安井金比羅宮の見どころ簡単解説-修学旅行・観光の豆知識
安井金比羅宮の見どころは本殿・縁切り縁結び碑・久志塚・摂末社
安井金比羅宮の見どころを簡単にまとめて解説します。文化財・見どころには崇徳天皇・大物主神・源頼政を祀る本殿、悪縁を断ち切り、良縁と結ぶ縁切り縁結び碑、美顔などのご利益がある久志塚(櫛塚)などがあります。また金比羅絵馬・摂末社等も見逃せません。なお修学旅行や観光で見るべき文化財・見どころの概要・歴史・様式・豆知識などを解説しています。
- 崇徳天皇・大物主神・源頼政を祀る本殿
- 悪縁を断ち切り、良縁と結ぶ縁切り縁結び碑
- 大絵馬などの絵馬が展示されている金比羅絵馬館
- 美顔などのご利益があると言われる久志塚(櫛塚)
- 安井天満宮・三玉稲荷社などの摂末社
【安井金比羅宮の歴史・簡単概要】
安井金比羅宮は飛鳥時代後期に藤原鎌足が藤原氏の繁栄を祈願する一堂を建立し、藤を植えた藤寺が起源と言われています。平安時代後期に第75代・崇徳天皇が藤を愛でる為に度々行幸したと言われています。1177年(治承元年)に大円法師が参拝した際に崇徳天皇の霊が現れた為、後白河法皇(第77代・後白河天皇)の詔によって光明院観勝寺が建立されました。その後応仁の乱で荒廃し、1695年(元禄8年)に太秦安井から蓮華光院がこの地に移され、鎮守として崇徳天皇に加え、讃岐・金刀比羅宮から勧請した大物主神・源頼政が祀られました。
【崇徳天皇・大物主神・源頼政を祀る本殿】
- 概要:本殿は縁切り縁結び碑に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。本殿は主祭神に第75代・崇徳天皇や大物主神(おおものぬしのかみ)・源頼政(みなもとのよりまさ)を祀り、「縁切り神社」とも言われる所以になっています。崇徳天皇は1156年(保元元年)に保元の乱(ほうげんのらん)で敗れて讃岐(さぬき・香川)に流され、金刀比羅宮(ことひらぐう)で一切の欲を断ち切り、国家安泰を祈願して参籠(おこもり)したことから断ち物の祈願所として信仰されいます。また崇徳天皇は保元の乱により、寵妃・阿波内侍(あわのないし)と心ならずも別れたことから男女の縁を妨げる全ての悪縁断ちの祈願所としても信仰されています。なお本殿は良縁祈願・商売繁盛・金運・開運・交通安全などで信仰されています。
- 歴史:崇徳天皇は第74代・鳥羽天皇の皇子として生まれ、1123年(保安4年)に数え5歳(満3歳7か月)で天皇に即位しました。その後父が寵愛した美福門院が躰仁親王を生むと譲位を迫られ、1141年(永治元年)に譲位して和歌に没頭しました。1156年(保元元年)に保元の乱に敗れて讃岐に流され、讃岐で亡くなりました。天皇経験者が配流されたのは第47代・淳仁天皇以来、約400年振りの出来事でした。その後崇徳天皇は怨霊として恐れられ、没後に崇徳院の諡号を贈られました。
【悪縁を断ち切り、良縁と結ぶ縁切り縁結び碑】
- 概要:縁切り縁結び碑(いし)は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。縁切り縁結び碑は24時間祈願ができます。縁切り縁結び碑は主祭神・崇徳天皇の断ち物の祈願と男女の縁を妨げる全ての悪縁断ちの祈願に由来しています。縁切り縁結び碑は高さ約1.5メートル・幅約3メートルの絵馬の形をした巨石で、中央に約50センチの穴が開けられてます。縁切り縁結び碑は中央に亀裂があり、神力が亀裂を伝って穴に注がれると言われているそうです。なお縁切り縁結び碑は願いが書かれた身代わりのお札・形代(かたしろ)がたくさん貼られ、穴以外はほとんど見えません。
- 歴史:縁切り縁結び碑は1978年(昭和53年)に設置されました。
- 祈願法:祈願法は先ず本殿を参拝します。次に形代に切りたい縁や結びたい縁などの願い事を書きます。そして形代を手に持って、願い事を念じながら穴を表から裏にくぐって悪縁を切ります。次に願い事を念じながら穴を裏から表へくぐって良縁を結びます。最後に形代を縁切り縁結び碑の自由な場所に張ります。なお縁切り縁結び碑は24時間祈願することができます。ただ形代に願い事を書く際には100円以上の志を賽銭箱に納める必要があります。
【大絵馬などの絵馬が展示されている金比羅絵馬館】
- 概要:金比羅絵馬館には1792年(寛政4年)に江村春甫が描いた絵馬「意馬心掩猿」、1815年(文化12年)に山口素絢が描いた絵馬「双馬図」などが展示されています。金比羅絵馬館の開館時間は10:00~16:00(休館日は月曜日と年末)です。(要確認)なお絵馬館の入館料で、ガラスの部屋にも入館することができます。
- 歴史:金比羅絵馬館は絵馬を保存・展示する為に旧絵馬堂を改築し、1976年(昭和51年)に開館しました。
- 豆知識:絵馬は神事などで神様に馬を神捧げる生馬献上の風習が起源と言われています。その後生馬から土馬・木馬・板立馬・板絵を経て、絵馬に代わったそうです。
【第62代・村上天皇の和歌が記されている安井の藤の歌碑】
- 概要:安井の藤の歌碑には第62代・村上天皇(むらかみてんのう)の和歌「まとゐして みれともあかぬ 藤なみの たゝまくをしき けふにもあるかな」が記されています。安井の藤の歌碑は歴史的価値があります。なお安井金比羅はかつて藤寺とも言わた藤の名所でした。境内には藤棚があります。
【美顔などのご利益があると言われる久志塚(櫛塚)】
- 概要:久志塚(くしづか・櫛塚)は修学旅行・観光で見逃せません。久志塚は境内の北側にあります。久志塚は女性の髪の美しさを引き立てる櫛を祀っています。久志塚には美髪・美容・美顔のご利益があるとも言われているそうです。
- 歴史:久志塚は1961年(昭和36年)に古い櫛を供養する為に造られました。
- 行事:例年9月の第4月曜日に櫛まつりが行われています。櫛まつりでは古代から現代に至る女性の髪型を再現した時代風俗行列が巡行します。
【安井天満宮・三玉稲荷社などの摂末社(摂社・末社)】
- 概要:摂末社には菅原道真(すがわらのみちざね)を祀る安井天満宮・八木力尊を祀る八木力尊社・三玉稲荷社・厳嶋社・三社・桜之宮などの摂末社があります。なお安井天満宮の狛犬は1767年(明和4年)に建立され、京都市内で最古とも言われているそうです。
【春季・秋季に行われている金比羅大祭】
- 概要:金比羅大祭は春季・秋季に行われています。春季金比羅大祭では縁切り縁結び碑の前に護摩壇を設け、願い事が書かれた護摩木を焚き上げ、祈願成就を行います。秋季金比羅大祭では鳳輦・宝船の花車・子供みこし・獅子舞などが氏子地区を巡行します。なお秋季金比羅大祭では御斎竹神事・例祭・出御祭・遷御・宵宮祭・神幸祭・渡御・納輦祭が行われます。
【年末の終い金比羅祭・年始の初金比羅祭】
- 概要:終い金比羅祭(しまいこんぴらさい)は例年12月10日、初金比羅祭(はつこんぴらさい)は例年1月10日に行われています。終い金比羅祭から初金比羅祭までの期間に縁起物・稲宝来(いねほうらい)が授与されます。稲宝来は新年の豊かな実り・無病息災・招福吉兆を祈る縁起物です。
【安井金比羅宮 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・安井金比羅宮(見どころ・アクセス・・・)ホームページ