晴明神社見どころ・簡単まとめ(修学旅行)

晴明神社

晴明神社見どころ

晴明神社見どころ・簡単まとめ。厄除桃(やくよけとう)は本殿前にあります。厄除桃は撫でると厄が桃に移り、厄除けのご利益があるとも言われています。桃は「桃」の字が「木」へんに「兆(きざし)」と書くこともあり、陰陽道では厄除け・魔除けの果物とされています。(晴明神社見どころ下記参照)

【晴明神社見どころ 基礎知識】
晴明神社(せいめいじんじゃ)は1007年(寛弘4年)に第66代・一条天皇の命により、1005年(寛弘2年)に亡くなった陰陽師・安倍晴明の遺業を讃え、その屋敷跡に社殿を造営したのが起源と言われています。ちなみに安倍晴明は第8代・孝元天皇の皇子・大彦命(おおびこのみこと)の御後胤とも言われ、天体の星や雲の動きを観察し、宮殿の異変や遠方での吉凶を言い当てたとも言われています。晴明神社は当初東は堀川通・西は黒門通・北は元誓願寺通・南は中立売通という広大な社地を有していたが、度重なる兵火や関白・豊臣秀吉の命によって社地は縮小し、社殿も荒廃しました。

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【晴明神社 本殿】★★★修学旅行
本殿は1905年(明治38年)に再建されました。本殿には社紋・晴明桔梗(五芒星)が随所にあしらわれています。なお本殿には主祭神・安倍晴明と倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀っています。
(晴明神社 本殿・ポイント)
●本殿には魔除け・方除守護・厄除け・火災守護・病気平癒(病除守護)・縁結び(結婚)・合格祈願などのご利益があると言われているそうです。
晴明神社本殿・見どころ

【晴明神社 齋稲荷社】
齋稲荷社(いつきいなりしゃ)は本殿の北側にある末社です。齋稲荷社はお稲荷さんと天満社・地主社を祀っています。なお齋の名称はお稲荷さんが鴨神社(上賀茂神社・下鴨神社)に仕える齋王(さいおう)がこもる齋院御所にあったことに由来します
(晴明神社 齋稲荷社・ポイント)
●安倍晴明はお稲荷さんの生まれ変わとも、晴明の母はお稲荷さんのお使い(眷族(けんぞく)・神使(しんし))とされるキツネだったとも言われているそうです。

【晴明神社 厄除桃】★★★修学旅行
厄除桃(やくよけとう)は本殿前にあります。厄除桃は「桃」の字が「木」へんに「兆(きざし)」と書くこともあり、陰陽道(おんみょうどう)では厄除け・魔除けの果物とされています。なお厄除桃は撫でると厄が桃に移り、厄除けのご利益があるとも言われています。
(晴明神社 厄除桃・ポイント)
●厄除桃のように桃を使って厄除け・魔除けする様子は「古事記」・「日本書紀」にも記され、童話・桃太郎の由来になったとも言われているそうです。
晴明神社厄除桃・見どころ

【晴明神社 一の鳥居】★★修学旅行
一の鳥居は堀川通に面しています。一の鳥居には神社の名称ではなく、金色に輝く社紋・晴明桔梗の額束(がくつか)が掲げられています。晴明桔梗は五芒星(ごぼうせい)とも言われ、陰陽道では祈祷呪符に使われています。なお五芒星は陰陽道の基本概念(陰陽五行説)である木・火・土・金・水の5つの元素の働きの相克を表し、魔除けのご利益があると言われています。
(晴明神社 一の鳥居・ポイント)
●一の鳥居に掲げられている晴明桔梗(五芒星)の額束は堀川通七不思議のひとつに数えられています。
堀川通七不思議

【晴明神社 一条戻橋】★修学旅行
一条戻橋はかつて堀川に架かっていた旧一条戻橋の欄干の親柱を境内に移し、旧一条戻橋を再現したものです。一条戻橋では安倍晴明の父・保名が芦屋道満の弟に殺害されたが、晴明が呪法によって父を蘇生させたとも、二人の式神を一条戻橋の袂に隠したとも言われています。
一条戻橋
(晴明神社 一条戻橋・ポイント)
●一条戻橋はかつて土御門橋(つちみかどばし)と言われていたが、呪術憎・浄蔵貴所(じょうじょうきしょ)が亡くなった父を読経により、一時的に息を吹き返させたことから戻橋と言われるようになりました。
●一条戻橋では自刃した千利休の首が晒されたとも、源頼光の四天王の一人・渡辺綱が鬼女の片腕を斬り落としたとも言われています。
晴明神社一条戻橋・見どころ

【晴明神社 式神石像】★修学旅行
式神(しきじん)石像は一条戻橋の傍にあります。式神は恐ろしい容貌をした陰陽師が使う精霊だが、人には見えません。ただ安倍晴明の妻が式神を怖がったことから一条戻橋の下に封じ込めたと言われています。
(晴明神社 式神石像・ポイント)
●橋の下に封じ込めた式神は橋を通る人を占い、橋占(はしうら)と言われたそうです。

【晴明神社 晴明井】★修学旅行
晴明井(せいめいのい)は二の鳥居をくぐった右にあります。晴明井は安倍晴明の霊力よって湧き出し、無病息災のご利益があると言われています。なお晴明井が湧き出る出口は立春の日にその年の縁起のよい恵方(方角)に向けられ、吉祥水(きっしょうすい)とされています。
(晴明神社 晴明井・ポイント)
●晴明井は一時期涸れたが、現在は飲むことができるそうです。なお晴明井は山城名泉のひとつに数えられ、茶人・千利休も使ったとも言われています。また関白・豊臣秀吉がお茶で飲んだとも言われているそうです。
●晴明井は堀川通七不思議のひとつに数えられています。
晴明神社晴明井・見どころ

【晴明神社 桔梗】
桔梗は社紋・晴明桔梗のモチーフで、桔梗苑など境内に約2000株植えられています。桔梗は毎年6月中旬から初秋に掛けて花を咲かせます。
(晴明神社 桔梗・ポイント)
●桔梗が開花している期間中には期間限定で、桔梗守が授与されるそうです。

【晴明神社 御神木】★修学旅行
御神木・楠(くすのき)は樹齢300年とも言われています。楠は衣類などを保管する際、虫除けなどに使われる樟脳の原料になったそうです。

【晴明神社 千利休居士聚楽屋敷趾の石碑】
晴明神社がある場所は安倍晴明の屋敷があった場所だけでなく、千利休の屋敷があった場所でもありました。その為武者小路千家家元・千宗守が石碑「千利休居士聚楽屋敷趾」を奉納しました。
(晴明神社 千利休居士聚楽屋敷趾の石碑・ポイント)
●武者小路千家は表千家・裏千家とともに三千家のひとつです。
晴明神社千利休居士聚楽屋敷趾の石碑・見どころ

【晴明神社 安倍晴明嵯峨墓所】
安倍晴明嵯峨墓所(さがぼしょ)はかつて天龍寺(てんりゅうじ)の塔頭・寿寧院(じゅねいいん)の境内にあったとも言われています。ちなみに寿寧院は貞治年間(1362年~1367年)に臨済宗の僧・龍湫周沢(りゅうしゅうしゅうたく)が創建しました。
(晴明神社 安倍晴明嵯峨墓所・ポイント)
●安倍晴明の墓所には諸説があります。安倍晴明は鴨川の治水祈念の為に五条橋近くに法城寺(ほうじょうじ)を創建し、1005年(寛弘2年)に亡くなると遺骸が埋葬されたとも言われています。
安倍晴明嵯峨墓所(アクセス・見どころ・・・)

【晴明神社 晴明祭】
毎年秋分の日に晴明祭(例祭)が行われます。晴明祭は晴明神社の中で最も重要な祭儀とされています。晴明祭では氏子などが参列し、献茶・献花などが行われます。また午後の神幸祭では少年鼓笛隊を先頭に鉾や神輿などが氏子地区などを巡行します。
(晴明神社 晴明祭・ポイント)
●晴明祭の前夜の宵宮祭では迎え提灯のお練りや湯立神楽が奉納されます。
晴明神社晴明祭

【晴明神社 御火焚祭】
毎年11月24日に御火焚祭(おひたきさい)が行われます。御火焚祭は五行説(ごぎょうせつ)に基づき、「火生土(かしょうど)」の理により、作物を生成する際に疲弊した土は作物を火で焚き上げることで再び甦ると言われているそうです。
(晴明神社 御火焚祭・ポイント)
●御火焚祭は秋の収穫・五穀豊穣に感謝し、氏子などの願いが込められた護摩木(ごまぎ)を浄火で焚き上げ、祈願成就を願います。
晴明神社御火焚祭

【晴明神社見どころ 備考】
晴明神社基本情報

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