結婚式の挙式場としても活用されています。

【二条城-番所・見どころ解説】
番所は東大手門の北側にあります。番所では将軍が不在の場合、毎年4月に大番組から1組50人の2組が江戸から派遣され、1年交代で警備していました。警備の武士は二条在番と言われていました。なお江戸時代の番所の遺構は少ないそうです。
(二条城-番所・ポイント)
●番所は正面十間(約19.6メートル)・奥行三間(約6.06メートル)です。

【二条城-釣鐘・見どころ解説】
2つの釣鐘は二の丸庭園入口近くに置かれています。2つの釣鐘は幕末に薩摩藩(さつまはん)・長州藩(ちょうしゅうはん)から攻撃された際に京都所司代(千本屋敷)に非常事態を知らせる目的があったそうです。ちなみに京都所司代には上屋敷・堀川屋敷もありました。なお釣鐘の1つは京都所司代にあったそうです。

【二条城-加茂七石・見どころ解説】
加茂七石(かもなないし)は北中仕切門近くにあります。加茂七石は畚下石(ふぐろいし)・紫貴船石(むらさききぶねいし)・紅加茂石(べにかもいし)・賎機糸掛石(しずはたいとかけいし)・雲ヶ畑石(くもがはたいし)・鞍馬石(くらまいし)・八瀬真黒石(やせまぐろいし)です。なお加茂七石は鴨川の上流である賀茂川・高野川水系の河川で採石された銘石です。

【二条城-桜・見どころ解説】
二条城は京都の桜の名所です。城内には山桜・里桜・八重紅枝垂桜・染井吉野など約50種・約400本の桜の木があります。染井吉野は京都地方気象台が観察する桜の標本木になっています。桜は例年4月上旬頃に見ごろを迎えます。桜が見頃を迎える時期にライトアップが行われます。
二条城桜ライトアップ

【二条城-梅・見どころ解説】
二条城は京都の梅名所です。城内南西部の梅林などに紅梅・白梅・桃色梅・紅白の花を咲き分ける源平咲き分け・枝垂梅など130本の梅の木があります。梅林は1954年(昭和29年)にかし林を伐採した際に植樹さました。梅は例年2月下旬頃から3月中旬頃に見ごろを迎えます。
二条城梅見ごろ

【二条城-花暦・見どころ解説】 ★修学旅行必見
二条城には桜・梅などを含め、土佐水木(とさみずき)・躑躅(つつじ)・空木(うつぎ)・山法師(やまぼうし)・皐月(さつき)・百日紅(さるすべり)・枝垂槐(しだれえんじゅ)など140種以上・約1万5千本以上の樹木が植えられています。なお紅葉・黄葉は10月下旬頃から12月上旬頃まで楽しめます。
二条城花暦見ごろ

【二条城-収蔵館・見どころ解説】 ★★修学旅行必見
収蔵館では障壁画などの文化財を収蔵・展示しています。収蔵館では障壁画を二の丸御殿の配置のままで見ることができる仕組みになっています。収蔵館は築城400年を記念して、2005年(平成17年)にオープンしました。

【二条城-障壁画・見どころ解説】
障壁画は二の丸御殿に「紙本淡彩西湖図(しほんたんさいさいこず)」などの3,000面以上残されています。その内の1,016面が重要文化財に指定されています。障壁画は江戸時代前期の1626年(寛永3年)に第108代・後水尾天皇が行幸した際に絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)などの狩野派が描きました。なお障壁画は金箔を貼って鮮やかな岩絵具などで描かれ、桃山時代の華麗な様式を残しています。

【二条城-大休憩所・和楽庵茶房・見どころ解説】
大休憩所は東大手門近くの事務所北側、和楽庵茶房は清流園の東部にあります。大休憩所には売店(おみやげ・オリジナル商品)・カフェコーナー・手荷物預かり・コインロッカー・授乳室・多目的室(礼拝可)などがあります。和楽庵茶房ではランチの前後などに抹茶セット・煎茶セットを楽しむことができます。
(二条城-大休憩所・ポイント)
●大休憩所では御朱印に当たる入城記念符(御城印)・御城印帳も販売しています。(要確認)

【二条城見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都世界遺産・ 二条城(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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