清水寺見どころ2-修学旅行・観光ポイント

清水寺見どころ(Kiyomizu-dera Temple)

清水寺見どころ-簡単マトメ

清水寺見どころを簡単にマトメてポイント解説します。清水寺には馬駐(重文)・梵鐘(重文)・随求堂・中興堂・百体地蔵堂・濡れ手観音・桜とライトアップ・紅葉とライトアップなどの見どころがあります。(個別解説下記参照)

●清水の舞台(国宝)・音羽の滝(音羽の瀧)・三重塔(重要文化財)などの清水寺見どころは下記リンクから確認することができます。
清水寺見どころ(清水の舞台・三重塔など)

【清水寺の歴史・簡単概要】

音羽山・清水寺とは奈良時代後期の778年(宝亀9年)に法相宗(ほっそうしゅう)大本山である大和・興福寺の僧で、子島寺で修行していた延鎮上人(えんちんしょうにん)・賢心(けんしん)が「南の地を去れ」という霊夢により、音羽山に庵を結んだのが起源と言われています。その後780年(宝亀11年)に坂上田村麻呂が延鎮上人から鹿狩りの殺生を戒められ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の教えを諭され、自らの邸宅を仏殿に寄進しました。また坂上田村麻呂は妻とともに本尊・十一面千手観音(じゅういちめんせんじゅかんのん)と地蔵菩薩(じぞうぼさつ)・毘沙門天(びしゃもんてん)を安置したとも言われています。
清水寺歴史(起源・・・)

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【経堂(重要文化財)・円龍の解説】

★概要:経堂は平安時代中期に仏典・一切経(いっさいきょう)を所蔵し、全国から学問僧が集まったと言われています。経堂は宝冠(ほうかん)釈迦如来像・普賢菩薩像・文殊菩薩像の釈迦三尊像を安置しています。経堂には鏡天井(かがみてんじょう)に絵師・岡村信基(おかむらのぶもと)が描いた墨絵の円龍があります。
★歴史:経堂は1633年(寛永10年)に再建されました。400年近い歴史があります。
★様式:経堂は屋根が入母屋造の本瓦葺です。経堂は桁行五間・梁間四間です。

【馬を繋いだ馬駐(重要文化財)の解説】

★概要:馬駐はかつて馬で参拝した際に馬を繋ぎました。馬駐は5頭の馬を同時に繋ぐことができます。馬駐は2つの金具だけが他の金具と違って下向きに取り付けられ、七不思議に数えられています。
★歴史:馬駐は応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))後に再建されたと言われています。
★様式:馬駐は切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。馬駐は正面約10.5メートル・側面約5メートルで、桁行五間・梁間二間です。

【鐘楼(重要文化財)・梵鐘の解説】

★概要:鐘楼は2008年(平成20年)に鋳造された5代目の梵鐘(ぼんしょう)を釣っています。鐘楼は柱が四脚ではなく、珍しい六脚です。六脚は重い梵鐘を釣る為と言われ、七不思議に数えられています。鐘楼は蟇股(かえるまた)に菊花の彫刻などがあります。なお鐘楼は1478年(文明10年)に鋳造された旧梵鐘(重要文化財)を釣っていたが、宝蔵殿に収蔵されています。
★歴史:鐘楼は1607年(慶長12年)に再建されました。
★様式:鐘楼は切妻造の本瓦葺です。鐘楼は桁行一間・梁間二間です。
★旧梵鐘:旧梵鐘には「文明十年(1478年)」銘があり、1478年(文明10年)に鋳造されたと言われています。旧梵鐘は高さ約2.1メートル・口径約1.2メートル・重さ約2.3トンです。

【春日社(重要文化財)の解説】

★概要:春日社(鎮守堂)は法流・法相宗(ほっそうしゅう)の鎮守である奈良・春日大社(かすがたいしゃ)から勧請した春日大明神(かすがだいみょうじん)を祀っています。春日社には細かな彫刻がされています。春日社は鎮守堂とも言われています。
★歴史:春日社は室町時代後期に再建され、1629年(寛永6年)に現在の場所に移されたと言われています。
★様式:春日社は一間社(いっけんしゃ)春日造(かすがづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。

【北総門(重要文化財)の解説】

★概要:北総門は間口約4.1メートルの門です。北総門は塔頭(たちゅう)・成就院(じょうじゅいん)の正門でした。北総門には鉄製の飾り金具や鉄帯を取り付けた扉があります。
★歴史:北総門は1631年(寛永8年)から1639年(寛永16年)に再建されました。
★様式:北総門は一間潜付の薬医門(やくいもん)で、切妻造の本瓦葺です。

【轟門(重要文化財)の解説】

★概要:轟門は仏教の開祖・お釈迦様(おしゃかさま)の教えを獅子(しし)が吼えるように四方万里に轟かせる為に名付けられたとも言われました。轟門は両脇に持国天(じこくてん)・広目天(こうもくてん)を安置しています。轟門前には梟の手水鉢(ふくろうのちょうずばち)、背面には阿吽(あうん)の狛犬(こまいぬ)も置かれています。なお轟門は扉がなく、清水寺の七不思議に数えられています。
★歴史:轟門は1631年(寛永8年)から1633年(寛永10年)に再建されました。
★様式:轟門は三間一戸の八脚門(はっきゃくもん)です。轟門は屋根が切妻造の本瓦葺です。轟門は国宝である奈良・東大寺(とうだいじ)の転害門(てんがいもん)を小さくして写したとも言われています。

【西門(重要文化財)の解説】

★概要:西門は石段上に建立され、絶景の夕景や美しい京都市街地を眺められます。石段では春・秋の青龍会の際に転法衆・会奉行・夜叉神・四天王・十六善神の神々・龍衆が並びます。西門は高さ約4メートルの門です。西門はそこから見る夕日が素晴らしく、極楽浄土を観想する日想観(にっそうかん)の聖所です。
★歴史:西門は1631年(寛永8年)に再建されました。400年近い歴史があります。
★様式:西門は三間一戸の八脚門です。西門は屋根が切妻造の檜皮葺です。正面に向拝(こうはい)、背面に軒唐破風(のきからはふ)があります。

【随求堂(胎内めぐり)の解説】

★概要:随求堂(ずいぐどう)は塔頭・慈心院(じしんいん)の本堂でした。随求堂ではお堂の下を大随求菩薩(だいずいぐぼさつ)の胎内に見立てた胎内めぐりができます。大随求菩薩を象徴する梵字(ぼんじ)が刻まれた随求石を廻しながら願うと願い事を叶えられると言われています。なお随求堂は千鳥破風(ちどりはふ)に施された龍の鏝絵(こてえ)が傑作とも言われています。
★歴史:随求堂は1718年(享保3年)に再建されました。
★仏像:随求堂は願いを叶える大功徳を持つ本尊(秘仏)・大随求菩薩や吉祥天(きっしょうてん)立像・毘沙門天(びしゃもんてん)立像を安置しています。

【中興堂(大西良慶和上の御霊屋)の解説】

★概要:中興堂は中興開山・大西良慶和上の御霊屋(みたまや)です。中興堂は1995年(平成7年)の大西良慶和上13回忌を記念して発願され、1997年(平成9年)に落慶しました。

【百体地蔵堂・地蔵盆会の解説】

★概要:百体地蔵堂は子供を亡くした親が子供に似た地蔵を探し、篤く信仰したと言われています。百体地蔵堂では8月23日に地蔵盆会が行われます。

【濡れ手観音・ご利益の解説】

★概要:濡れ手観音(ぬれてかんのん)は音羽の滝の水源の真上から湧き出る金色水を掛けると煩悩(ぼんのう)・罪障(ざいしょう)が洗い流されるとも言われています。濡れ手観音は蓮華の水盤から酌で水を汲み上げ、濡れ手観音の肩に掛けます。

【千体石仏群の解説】

★概要:千体石仏群はかつて一部が京都市内で祀られていたが、明治維新後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の際に捨てられるのが忍びないとして持ち込まれました。千体石仏群は有志が前垂れの掛け替えを行っています。

【アテルイ・モレの碑の解説】

★概要:アテルイ・モレの碑は平安時代初期に坂上田村麻呂を征夷大将軍とする蝦夷(えみし)征討の際、処刑された蝦夷の軍事指導者・アテルイとモレの慰霊の為に建立されました。アテルイ・モレの碑は1994年(平成6年)に平安建都1,200年を期して建立されました。

【桜・ライトアップの解説】

★概要:清水寺は平安時代以来の桜の名所です。山内には約1,500本の桜の木が分布しています。桜は例年4月上旬頃に見ごろを迎え、桜の見ごろにライトアップが行われています。
清水寺桜ライトアップ

【紅葉・ライトアップの解説】

★概要:清水寺は紅葉の名所です。山内には約1,000本のモミジが分布しています。紅葉は例年11月中旬から11月下旬頃に見ごろを迎え、紅葉の見ごろにライトアップが行われています。
清水寺紅葉ライトアップ

【千日詣り・宵詣りの解説】

★概要:千日詣りは観音さまの最大の功徳日に行われ、1日のお参りで千日分のご利益があると言われています。千日詣りは例年8月9日から16日、宵詣り(宵まいり)は例年8月14日から16日に行われています。なお千日詣りでは本堂の内々陣に献灯することもできます。
★由緒:千日詣りは平安時代に「源氏物語(げんじものがたり)」の作者・紫式部(むらさきしきぶ)や「枕草子(まくらのそうし)」の作者・清少納言(せいしょうなごん)も行ったと言われています。
清水寺千日詣り

【今年の漢字・日本漢字能力検定協会の解説】

★概要:今年の漢字は1995年(平成7年)に日本漢字能力検定協会のキャンペーンとして始まりました。今年の漢字は例年12月に本堂(清水の舞台)などで発表されています。今年の漢字は清水寺貫主(かんす)が巨大な和紙に漢字一字を揮毫(きごう)して発表されます。
清水寺今年の漢字

【塔頭・成就院の解説】

★概要:成就院(じょうじゅいん)は清水寺の塔頭です。成就院は室町時代中期に清水寺を再興した願阿上人(がんあしょうにん)の住房が起源です。成就院の月の庭は妙満寺(みょうまんじ)成就院の雪の庭と廃寺になった成就院の花の庭とともに成就院の雪月花の洛中三名園と言われていました。月の庭は北向きの為、池に映る月を観賞していたそうです。
★歴史:成就院では幕末に薩摩藩・西郷隆盛(さいごうたかもり)や勤皇の志士が集って密談を交わしていました。
成就院(アクセス・マップ:)

【塔頭・泰産寺の解説】

★概要:泰産寺(たいさんじ)は子安塔を守護する清水寺の塔頭です。子安塔は寺伝によると730年(天平2年)に第45代・聖武天皇(しょうむてんのう)の后・光明皇后(こうみょうこうごう)が仁王門前に建立し、聖武天皇・光明皇后の祈願所だったと言われています。なお泰産寺の「泰産」は安産を意味し、子授けのご利益があると言われています。

【塔頭・善光寺堂の解説】

★概要:善光寺堂(ぜんこうじどう)は清水寺の塔頭です。善光寺堂は地蔵菩薩を本尊とする地蔵院が起源です。善光寺堂では首ふり地蔵さんの首を360度回転させることができ、首を願いのある方向に向けて願うと願いが叶うと言われています。
★仏像:善光寺堂は本尊・地蔵菩薩立像や如意輪観音(にょいりんかんのん)坐像・阿弥陀如来三尊像を安置しています。

【地主神社(旧鎮守社)の解説】

★概要:地主神社(じしゅじんじゃ)はかつて清水寺の鎮守社だったが、明治維新後の神仏分離令によって独立しました。地主神社は社伝によると神代(かみよ)の昔、つまり日本の建国以前に創建されたと言われています。なお地主神社は世界遺産に登録され、本殿・拝殿・総門は重要文化財になっています。
地主神社(アクセス・マップ・・・)

【舌切茶屋などの茶屋の解説】

★概要:清水寺には山内に舌切茶屋(したきりちゃや)・忠僕茶屋(ちゅうぼくちゃや)・六花亭など5軒の茶屋があります。舌切茶屋・忠僕茶屋は幕末の安政の大獄で非業の死を遂げた成就院の住職・月照(げっしょう)と信海(しんかい)兄弟と彼らに仕えた近藤正慎(こんどうしょうしん)・大槻重助(おおつきじゅうすけ)に由来しています。舌切茶屋・忠僕茶屋は近藤正慎・大槻重助の功績に報いる為、遺族・家族に開設権を与えました。
★由緒:舌切茶屋は近藤正慎が自ら舌を噛み切って牢獄の壁に頭を打ち付けて亡くなったことに由来しています。忠僕茶屋は大槻重助が月照・信海に仕え、墓を守り続けましたことに由来しています。

【清水寺 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・清水寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

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