泉涌寺見どころ-修学旅行・観光ポイントまとめ

泉涌寺見どころ

泉涌寺見どころ

泉涌寺見どころを解説しています。修学旅行・観光に役立つ簡単まとめを提供。泉涌寺で見逃せない仏殿(重要文化財)と蟠龍図・楊貴妃観音などを解説しています。泉涌寺有数の見どころである楊貴妃観音は1955年(昭和30年)から公開され、美人祈願を行う女性参拝者が多いそうです。(泉涌寺見どころ下記参照)

【泉涌寺 歴史・簡単概要】
泉涌寺(せんにゅうじ)とは起源が明確ではありません。泉涌寺は平安時代前期の天長年間(824年~834年)に真言宗(しんごんんしゅう)の開祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が草庵を結んで、法輪寺(ほうりんじ)と名付けたのが起源とも言われています。また泉涌寺は856年(斉衡3年)に左大臣で、泉涌寺開基・藤原緒嗣(ふじわらのおつぐ)が泉涌寺開山・神修上人(じんしゅうしょうにん)に山荘を与えて寺院に改め、仙遊寺(せんゆうじ)と称したのが起源とも言われています。その後鎌倉時代前期の1218年(建保6年)に真言宗泉涌寺派の宗祖である月輪大師(がちりんだいし)・俊じょう(しゅんじょう)が鎌倉幕府初代将軍・源頼朝(みなもとのよりとも)の家臣・宇都宮信房(うつのみやのぶふさ)から寄進され、1226年(嘉禄2年)に宋法式を取り入れた大伽藍を造営し、泉涌寺に寺号を改めました。
泉涌寺歴史年表

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【泉涌寺-仏殿・見どころ解説】 ★★★修学旅行必見
仏殿は見逃せない重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日)です。仏殿は花頭窓(かとうまど)などを用いた禅宗様(ぜんしゅうよう)で、内陣・外陣に分かれています。内陣には江戸時代前期の絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描いた雄壮な雲龍・蟠龍図(ばんりゅうず)や白衣観音(びゃくえかんのん)図・飛天(ひてん)図があります。白衣観音はどこから見ても必ず目が合うと言われています。 仏殿は江戸時代前期の1668年(寛文8年)に江戸幕府4代将軍・徳川家綱(とくがわいえつな)が再建しました。なお仏殿は本瓦葺(ほんがわらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。仏殿は一重もこし(裳階)付きです。
(泉涌寺-仏殿・ポイント)
●仏殿は桁行三間・梁間三間です。禅宗様の仏殿では日本最大級とも言われています。
●仏殿は泉涌寺本尊として、過去・現在・来世を表し、仏師・運慶(うんけい)作とも言われる釈迦如来(しゃかにょらい)像(現在)・阿弥陀如来(あみだにょらい)像(過去)・弥勒如来(みろくにょらい)像(来世)を安置しています。
泉涌寺-仏殿(歴史概略・特徴・・・)

【泉涌寺-蟠龍図・見どころ解説】
蟠龍図(ばんりゅうず)は仏殿の鏡天井にあります。蟠龍図は畳8畳分の大きさがあります。蟠龍図は1669年(寛文9年)に絵師・狩野永徳(かのうえいとく)の孫である絵師・狩野探幽が描きました。

【泉涌寺-開山堂・見どころ解説】 ★★★修学旅行必見
開山堂は見逃せない重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日)です。開山堂は第87代・四条天皇(しじょうてんのう)などの陵墓(りょうぼ)・月輪陵(つきのわのみささぎ)の奥にあります。開山堂は塔身が卵形で、真言宗泉涌寺派の宗祖である月輪大師・俊じょうの墓所である石造無縫塔(むほうとう)・開山塔(重要文化財)を安置しています。開山堂は江戸時代前期の寛文年間(1661年~1672年)頃に建立されました。なお開山堂は檜皮葺(ひわだぶき)の宝形造(ほうぎょうづくり)です。開山堂は正面に軒唐破風(のきからはふ)付きです。
(泉涌寺-開山堂・ポイント)
●開山堂は正面一間・背面二間・側面二間です。
●開山塔は宋(中国)の石工作とも、鎌倉時代前期(1185年~1274年)とも言われています。開山塔は日本最古とも言われています。

【泉涌寺-大門・見どころ解説】 ★★★修学旅行必見
大門は重要文化財(1966年(昭和41年)6月11日)です。大門は四脚門(よつあしもん)です。大門には南宋(中国)の書家・張即之(ちょうそくし)筆とも言われている扁額「東山」が掛けられ、東山門とも言われています。大門は桃山時代から江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)に御所の南門として造営され、江戸時代前期の寛永年間(1624年~1645年)に移されました。なお大門は本瓦葺の切妻造(きりづまづくり)です。
(泉涌寺-大門・ポイント)
●大門には蟇股(かえるまた)に唐獅子(からじし)・龍(りゅう)・麒麟(きりん)・獏(ばく)などの霊(れいじゅう)獣が彫られています。

【泉涌寺-石造無縫塔・見どころ解説】
石造無縫塔は重要文化財です。無縫塔は開山堂の北に2基並んで建っています。2基はほぼ同形式だが、南の塔の方が裝飾が多い。無縫塔は室町時代前期(1333年~1392年)に造られたと言われています。

【泉涌寺-楊貴妃観音堂・見どころ解説】 ★修学旅行必見
見逃せない楊貴妃観音堂(ようきひかんのんどう)は大門を入った左手奥にあります。楊貴妃観音堂は楊貴妃観音像(重要文化財)を安置しています。楊貴妃観音堂は江戸時代前期の寛文年間(1661年~1673年)に建立されたと言われています。なお楊貴妃観音堂は楊貴妃のような美しくなれるように美人祈願を行う女性参拝者が多いそうです。
(泉涌寺-楊貴妃観音堂・ポイント)
●楊貴妃観音は鎌倉時代前期の1255年(建長7年)に真言宗泉涌寺派の宗祖である月輪大師・俊じょうの弟子・湛海(たんかい)がお釈迦様の遺骨・仏舎利(ぶっしゃり)とともに南宋(中国)から持ち帰ったと言われています。楊貴妃観音はかつて100年に一度公開する秘仏でだったが、請来700年目の1955年(昭和30年)から一般公開されています。
●楊貴妃観音は当初楊柳観音(ようりゅうかんのん)と言われていたが、美しい面立から楊貴妃観音と言われるようになりました。なお楊貴妃は唐(中国)の玄宗(げんそう)皇帝の妃で、その美貌から玄宗皇帝に失政があったとされて討たれました。

【泉涌寺-舎利殿・見どころ解説】 ★修学旅行必見
見逃せない舎利殿は京都府指定文化財です。舎利殿は仏殿の後ろにあります。舎利殿は天井に絵師・狩野山雪(かのうさんせつ)が描いた蟠龍図があります。舎利殿は慶長年間(1596年~1615年)に京都御所に造営された建物を移して改められ、その後現在の場所に移されたと言われています。
(泉涌寺-舎利殿・ポイント)
●舎利殿は湛海が南宋(中国)の白蓮寺(びゃくれんじ)から請来したという仏牙舎利(釈尊の歯)を安置しています。また韋駄天像(重要文化財)・月蓋長者像(重要文化財)も安置しています。
●舎利殿は謡曲・舎利に歌われています。
●舎利殿では毎年10月7日・8日に舎利会宿忌が行われます。

【泉涌寺-蟠龍図・見どころ解説】
蟠龍図・鳴き龍は舎利殿の天井にあります。蟠龍図は龍の目を見ながら手を叩くと鳴き返すように残響音が響くことから「鳴き龍」とも言われています。蟠龍図は絵師・狩野山雪が描きました。なお蟠龍図は通常非公開だが、12年に1度の辰年に特別公開されます。

【泉涌寺-霊明殿・見どころ解説】
霊明殿は尊牌殿です。霊明殿は内陣・中陣・外陣に分かれています。霊明殿には第111代・後西天皇による扁額「霊明」が掛かっています。霊明殿は1882年(明治15年)に焼失し、1884年(明治17年)に第122代・明治天皇が再建しました。なお霊明殿は檜皮葺の入母屋造です。霊明殿は尾州檜材で全て造られています。
(泉涌寺-霊明殿・ポイント)
●霊明殿には第38代・天智天皇、第49代・光仁天皇から第124代・昭和天皇までの歴代天皇・皇后の尊牌(位牌)を安置しています。

【泉涌寺-御座所・見どころ解説】
御座所は仏殿と舎利殿の後ろにあります。御座所には玉座の間・皇族の間・勅使の間・侍従の間・女官の間・門跡の間などがあります。また御車寄もあります。御座所は1818(文化15年)に建てられた御所・御里御殿を1884年(明治17年)に移しました。
(泉涌寺-御座所・ポイント)
●御座所の玉座の間は天皇・皇后が訪れた際に休息所として使用されています。
●御座所には第119代・光格天皇の遺品である桑製の机が置かれています。

【泉涌寺-海会堂・見どころ解説】
海会堂(かいえどう)は御座所に接しています。海会堂は土蔵造の仏堂です。海会堂は御所内の仏殿である御黒戸(おくろど)を明治維新後の神仏分離令を機に移しました。なお海会堂は本瓦葺の宝形造です。
(泉涌寺-海会堂・ポイント)
●海会堂には歴代天皇・皇后・親王らの念持仏30数体が安置されています。また阿弥陀如来坐像と真言宗泉涌寺派の宗祖・俊じょう律師像も安置しています。

【泉涌寺-心照殿・見どころ解説】 ★修学旅行必見
心照殿(しんしょうでん)は楊貴妃観音堂に接しています。心照殿は所有する文化財を収蔵・展示しています。心照殿は2004年(平成16年)に建設されました。心照殿は無料ですが、拝観料は必要です。

【泉涌寺-鎮守社・見どころ解説】
鎮守社は境内北側にある森の中にあります。鎮守社には本殿・拝殿があります。本殿は1668年(寛文8年)に建立されました。なお本殿は銅板葺の一間社流造です。
(泉涌寺-鎮守社・ポイント)
●鎮守社は稲荷大明神(いなりだいみょうじん)を祀っています。

【泉涌寺-泉涌水屋形・見どころ解説】 ★修学旅行必見
泉涌水屋形(せんにゅうすいやかた)は京都府指定文化財です。水屋形は寺号の由来となった泉涌水(せんにゅうすい)を覆っています。泉涌水は今もこんこんと湧き出しています。水屋形は1668年(寛文8年)に再建されました。なお水屋形はこけら葺の入母屋造です。

【泉涌寺-浴室・見どころ解説】
浴室は京都府指定文化財です。浴室は床下の鉄釜で湯を沸かす蒸し風呂です。浴室は泉涌水屋形近くにあります。浴室はかつて仏殿の北にあったが、1897年(明治30年)に現在の場所に移されました。浴室は寛文年間(1661年~1673年)に再建されました。なお浴室は切妻造です。

【泉涌寺-御座所庭園・見どころ解説】 ★修学旅行必見
見逃せない御座所庭園は御座所の東から海会堂の南に広がっています。御座所庭園には仙洞御所(せんとうごしょ)から移された雪見灯籠が据えられ、桂離宮(かつらりきゅう)の雪見灯籠とともに雪見灯籠の双璧と言われています。御座所庭園は1882年(明治15年)に焼失し、1884年(明治17年)に作庭されたと言われています。
(泉涌寺-御座所庭園・ポイント)
●第124代・昭和天皇は御陵参拝の際に「春ふけて 雨のそぼふる いけ水に かじかなくなり ここ泉涌寺」と詠みました。

【泉涌寺-紅葉・見どころ解説】
泉涌寺は紅葉の名所です。御座所庭園などの山内にカエデなどが植えられています。紅葉は例年11月中旬から11月下旬頃に見ごろを迎えます。なお紅葉が見ごろを迎える時期に窯元一帯で窯元もみじまつりが行われます。
泉涌寺紅葉見ごろ

【泉涌寺-本坊(寺務所)・見どころ解説】
本坊(寺務所)は舎利殿の奥に位置し、御座所、海会堂・霊明殿と繋がっています。本坊では御朱印・御朱印袋・お守り・ステッカ・お香などを授与しています。ちなみに泉涌寺ではその塔頭でも御朱印を授与している寺院もあります。(要確認)なお本坊では京都非公開文化財特別公開などで特別公開されることもあります。

【泉涌寺-涅槃会・見どころ解説】
毎年3月15日を中心に3月14日から16日の3日間、涅槃会(ねはんえ)が行われます。涅槃会ではお釈迦様が娑羅双樹の下で横たわり、弟子などが嘆き悲しむ様子を描いた涅槃図が掲げられます。涅槃図は縦約15メートル・横約7.3メートルで、日本一大きいと言われています。
泉涌寺涅槃会

【泉涌寺-別院・塔頭・見どころ解説】 ★修学旅行必見
泉涌寺山内には別院である雲龍院(うんりゅういん)や即成院(そくじょういん)などの塔頭(たっちゅう)があります。なお塔頭は祖師や高僧の死後、その弟子が祖師・高僧を慕って寄り沿うように創建した小さな寺院です。
(泉涌寺-別院・塔頭・ポイント)
●雲龍院は1372年(応安5年)に後光厳天皇が竹巌聖皐律師(ちくがんしょうこうりっし)を開山として、菩提所に建立しました。
●即成院は992年(正暦3年)に恵心僧都が伏見に建立した光明院が起源とも、寛治年間に橘俊綱が伏見山の山荘に阿弥陀如来などを安置したのが起源とも言われています。
●悲田院は聖徳太子が孤児や身寄りのない老人を収容する施設を造ったのが起源です。悲田院は1308年(延慶元年)に無人如導が一条安居院に再興し、四宗兼学の寺にしました。

【泉涌寺-泉山七福神巡り・見どころ解説】
毎年成人の日に泉山七福神巡り(せんざんしちふくじんめぐり)が行われます。泉山七福神巡りでは即成院(福禄寿)・戒光寺(弁財天)・観音寺(恵比寿神)・来迎院(布袋尊)・雲龍院(大黒天)・悲田院(毘沙門天)・法音院(寿老人)の七福神に番外である新善光寺(愛染明王)・楊貴妃観音堂(楊貴妃観音)を加えた九福神を巡ります。
(泉涌寺-泉山七福神巡り・ポイント)
●七福神信仰は室町時代に京都で始まったとされ、泉山七福神巡りが七福神巡りの起源とも言われてるそうです。
泉涌寺泉山七福神巡り

【泉涌寺見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都・泉涌寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ

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