醍醐寺の見どころ完全ガイド|五重塔などの観光スポット解説

醍醐寺の見どころまとめ|国宝・重要文化財とおすすめ観光スポット
醍醐寺は世界遺産に登録された京都屈指の観光名所で、観光や修学旅行で絶対訪れたい人気スポットです。醍醐寺には本堂である金堂をはじめ、高さ約38メートルの五重塔、平安時代に建立された薬師堂など多彩な見どころが揃っています。このページでは国宝・重要文化財やおすすめの観光スポットを分かりやすくまとめて解説し、歴史・建築様式なども交えて紹介します。
【五重塔(国宝)の見どころ解説|醍醐寺最大の見どころ】
五重塔は醍醐寺観光で最も有名な見どころで、必ず訪れるべき定番スポットです。五重塔は京都府下最古の木造建造物で、京都府に残された貴重な平安建築と言われ、歴史的価値があります。五重塔は総高約38メートル、上空に突き出した相輪(そうりん)が全体の3分の1近くの長さ約12.8メートルで、独特のプロポーションが醍醐寺の中で一番写真・SNS映えします。五重塔は醍醐寺のシンボルで、初層に両界曼荼羅(りょうかいまんだら)・真言八祖(しんごんはっそ)などが描かれ、壁画18面が単独で国宝に指定され、日本における密教絵画の源流と言われ、芸術的価値があります。弘法大師・空海像は日本最古の空海像と言われています。
★五重塔は第60代・醍醐天皇の冥福(めいふく)を祈る為、936年(承平6年)に第61代・朱雀天皇が着工し、第62代・村上天皇の時代の951年(天暦5年)に完成したました。その後1585年(天正13年)に慶長伏見地震で損傷し、1598年(慶長3年)に関白・豊臣秀吉の援助によって修理されました。
★五重塔は三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)で、屋根が本瓦葺です。五重塔は初層から五層までの屋根の大きさの逓減率が大きくなっています。少し離れて眺めると屋根の大きさの違いを確認できます。
【金堂(国宝)の見どころ解説|醍醐寺の本堂】
金堂は醍醐寺の本堂で、訪れるべきスポットです。金堂は本尊・薬師如来(やくしにょらい)坐像(重要文化財)や日光菩薩(にっこうぼさつ)・月光菩薩(がっこうぼさつ)・四天王(してんのう)像を安置し、厳粛な雰囲気に包まれています。薬師如来は醍醐寺を訪れた際に最初にお参りしたい仏様です。
★金堂は926年(延長4年)に醍醐天皇の御願によって建立されたが、永仁年間(1293年~1299年)・文明年間(1469年~1487年)に焼失しました。現在の金堂は平安時代(794年~1185年)後期に後白河法皇(77代・後白河天皇)の御願寺だった紀州(和歌山)・満願寺(まんがんじ)の本堂として建立されました。1598年(慶長3年)から豊臣秀吉の命によって移築が開始され、豊臣秀吉没後の1600年(慶長5年)に落慶しました。醍醐寺80代座主・義演僧正と義演僧正に帰依した豊臣秀吉の関係を知る貴重な資料になっています。
★金堂は正面約21メートル・奥行約17メートルで、内陣・外陣(礼堂)に分かれているが、境界に結界がなく、一体の空間になっています。屋根は入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
【薬師堂(国宝)の見どころ解説|醍醐天皇の御願堂】
薬師堂は醍醐天皇の御願堂の歴史を持ち、上醍醐で唯一平安時代に建立された為、見どころになっています。薬師堂は内陣・外陣に分かれ、2012年(平成24年)に造仏された本尊・薬師三尊(やくしさんぞん)像を安置しています。薬師三尊像は霊宝館に移された薬師三尊(国宝)像とほぼ同じ大きさです。
★薬師堂は913年(延喜13年)に醍醐天皇の御願堂として創建され、歴史的価値があります。現在の薬師堂は1121年(保安2年)に再建されました。
★薬師堂は入母屋造の檜皮葺(ひわだぶき)です。蟇股(かえるまた)は京都宇治市の宇治上神神社の本殿・岩手平泉町の中尊寺の金色堂とともに日本三蟇股と言われています。軒下をチェックすると確認できます。
【開山堂(重要文化財)の見どころ解説|醍醐寺の聖域】
開山堂は上醍醐の一番奥に建立されている醍醐寺の聖域で、醍醐寺草創の歴史を深く知れる見どころです。開山堂は中央に理源大師像、左側に弘法大師像、右側に醍醐寺1世座主・観賢僧正(かんげんそうじょう)像を安置し、厳粛な雰囲気を感じられます。
★開山堂は911年(延喜11年)に理源大師・聖宝の弟子・観賢僧正が建立し、御影堂とも言われていたが、その後焼失し、鎌倉時代に再建されたが、その後荒廃しました。観賢僧正が刻んだ理源大師像も開山堂とともに焼失しました。現在の開山堂は1606年(慶長11年)に豊臣秀吉の子・秀頼が再建しました。
★開山堂は入母屋造で、前部が檜皮葺、後部がこけら葺です。
★醍醐寺には弘法大師・空海と理源大師・聖宝を祀る祖師堂も下醍醐に建立されているのが豆知識です。祖師堂は1605年(慶長10年)に義演僧正が建立しました。
【如意輪堂(重要文化財)の見どころ解説|醍醐寺堂塔の原点】
如意輪堂は醍醐寺の中で准胝堂(じゅんていどう)とともに最初に建立され、醍醐寺の堂塔の歴史を知ることができる見どころです。如意輪堂は本尊・如意輪観音(にょいりんかんのん)像、脇の間に毘沙門天(びしゃもんてん)像・吉祥天(きっしょうてん)像を安置しています。如意輪観音は堂下の岩に飛来して立ったという伝承が残されています。
★如意輪堂は「醍醐寺縁起」によると876年(貞観18年)に理源大師・聖宝が准胝堂とともに最初に建立しました。現在の如意輪堂は1606年(慶長11年)に豊臣秀頼が開山堂とともに再建しました。
★如意輪堂は懸造で、屋根が入母屋造のこけら葺です。
【清滝宮拝殿(国宝)の見どころ解説|上醍醐】
上醍醐・清滝宮拝殿は清滝宮本殿を参拝する為の社殿です。清滝宮本殿は弘法大師・空海が唐(中国)長安の青龍寺(せいりゅうじ)から勧請した密教の守護神・清滝権現(せいりゅうごんげん)を祀っています。
★清滝宮拝殿は1434年(永享6年)に再建されました。清滝宮本殿は1088年(寛治2年)に建立され、1939年(昭和14年)に焼失し、1957年(昭和32年)に再建されました。
★清滝宮拝殿は懸造(かけづくり)で、屋根が入母屋造の檜皮葺です。
【清滝宮本殿(重要文化財)の見どころ解説|醍醐寺の鎮守社】
下醍醐・清滝宮本殿は醍醐寺の鎮守社(ちんじゅしゃ)です。清滝宮本殿は上醍醐の清滝宮本殿から清滝権現を勧請して祀っています。
★清滝宮本殿は1097年(永長2年)に建立され、文明年間(1469年~1487年)に兵火で焼失し、1517年(永正14年)に再建されました。清滝宮拝殿は1599年(慶長4年)に義演僧正が建立しました。
★清滝宮本殿は三間社(さんげんしゃ)流造(ながれづくり)の檜皮葺です。
【成身院(女人堂)の見どころ解説|女人禁制の結界】
成身院(じょうしんいん)は上醍醐への登山口に建立され、入山料の支払所があります。成身院はかつて上醍醐が女人禁制だった為、女性が登れる限界で、女性が上醍醐の諸仏を拝んだことから女人堂とも言われています。成身院は准胝堂(じゅんていどう)に祀られていた准胝観音の分身像を安置しています。
★成身院は江戸時代(1603年~1868年)初期に再建されたと言われています。
【観音堂の見どころ解説|西国三十三所の札所】
観音堂は大講堂だったが、准胝堂が焼失したことから西国三十三所の第11番札所になっています。観音堂は本尊・丈六の阿弥陀如来(あみだにょらいざぞう)坐像を安置しています。観音堂は林泉などとともに大伝法院(だいでんぽういん)と言われています。
★観音堂は1930年(昭和5年)に醍醐天皇一千年御忌を記念し、実業家・山口玄洞(やまぐちげんどう)の寄進によって建立されました。
★観音堂は宝形造(ほうぎょうづくり)の本瓦葺です。
【西大門(仁王門)の見どころ解説|醍醐寺の出入口】
西大門(仁王門)は醍醐寺の出入口で、観光客や修学旅行生を向かい入れます。西大門にはかつて南大門に安置されていた仁王(におう・金剛力士(こんごうりきし))像(重要文化財)を安置し、仁王門とも言われています。仁王像は1134年(長承3年)に仏師・勢増と仁増が造仏したと言われています。
★西大門は1605年(慶長10年)に豊臣秀頼が再建しました。
★西大門は三間一戸の楼門で、屋根が入母屋造の本瓦葺です。
●上記以外は下記リンクから確認することができます。
醍醐寺見どころ(五大堂・真如三昧耶堂など)
【醍醐寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
醍醐寺では桜・紅葉シーズンに例年ライトアップを行っており、昼間には見られない神秘的な絶景が見られ、ライトアップが見どころになっています。桜は日本さくら名所100選に選ばれ、昼間でも圧巻。なお8月5日の万灯会でも金堂・五重塔がライトアップされ、参道が置き灯篭や提灯の火で照らされます。
●住所:京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
●アクセス:京都駅八条口からはバス山急醍醐寺行きで「醍醐寺」下車すぐ、地下鉄東西線の「醍醐駅」下車徒歩約10分
*参考・・・醍醐寺(見どころ・アクセス・・・)公式ホームページ
















