仁和寺見どころ-修学旅行・観光の簡単解説

仁和寺見どころ

仁和寺見どころ簡単解説

仁和寺見どころポイントを簡単にまとめて解説しています。仁和寺で見逃せない金堂(国宝)・五重塔(重文)・御室桜(名勝)を解説しています。仁和寺有数の見どころである金堂は紫宸殿の最古の遺構と言われています。五重塔は寛永年間を代表する塔と言われています。(仁和寺見どころ下記参照)

【仁和寺見どころ解説以外の情報】
仁和寺基本情報

【仁和寺 歴史・簡単概要】 京都世界遺産
大内山・仁和寺(にんなじ)とは平安時代前期の886年(仁和2年)に第58代・光孝天皇(こうこうてんのう)が西山御願寺(にしやまごがんじ)を創建することを発願したのが起源です。しかし翌887年(仁和3年)に光孝天皇が完成を見ずに崩御し、888年(仁和4年)に第59代・宇多天皇(うだてんのう)が父・光孝天皇の遺志を引き継いで創建しました。当初西山御願寺と言われていたが、その後年号寺・仁和寺になりました。897年(寛平9年)に宇多天皇は第60代・醍醐天皇(ごだいごてんのう)に譲位し、東寺一長者(とうじいちちょうじゃ)・益信(やくしん)を戒師(かいし)として落髪して第1世になり、御室御所(おむろごしょ)と言われました。
京都世界遺産・仁和寺歴史(起源・・・)

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【仁和寺-金堂・見どころ解説】★★★修学旅行・観光必見
金堂は見逃せない国宝です。金堂には須弥壇(しゅみだん)があり、壁面に浄土図(じょうどず)や観音図(かんのんず)などが極彩色で描かれています。金堂は江戸時代前期の1613年(慶長18年)に御所の紫宸殿(ししんでん)として造営され、寛永年間(1624年~1645年)に移されて宮殿から仏堂に改められました。金堂は檜皮葺(ひわだぶき)から瓦葺に変えられたが、宮殿様式を残しています。金堂は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。金堂は建築様式に注目です。
(仁和寺-金堂・ポイント豆知識)
●金堂は本尊・阿弥陀三尊(あみださんぞん)や四天王(してんのう)像・梵天(ぼんてん)像を安置しています。かつての本尊・木造阿弥陀如来及両脇侍像(国宝)は霊宝館に移されています。
★阿弥陀如来は大乗仏教の如来の一尊で、西方の極楽浄土の教主とされています。阿弥陀如来は生あるものを全てを救う如来とされています。阿弥陀如来は法蔵比丘(ほうぞうびく)という菩薩だったが、48の誓願を立てて修行して仏になり、仏国土である極楽浄土を設立して現在もそこで説法しているとされています。
●金堂は現存する紫宸殿の最古の遺構と言われています。金堂はその歴史にも注目です。
金堂見どころ(概略・・・)

【仁和寺-五重塔・見どころ解説】★★★修学旅行・観光必見
五重塔は見逃せない重要文化財です。五重塔は三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)で、各層がほぼ同じ大きさです。五重塔は中央に心柱( しんばしら )、その周囲に4本の四天柱があり、柱・壁面に真言八祖(しんごんはっそ)・仏・菊花文様(きっかもんよう)などが描かれています。初層に真言密教(しんごんみっきょう)の教主・大日如来(だいにちにょらい)を示す梵字(ぼんじ)の額が掛けられています。五重塔は江戸時代前期の1644年(寛永21年)に建立されました。五重塔は日本一高い京都・東寺の五重塔とともに寛永年間(1624年~1645年)を代表する塔と言われています。五重塔は和風建築で、本瓦葺です。五重塔は最大のハイライトです。
(仁和寺-五重塔・ポイント豆知識)
●五重塔は総高約36.18メートル、塔身(とうしん)約32.7メートルです。五重塔は間近に近付くことができ、その高さに注目です。仁和寺は御室桜が京都屈指の桜の名所とされ、五重塔は桜のシーズンに御室桜越しの姿が特に美しと言われています。五重塔はインスタ映えします。
●五重塔は大日如来、その周囲に無量寿如来(むりょうじゅにょらい・阿弥陀如来(あみだにょらい))など四方仏を安置しています。
五重塔見どころ(概略・・・)

【仁和寺-御影堂・見どころ解説】★★修学旅行・観光必見
御影堂(みえいどう)は重要文化財です。御影堂は約10メートル四方の小堂です。御影堂は安土桃山時代から江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)に御所の清涼殿(せいりょうでん)の一部として造営され、寛永年間(1624年~1645年)に移された部材を使って再建されました。御影堂は檜皮葺の宝形造(ほうぎょうづくり)です。御影堂はその歴史と建築様式に注目です。
(仁和寺-御影堂・ポイント豆知識)
●御影堂は真言宗の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海像、第1世・宇多法皇像、第2世・性信入道親王(しょうしんにゅうどうしんのう)像を安置しています。
●御影堂は蔀戸(しとみど)に清涼殿の金具などが使われています。
御影堂見どころ(概略・・・)

【仁和寺-観音堂・見どころ解説】★★修学旅行・観光必見
観音堂は重要文化財です。観音堂には内陣・外陣があります。須弥壇の背後・壁面・柱などに白衣観音(びゃくえかんのん)・仏・高僧などが極彩色で描かれています。観音堂は江戸時代初期の1641年(寛永18年)~1645年(正保2年)に建立されました。観音堂は本瓦葺の入母屋造です。
(仁和寺-観音堂・ポイント豆知識)
●観音堂は本尊・千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)、脇侍(わきじ)に不動明王(ふどうみょうおう)・降三世明王(ごうざんぜみょうおう)、その周囲に千手観音の眷属(けんぞく)である二十八部衆(にじゅうはちぶしゅう)を安置しています。
●観音堂は伝わっている法流の相承などに使われています。
観音堂見どころ(概略・・・)

【仁和寺-経蔵・見どころ解説】
経蔵は重要文化財です。経蔵は両開きの板唐戸(いたからど)や花頭窓(かとうまど)がある禅宗様(ぜんしゅうよう)です。内部に八角輪蔵(はっかくりんぞう)があり、壁面に八大菩薩(はちだいぼさつ)・十六羅漢(じゅうろくらかん)が描かれています。経蔵は江戸時代初期の1641年(寛永18年)~1645年(正保2年)に建立されました。経蔵は本瓦葺の宝形造です。経蔵は花頭窓などの建築様式に注目です。
(仁和寺-経蔵・ポイント豆知識)
●経蔵は釈迦如来(しゃかにょらい)・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)・普賢菩薩(ふげんぼさつ)などを安置しています。
●経蔵の八角輪蔵には各面に96の経箱・合計768の経箱があり、天海版(てんかいばん・寛永寺版(かんえいじばん))の一切経(いっさいきょう)が収められています。
経蔵見どころ(概略・・・)

【仁和寺-遼廓亭・見どころ解説】
茶室・遼廓亭(りょうかくてい)は重要文化財です。遼廓亭には二畳半の茶室・水屋と広間・控えの間・勝手の間があります。露地庭(ろじにわ)には築山(つきやま)・小池・飛石などが配されています。遼廓亭は織田信長の実弟・織田有楽斎(おだうらくさい・織田長益(おだながます))作で、正伝永源院(しょうでんえいげんいん)にあった国宝・如庵(じょあん)と同様式の尾形光琳(おがたこうりん)好みとも言われています。また江戸時代中期(1661年~1750年)に建てられとも言われています。飛濤亭はこけら葺(こけらぶき)の北面寄棟造(よせむねづくり)・南面入母屋造です。
(仁和寺-遼廓亭・ポイント豆知識)
●遼廓亭は四方正面の亭とも言われています。
●遼廓亭は江戸時代後期の天保年間(1830年~1844年)に門前にあった絵師・尾形光琳邸から移したとも言われています。
遼廓亭見どころ(概略・・・)

【仁和寺-飛濤亭・見どころ解説】
茶室・飛濤亭(ひとうてい)は重要文化財です。飛濤亭は草庵風の茶席です。飛濤亭には四畳半の茶室・水屋の間・勝手の間があります。飛濤亭には腰を屈めずに入れる貴人口(きにんぐち)があります。露地には蹲踞(つくばい)・灯籠(とうろう)・飛石などが配されています。飛濤亭は江戸時代末期(1830年~1867年)に建てられました。飛濤亭は茅葺(かやぶき)の入母屋造です。
(仁和寺-飛濤亭・ポイント豆知識)
●飛濤亭は第119代・光格天皇(こうかくてんのう)遺愛とも言われています。
●飛濤亭は山内の小丘に建てられています。
飛濤亭見どころ(概略・・・)

【仁和寺-九所明神・見どころ解説】★修学旅行・観光必見
九所明神(くしょみょうじん)は重要文化財です。九所明神は守護神とも言われています。九所明神には本殿・左殿・右殿があります。九所明神は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1645年)に造営されたと言われています。本殿は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)、左殿・右殿は四間社流見世棚造(よんけんしゃながれみせだなづくり)です。九所明神は建築様式に注目です。
(仁和寺-九所明神社・ポイント豆知識)
●九所明神社は本殿に八幡三神(はちまんさんしん)、左殿に賀茂上下(上賀茂神社・下鴨神社)・日吉(日吉大社西本宮)・武答(八坂神社)・稲荷(伏見稲荷大社)、右殿に松尾(松尾大社)・平野(平野神社)・小日吉(日吉大社東本宮)・木野嶋(木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ))の計九座の明神を祀っています。九所明神社はパワースポットです。
●九所明神社は鎌倉時代前期の1212年(建暦2年)に山内の南から現在の場所に移されました。
●九所明神社近くには3つのキリシタン灯籠(織部型灯籠(おりべがたとうろう)があります。
九所明神見どころ(概略・・・)

【仁和寺-鐘楼・見どころ解説】
鐘楼(しょうろう)は重要文化財です。鐘楼は二階建てで、階上(2階)が朱塗り(しゅぬり)で高欄(こうらん)が周囲に廻らされています。梵鐘(ぼんしょう)は周囲が板で覆われて見えません。鐘楼は江戸時代前期の1644年(寛永21年)に建立されたと言われています。鐘楼は本瓦葺の入母屋造です。鐘楼建築様式に注目です。
(仁和寺-鐘楼・ポイント豆知識)
●鐘楼は桁行三間・梁間二間です。
●鐘楼は裾(すそ)が袴型の為、袴腰式(はかまごししき)とも言われています。珍しい姿に注目です。

【仁和寺-二王門・見どころ解説】★★修学旅行・観光必見
二王門は見逃せない重要文化財です。二王門は正面に建立された2階建ての二重門(にじゅうもん)です。二王門は江戸時代前期の1641年(寛永18年)~1645年(正保2年)に建立されました。二王門は和様(わよう)で、本瓦葺の入母屋造です。二王門もハイライトです。
(仁和寺-二王門・ポイント豆知識)
●二王門は高さ約18.7メートルです。二王門は知恩院(ちおんいん)の三門・南禅寺(なんぜんじ)の三門とともに京の三大門と言われています。二王門はその大きさに注目です。二王門は道路に面し、境外からも眺められます。
●二王門は阿吽(あうん)の二王(におう・金剛力士(こんごうりきし))像を安置しています。後面に唐獅子(からじし)像も安置します。二王にも注目です。
二王門見どころ(概略・・・)

【仁和寺-中門・見どころ解説】
中門は重要文化財です。中門は八脚門(はっきゃくもん)です。側面の妻部には二重虹梁蟇股(にじゅうこうりょうかえるまた)があります。中門は江戸時代前期の1641年(寛永18年)~1645年(正保2年)に建立されました。中門は本瓦葺の切妻造(きりづまづくり)です。
(仁和寺-中門・ポイント豆知識)
●中門は左に西方天(広目天(こうもくてん))、右に東方天(持国天(じこくてん))を安置しています。

【仁和寺-本坊表門・見どころ解説】
本坊表門は重要文化財です。本坊表門は薬医門(やくいもん)です。本坊表門は安土桃山時代から江戸時代初期の1596年(文禄5年)~1615年(慶長20年)に建立されました。本坊表門は京都御所・女御御里御殿(にょうごおさとごでん)の西御台所門を移したとも言われています。本坊表門は本瓦葺です。

【仁和寺-御影堂中門・見どころ解説】
御影堂中門は重要文化財です。御影堂中門は一間平唐門(いっけんひらからもん)です。御影堂中門は江戸時代前期の1641年(寛永18年)~1645年(正保2年)に建立されました。御影堂中門は檜皮葺です。

【仁和寺-御殿・見どころ解説】★修学旅行・観光必見
御殿(宸殿・霊明殿・黒書院・白書院)は見逃せない登録有形文化財です。御殿は宸殿・霊明殿・黒書院・白書院に分かれています。御殿は御所・常御殿を移して建立されたが、1887年(明治20年)に焼失し、明治時代末期から大正時代初期に再建されました。御殿は明治以降の御殿建築の傑作とも言われています。
(仁和寺-御殿・ポイント豆知識)
●御殿ではかつて第59代・宇多天皇(うだてんのう)が御所を営んでいたと言われています。
●宸殿は儀式・式典などで使われています。宸殿には日本画家・原在泉(はらざいせん)が描いた襖絵(ふすまえ)などがあります。なお宸殿は檜皮葺の入母屋造です。
●霊明殿は院家(いんげ)・喜多院(きたいん)の本尊・薬師如来(やくしにょらい)坐像を安置しています。霊明殿には近衛文麿(このえふみまろ)筆の扁額が掛かっています。なお霊明殿は檜皮葺の宝形造です。
●黒書院は花園にあった旧・安井門跡(やすいもんぜき)の寝殿(しんでん)を移して改造したものです。黒書院には日本画家・堂本印象(どうもといんしょう)が描いた襖絵があります。なお黒書院は桟瓦葺(さんがわらぶき)の入母屋造です。
●白書院には日本画家・福永晴帆(ふくながせいはん)が描いた松の絵があります。なお白書院は瓦葺です。
御殿見どころ(概略・・・)

●上記以外の仁和寺見どころは下記リンクから確認することができます。
仁和寺見どころ

【仁和寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都世界遺産・仁和寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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