清水寺見どころ-修学旅行・観光のポイント

清水寺見どころ

清水寺見どころ簡単解説

清水寺見どころを解説しています。修学旅行・観光に役立つ簡単まとめを提供。清水寺で見逃せない清水の舞台(国宝)や音羽の滝(音羽の瀧)などを解説しています。清水寺有数の見どころである清水の舞台は高さ約13メートルで、崖・錦雲渓の斜面にせり出すように組み上げられています。(清水寺見どころ下記参照)(清水寺見どころ下記参照)

【清水寺 歴史・簡単解説】京都世界遺産
音羽山・清水寺とは奈良時代後期の778年(宝亀9年)に法相宗(ほっそうしゅう)大本山である大和・興福寺の僧で、子島寺で修行していた延鎮上人(えんちんしょうにん)・賢心(けんしん)が「木津川の北流に清泉を求めて行け」という霊夢により、音羽山に庵を結んだのが起源と言われています。その後780年(宝亀11年)に坂上田村麻呂が延鎮上人から鹿狩りの殺生を戒められ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の教えを諭され、自らの邸宅を仏殿に寄進しました。また坂上田村麻呂は妻とともに本尊・十一面千手観音(じゅういちめんせんじゅかんのん)と地蔵菩薩(じぞうぼさつ)・毘沙門天(びしゃもんてん)を安置したとも言われています。
清水寺歴史(起源・・・)

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【清水寺-本堂・簡単解説】★★★修学旅行
本堂(清水の舞台)とは見逃せない国宝(1952年(昭和27年)11月22日指定)です。本堂は音羽山の崖・錦雲渓(きんうんけい)の斜面にせり出すように建立されています。本堂は内々陣・内陣・外陣(礼堂)・舞台に分かれています。舞台は元々本尊(秘仏)・十一面千手観音立像に芸能を奉納する場所です。両脇の翼廊(よくろう)は楽舎に使われました。本堂は江戸時代前期の1633年(寛永10年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光の寄進によって再建されました。なお本堂は檜皮葺(ひわだぶき)の寄棟造(よせむねづくり)です。舞台は懸造(かけづくり)・舞台造です。
清水の舞台詳細
(本堂・ポイント)
●本堂は桁行九間・梁間七間で、正面約36メートル・側面約30メートル・棟高約18メートルです。舞台は高さ約13メートル・正面約18メートル・側面約10メートルで、面積約190平方メートルです。舞台は最長約12メートルの柱など139本のケヤキの木を釘を1本も使わない地獄止めにより、組み上げられています。
●舞台は12世紀(平安時代後期~鎌倉時代初期)の「成通卿口伝日記」が初見です。
●舞台は「清水の舞台から飛び降りる」という言葉があるように江戸時代に235件(全体で237件)の投身があったとも言われています。明治時代に飛び降り禁止令が出されました。
●2017年(平成29年)から2020年(令和2年)に約50年振りの檜皮葺の葺き替えが行われました。
本堂(清水の舞台)見どころ(歴史概略・・・)

【清水寺-十一面千手観音立像・簡単解説】
十一面千手観音立像は本堂の内々陣に本尊として安置されています。十一面千手観音立像は33年に1度開扉される秘仏とされ、写真すら非公表で、本尊を模したお前立ち像の写真が公表されています。十一面千手観音立像は鎌倉時代の1220年(承久2年)頃に再造されたと言われています。なお十一面千手観音立像は西国三十三所の第16番札所になっています。
(十一面千手観音立像・ポイント)
●十一面千手観音立像は像高約173センチで、11の顔と42の手を持っています。胸前で合掌(がっしょう)する2本の手を除き、40本の手がそれぞれ天上界から地獄までの25の世界を救うとされています。(40×25=1,000)なおお前立ち像は像高約138センチです。
●開基・延鎮上人はこの地で観音の化身とされる開山・行叡居士(ぎょうえいこじ)と出会い、行叡居士が残した霊木で千手観音像を刻み、行叡居士の旧庵に安置したと言われています。

【清水寺-三重塔・簡単解説】★★★修学旅行
三重塔とは見逃せない重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。三重塔は赤い総丹塗り(にぬり)の三間三重塔婆(さんげんさんじゅうとうば)です。三重塔は曼荼羅(まんだら)の密教世界が表現され、一層の壁に真言八祖像、天井や柱などに密教仏画や飛天・龍などが極彩色で描かれています。三重塔は平安時代前期の847年(承和14年)に初めて建立されました。三重塔は江戸時代前期の1632年(寛永9年)に再建されました。なお三重塔は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。
(三重塔・ポイント)
●三重塔は高さ約31メートルで、国内最大級の三重塔と言われています。
●三重塔は真言密教の教主・大日如来(だいにちにょらい)像を安置しています。
三重塔見どころ(歴史概略・・・)

【清水寺-開山堂・簡単解説】★★修学旅行
開山堂(田村堂)とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。開山堂は同系統の色を淡色から濃色に変化させて塗る繧繝(うんげん)彩色という技法が施されています。開山堂は江戸時代前期の1633年(寛永10年)に再建されました。なお開山堂は檜皮葺(ひわだぶき)の入母屋造です。
(開山堂・ポイント)
●開山堂は桁行三間・梁間三間です。
●開山堂は須弥壇(しゅみだん)の厨子(ずし)に大本願・坂上田村麻呂夫妻像を安置しています。また開山・行叡居士と開基・延鎮上人も祀っています。なお坂上田村麻呂は十一面千手観音を本尊として寺院を建立し、音羽の滝の清らかさに因み、清水寺と名付けたと言われています。かつて「せいすいじ」とも読まれました。
●開山堂は坂上田村麻呂を主人公にした謡曲・「田村」で田村堂と謡われ、田村堂とも言われています。

【清水寺-子安塔・簡単解説】★修学旅行
子安塔(こやすのとう)とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。子安塔は赤い朱塗り(しゅぬり)の三間三重塔婆(三重塔)です。子安塔は奈良時代の第45代・聖武天皇と光明皇后の祈願所とも言われています。光明皇后は後に第46代・孝謙天皇、第48代・称徳天皇となる阿倍内親王を安産されたとも言われています。子安塔はかつて仁王門の左手前にあったが、明治時代に現在の場所に移されました。子安塔は戦国時代(室町時代後期)の1500年(明応9年)に再建されたとも言われています。なお子安塔は檜皮葺です。
(子安塔・ポイント)
●子安塔は高さ約15メートルです。
●子安塔は子安観音(千手観音)を祀り、安産のご利益があるとも言われています。
子安塔見どころ(歴史概略・・・)

【清水寺-釈迦堂・簡単解説】
釈迦堂とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。釈迦堂は朱い漆塗り(うるしぬり)の来迎柱(らいごうばしら)が使われ、天井に天女像が描かれています。釈迦堂は江戸時代前期の1631年(寛永8年)に再建されたが、1972年(昭和47年)の集中豪雨によって倒壊し、1975年(昭和50年)に旧材を使って復元されました。なお釈迦堂は檜皮葺の寄棟造です。
(釈迦堂・ポイント)
●釈迦堂は桁行三間・梁間三間です。
●釈迦堂は須弥壇(しゅみだん)に釈迦如来(しゃかにょらい)・普賢菩薩(ふげんぼさつ)・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の釈迦三尊を安置しています。

【清水寺-阿弥陀堂・簡単解説】★修学旅行
阿弥陀堂とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。阿弥陀堂は全体が極彩色に飾られ、天井に迦陵頻伽(かりょうびんが)の文様が施され、第104代・後柏原天皇自筆の額「日本最初常行念仏道場」が掛けられています。阿弥陀堂は江戸時代前期の1631年(寛永8年)に再建されました。なお阿弥陀堂は桟瓦葺(さんがわらぶき)の入母屋造です。
(阿弥陀堂・ポイント)
●阿弥陀堂は桁行三間・梁間三間です。
●阿弥陀堂は西方極楽浄土(ごくらくじょうど)の教主・阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像を安置しています。
●阿弥陀堂は鎌倉時代初期の1188年(文治4年)に浄土宗(じょうどしゅう)の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が念仏を修したことから日本初の常行念仏道場とも言われ、法然上人二十五霊場の13番になっています。

【清水寺-経堂・簡単解説】★修学旅行
経堂とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。経堂は平安時代中期に一切経(いっさいきょう)を所蔵し、全国から学問僧が集まったと言われています。経堂は鏡天井(かがみてんじょう)に絵師・岡村信基が描いた墨絵の円龍があります。経堂は江戸時代前期の1633年(寛永10年)に再建されました。なお経堂は本瓦葺の入母屋造です。
(経堂・ポイント)
●経堂は桁行五間・梁間四間です。
●経堂は宝冠(ほうかん)釈迦如来・普賢菩薩・文殊菩薩の釈迦三尊像を安置しています。
●経堂には絵師・山口雪渓が描いた縦約3.9メートル・横約3メートルの涅槃図(ねはんず)が祀られています。経堂では毎年2月15日に涅槃図を掲げて涅槃会を行われています。

【清水寺-朝倉堂・簡単解説】★修学旅行
朝倉堂とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。朝倉堂はかつて朱塗りだったが、現在は全面白木の建物です。朝倉堂は江戸時代前期の1633年(寛永10年)に再建されました。なお朝倉堂は本瓦葺の入母屋造です。
(朝倉堂・ポイント)
●朝倉堂は桁行五間・梁間三間です。
●朝倉堂は清水型十一面千手観音(秘仏)・毘沙門天・地蔵菩薩などを安置しています。また地主神社(じしゅじんじゃ)の本地仏(ほんじぶつ)である普賢菩薩・西国三十三所の観音像・出開帳仏も祀っています。なお朝倉堂は洛陽三十三所観音霊場の第13番札所です。
●朝倉堂は戦国時代(室町時代後期)の1510年(永正7年)に観音を篤く信仰した守護大名・朝倉貞景の寄進によって法華三昧堂(ほっけさんまいどう)として建立されました。朝倉貞景は願阿上人(がんあしょうにん)の大勧進に対して最大の寄進をしました。

【清水寺-奥の院・簡単解説】★★修学旅行
奥の院(奥の千手堂)とは見逃せない重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。奥の院には極彩色文様があります。奥の院は開山・行叡居士と開基・延鎮上人の草庵跡とも言われています。奥の院は江戸時代前期の1633年(寛永10年)に再建されました。なお奥の院は檜皮葺の寄棟造です。奥の院は本堂と同様に懸造です。
(奥の院・ポイント)
●奥の院は桁行五間・梁間五間です。
●奥の院は千手観音・毘沙門天・地蔵菩薩・風神・雷神・千手観音の眷属(けんぞく)である二十八部衆などを安置しています。
●奥の院はかつて法相宗(ほっそうしゅう)に加えて真言宗(しんごんしゅう)兼学で、真言庵とも言われていたそうです。奥の院は真言宗の宗祖である弘法大師・空海坐像も祀っています。
奥の院見どころ(歴史概略・・・)

【清水寺-春日社・簡単解説】
春日社(鎮守堂)とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。春日社はかつて鐘楼の北に祀られていたが、江戸時代前期の1629年(寛永6年)に現在の場所に移されたと言われています。春日社には細かな彫刻がされています。春日社は室町時代後期に再建されたと言われています。なお春日社は一間社春日造(いっけんしゃかすがづくり)の檜皮葺です。
(春日社・ポイント)
●春日社は法流(法相宗)の鎮守である奈良・春日大社から勧請した春日大明神を祀っています。春日社は鎮守堂とも言われています。

【清水寺-仁王門・簡単解説】★★★修学旅行
仁王門(赤門)とは見逃せない重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。仁王門は朱塗りの三間一戸の楼門で、正門です。仁王門には三蹟の一人である藤原行成筆の扁額「清水寺」が掛けられています。仁王門は室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))で焼失したが、室町時代後期(16世紀初頭)に再建されました。なお仁王門は檜皮葺の入母屋造です。
(仁王門・ポイント)
●仁王門は幅約10メートル・奥行き約5メートル・棟高約14メートルです。
●仁王門は左右に鎌倉時代に造仏された金剛力士(こんごうりきし)像を安置しています。
●仁王門は赤門とも言われています。

【清水寺-轟門・簡単解説】
轟門(とどろきもん)とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。轟門は柱が8本ある三間一戸(さんげんいっこ)の八脚門だが、扉がありません。轟門はお釈迦様(おしゃかさま)の教えを獅子が吼えるように四方万里に轟かせる為に名付けられたとも言われました。轟門は江戸時代前期の1631年(寛永8年)から1633年(寛永10年)に再建されました。なお轟門は本瓦葺の切妻造です。
(轟門・ポイント)
●轟門は両脇に持国天(じこくてん)・広目天(こうもくてん) 、背面に阿吽(あうん)の狛犬(こまいぬ)を安置しています。
●轟門は前に梟の手水鉢(ふくろうのちょうずばち)があります。
●轟門は国宝である奈良・東大寺の転害門(てんがいもん)を小さくして写したとも言われています。

【清水寺-北総門・簡単解説】
北総門とは重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日指定)です。北総門は一間潜付の薬医門(やくいもん)です。北総門には鉄製の飾り金具や鉄帯を取り付けた扉があります。北総門は江戸時代前期の1631年(寛永8年)から1639年(寛永16年)に再建されました。なお北総門は本瓦葺の切妻造です。
(北総門・ポイント)
●北総門は間口約4.1メートルです。
●北総門はかつて塔頭(たちゅう)・成就院(じょうじゅいん)の正門でした。

【清水寺-西門・簡単解説】★修学旅行
西門とは重要文化財(1908年(明治41年)4月23日指定)です。西門は丹塗りの三間一戸の八脚門です。西門は正面に向拝、背面に軒唐破風(のきからはふ)を付した特殊な門です。西門は江戸時代前期の1631年(寛永8年)に再建されました。なお西門は檜皮葺の切妻造です。
(西門・ポイント)
●西門は高さ約4メートルです。
●西門から見る夕日は素晴らしく、極楽浄土を観想する日想観(にっそうかん)の聖所です。

【清水寺-馬駐・簡単解説】
馬駐(うまとどめ)とは重要文化財(1952年(昭和27年)3月29日指定)です。馬駐はかつて馬で参拝した際に馬を繋ぎました。5頭の馬を同時に繋ぐことができるそうです。馬駐は室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))後に再建されたと言われています。なお馬駐は本瓦葺の切妻造です。
(馬駐・ポイント)
●馬駐は桁行五間・梁間二間で、正面約10.5メートル・側面約5メートルです。

【清水寺-鐘楼・簡単解説】★修学旅行
鐘楼(しょうろう)とは重要文化財(1908年(明治41年)4月23日指定)です。鐘楼は柱が4脚ではなく、珍しい6脚です。6脚の柱は重い梵鐘(ぼんしょう)を釣る為と言われています。鐘楼は江戸時代前期の1607年(慶長12年)に再建されました。なお鐘楼は本瓦葺の切妻造です。
(鐘楼・ポイント)
●鐘楼は桁行一間・梁間二間です。
●鐘楼は蟇股(かえるまた)に菊花の彫刻などがあります。

【清水寺-梵鐘・簡単解説】
梵鐘は重要文化財です。梵鐘は6脚の鐘楼に釣られていました。梵鐘には「文明十年(1478年)」銘があり、室町時代中期頃に鋳造されたと言われています。梵鐘は現在宝蔵殿に収蔵されています。
(梵鐘・ポイント)
●梵鐘は高さ約2.1メートル・口径約1.2メートル・重さ約2.3トンです。
●現在の梵鐘(5代目)は2008年(平成20年)に再鋳造されたものです。

【清水寺-随求堂・簡単解説】★修学旅行
随求堂(ずいぐどう)は塔頭・慈心院(じしんいん)の本堂でした。随求堂は千鳥破風(ちどりはふ)に施された龍の鏝絵(こてえ)が傑作とも言われています。随求堂は江戸時代中期の1718年(享保3年)に再建されました。
(随求堂・ポイント)
●随求堂は願いを叶える大功徳を持つ本尊(秘仏)・大随求菩薩(だいずいぐぼさつ)を安置しています。
●随求堂ではお堂の下を大随求菩薩の胎内に見立てた胎内めぐりができます。菩薩を象徴する梵字(ぼんじ)が刻まれた随求石を廻しながら願うと願い事を叶えられると言われています。

【清水寺-中興堂・簡単解説】
中興堂は中興開山・大西良慶和上の御霊屋(みたまや)です。中興堂は1995年(平成7年)の大西良慶和上13回忌を記念して発願され、1997年(平成9年)に落慶しました。大西良慶和上は約70年に渡って住職を勤めました。

【清水寺-音羽の滝・簡単解説】★★★修学旅行
音羽の滝(音羽の瀧)は音羽山の山中から湧き、一度も涸れたことがないと言われています。なお音羽の滝の清水は名称の由来になっています。清水はかつて黄金水・延命水とも言われました。
音羽の滝詳細
(音羽の滝・ポイント)
●音羽の滝は祠(ほこら)に不動明王・行叡居士が祀られています。
●音羽の滝は3本の筧(かけい)から水が流れ落ち、学問成就(向かって左)・恋愛成就(中央)・延命長寿(右)のご利益があるとも言われています。音羽の滝は1本の筧を選び、一口だけ飲みます。

【清水寺-百体地蔵堂・簡単解説】
百体地蔵堂は子供を亡くした親が子供に似た地蔵を探し、篤く信仰したと言われています。百体地蔵堂では8月23日に地蔵盆会が行われます。

【清水寺-濡れ手観音・簡単解説】
濡れ手観音(ぬれて観音)は奥の院の裏側にある小池の中に祀らています。濡れ手観音は音羽の滝の水源の真上から湧き出る金色水を掛けると煩悩(ぼんのう)・罪障(ざいしょう)が洗い流されるとも言われています。なお濡れ手観音は蓮華の水盤から酌で水を汲み上げ、濡れ手観音の肩に掛けます。

【清水寺-千体石仏群・簡単解説】
千体石仏群はかつて一部が京都市内で祀られていたが、明治維新後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の際に捨てるのが忍びないと持ち込まれました。千体石仏群は有志が前垂れの掛け替えを行っています。

【清水寺-アテルイ・モレの碑・簡単解説】
アテルイ・モレの碑は平安時代初期に坂上田村麻呂を征夷大将軍とする蝦夷(えみし)征討の際に処刑された蝦夷の軍事指導者・アテルイとモレの慰霊の為に建立されました。アテルイ・モレの碑は1994年(平成6年)に平安建都1200年を期して建立されました。

【清水寺-桜・簡単解説】
清水寺は京都有数で、平安時代以来の桜の名所です。山内に約1,500本の桜の木が植えられていと言われています。桜は例年4月上旬頃に見ごろを迎えます。桜が見ごろを迎える時期に桜ライトアップ・夜間特別拝観が行われます。
清水寺桜ライトアップ

【清水寺-紅葉・簡単解説】
清水寺は桜だけでなく、京都有数の紅葉の名所です。山内に約1,000本のモミジがあると言われています。紅葉は例年11月中旬から11月下旬頃に見ごろを迎えます。紅葉が見ごろを迎える時期に紅葉ライトアップ・夜間特別拝観が行われます。
清水寺紅葉ライトアップ

【清水寺-千日詣り・簡単解説】
千日詣りは毎年8月9日から16日に行われます。宵詣り(宵まいり)・夜間特別拝観は8月14日から16日です。千日詣りは観音さまの最大の功徳日に行われ、1日のお参りで千日分のご利益があるとも言われています。なお千日詣りでは本堂の内々陣に献灯することもできます。
(千日詣り・ポイント)
●千日詣りは平安時代には「源氏物語」の作者・紫式部や「枕草子」の作者・清少納言も行ったとも言われています。
千日詣り(夜間特別拝観)

【清水寺-今年の漢字・簡単解説】
行事・今年の漢字は毎年12月に本堂(清水の舞台)などで発表されます。今年の漢字は1995年(平成7年)に日本漢字能力検定協会のキャンペーンとして始まりました。今年の漢字では清水寺貫主(かんす)が巨大な和紙に漢字一字を揮毫(きごう)して発表されます。
今年の漢字

【清水寺-成就院・簡単解説】
成就院は塔頭です。成就院は室町時代中期に再興した願阿上人の住房が起源です。成就院の月の庭は妙満寺(みょうまんじ)・成就院の雪の庭と廃寺になった成就院の花の庭とともに成就院の雪月花の洛中三名園と言われていました。月の庭は北向きの為、池に映る月を観賞していたそうです。なお成就院では幕末に薩摩藩・西郷隆盛や勤皇の志士が集って密談を交わしていました。
塔頭・成就院(アクセス・・・)

【清水寺-泰産寺・簡単解説】
泰産寺(たいさんじ)は子安塔を守護する塔頭です。子安塔は寺伝によると730年(天平2年)に第45代・聖武天皇の后・光明皇后が仁王門前に建立し、聖武天皇・光明皇后の祈願所だったと言われています。泰産寺は洛陽三十三所観音霊所の第14番札所です。なお泰産寺の泰産は安産を意味し、子授けのご利益があると言われています。

【清水寺-善光寺堂・簡単解説】★修学旅行
善光寺堂(ぜんこうじどう)は塔頭です。善光寺堂は地蔵菩薩を本尊とする地蔵院が起源です。善光寺堂の首ふり地蔵さんは首を360度回転させることができ、首を願いのある方向に向けて願うと願いが叶うと言われています。善光寺堂は洛陽三十三所観音霊場第10番札所です。
(善光寺堂・ポイント)
●善光寺堂は本尊である地蔵菩薩立像・如意輪観音(にょいりんかんのん)坐像・阿弥陀如来三尊像を安置しています。

【地主神社・簡単解説】★修学旅行
地主神社はかつて鎮守社でした。明治維新後の神仏分離令によって独立しました。地主神社は社伝によると神代(かみよ)の昔、つまり日本の建国以前に創建されたと言われています。なお地主神社は世界遺産に登録され、本殿・拝殿・総門は重要文化財になっています。
旧鎮守社・地主神社(アクセス・・・)

【清水寺-茶屋・簡単解説】★修学旅行
舌切茶屋(したきりちゃや)・忠僕茶屋(ちゅうぼくちゃや)・六花亭など5軒の茶屋があります。舌切茶屋・忠僕茶屋は幕末の安政の大獄で非業の死を遂げた成就院の住職・月照と信海兄弟と彼らに仕えた近藤正慎・大槻重助に由来しています。舌切茶屋・忠僕茶屋は近藤正慎・大槻重助の功績に報いる為、遺族・家族に開設権を与えました。
(茶屋・ポイント)
●舌切茶屋は近藤正慎が自ら舌を噛み切って牢獄の壁に頭を打ち付けて亡くなったことに由来しています。軽いランチに茶だんご・ぜんざい・きなこもち・ところてん、そしてお抹茶・あまざけ・かき氷などを楽しめます。
●忠僕茶屋は大槻重助が月照・信海に仕え、墓を守り続けましたことに由来しています。ランチにきつねうどん・きつねそば、そして茶だんご・わらび餅・ところてん・ぜんざいなどを楽しめます。

【清水寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都世界遺産・清水寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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