三千院見どころ-修学旅行・観光ポイントまとめ

三千院見どころ

三千院見どころ

三千院見どころを解説しています。修学旅行・観光に役立つ簡単まとめを提供。三千院で見逃せない往生極楽院(重文)と阿弥陀三尊・わらべ地蔵を解説しています。三千院有数の見どころである往生極楽院は高さ約2.3メートルの阿弥陀三尊坐像(国宝)を堂内一杯に安置しています。(三千院見どころ下記参照)

【三千院 歴史・簡単概要】
三千院(さんぜんいん)とは奈良時代後期の788年(延暦7年)に天台宗(てんだいしゅう)の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)が比叡山(ひえいざん)に延暦寺(えんりゃくじ)を創建した際、東塔南谷に自作の薬師如来(やくしにょらい)像を本尊とする円融房(えんにゅうぼう)を建立したのが起源です。その後第3代天台座主の慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が引き継ぎ、平安時代後期以降は皇室(こうしつ)や摂関家(せっかんけ)の子弟が入寺する宮門跡(みやもんぜき)になりました。比叡山内から近江坂本・洛中へと移り、1871年(明治4年)以降は現在の場所に移りました。
三千院(アクセス・・・)基本情報

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【三千院-往生極楽院・見どころ】 ★★★修学旅行
往生極楽院(おうじょうごくらくいん・阿弥陀堂)は見逃せない重要文化財(1897年(明治30年)12月28日指定)です。往生極楽院は有清園(ゆうせいえん)の中にある杉苔(すぎごけ)に覆われた庭園・瑠璃光庭(るりこうてい)の中にあります。往生極楽院は元々無関係だったが、1871年(明治4年)に三千院が移って来るとその一部になりました。往生極楽院は小さな堂で、天井に天女(てんにょ)や諸菩薩(ぼさつ)など極楽浄土(ごくらくじょうど)を表す天井画が描かれています。往生極楽院は平安時代後期の1148年(久安4年)に建立されたと言われています。江戸時代前期の1616年(元和2年)に修理され、外側は建立当時のものはほとんど失われたと言われています。なお往生極楽院はこけら葺(こけらぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。往生極楽院は向拝(こうはい)一間です。
(往生極楽院・ポイント)
●往生極楽院は桁行四間・梁間三間です。高さ約2.3メートルの阿弥陀三尊(阿弥陀如来(あみだにょらい)・観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)・勢至菩薩(せいしぼさつ))坐像(国宝)を堂内一杯に安置しています。
●往生極楽院はかつて極楽院と言われていたが、1885年(明治18年)に名称が改められました。
●往生極楽院には平安時代中期の985年(寛和元年)に「往生要集(おうじょうようしゅう)」の著者である恵心僧都(えしんそうず)・源信(げんしん)が姉・安養尼(あんように・願証尼(がんしょうに))とともに建立したという寺伝が残されています。

【三千院-客殿・見どころ】
客殿は安土桃山時代の慶長年間(1596年~1614年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が御所・紫宸殿(ししんでん)を建て替えた際の旧材を使って建立されました。その後1912年(大正元年)に修補されました。
(客殿・ポイント)
●客殿には鈴木松年(すずきしょうねん)が描いた松龍騰空図(しょうりゅうとうくうず)、竹内栖鳳(たけうちせいほう)が描いた御殿場暮景図(ごてんばぼけいず) など京都画壇で活躍した日本画家による障壁画があったが、円融蔵に移されました。

【三千院-宸殿・見どころ】 ★★修学旅行
見逃せない宸殿(しんでん)はかつて宮中行事だった儀式・御懺法講(おせんぼうこう)を行う為に京都御所の紫宸殿(ししんでん)を模して造られました。宸殿には中の間・東の間・西の間などがあります。中の間には第112代・霊元天皇による扁額が掲げられています。宸殿は1926年(大正15年)に建立されました。なお宸殿は宮殿風寝殿造りです。
(宸殿・ポイント)
●中の間は本尊・薬師如来像(秘仏)、西の間は救世観音半跏像(重要文化財)・不動明王立像(重要文化財)などを安置しています。
●東の間には日本画家・下村観山(しもむらかんざん)が描いた虹の襖絵があり、虹の間とも言われています。
●東の間には玉座が置かれています。

【三千院-金色不動堂・見どころ】 ★★修学旅行
見逃せない金色不動堂は護摩祈祷などが行われる祈願道場です。2月28日には星まつり・春には金色不動大祭などが行われます。金色不動堂は1989年(平成元年)に建立されました。
(金色不動堂・ポイント)
●金色不動堂は智証大師(ちしょうだいし)・円珍(えんちん)作とも言われている本尊・不動明王立像(秘仏)を安置しています。不動明王立像は重要文化財です。

【三千院-観音堂・見どころ】
観音堂は1998年(平成10年)に両側の小観音堂とともに建立されました。観音堂の横には補陀洛浄土を模して、二十五菩薩を配した石庭・二十五菩薩慈眼の庭が作庭されています。
(観音堂・ポイント)
●観音堂は高さ約3メートルの金色の観音像、小観音堂は縁を結んだ方々の小観音像が安置されています。

【三千院-朱雀門・見どころ】
朱雀門(すざくもん)は境内の南側にあります。朱雀門はかつて正門だったが、現在は常時閉じられているそうです。朱雀門は重要文化財である東福寺(とうふくじ)月下門(月華門)を模した鎌倉様式の四脚門です。朱雀門は江戸時代に再建されました。

【三千院-御殿門・見どころ】 ★修学旅行
御殿門(ごてんもん)は高い石垣に囲まれた入り口にある薬医門 (やくいもん)です。御殿門は2003年(平成15年)に修復されました。なお御殿門は本瓦葺の切妻造です。

【三千院-聚碧園・見どころ】 ★★修学旅行
見逃せない庭園・聚碧園(しゅうへきえん)は客殿の庭園で、池泉観賞式庭園です。聚碧園は東部が山畔を利用した上下二段式、南部が円形とひょうたん形の池泉をむすんだ池庭です。聚碧園の隅には老木・涙の桜が植えられています。聚碧園は江戸時代の茶人・金森宗和(かねもりそうわ)が自らの手を加えたとも言われています。
(聚碧園・ポイント)
●聚碧園には緑(碧)の集(聚)まる地という意味があるそうです。

【三千院-有清園・見どころ】 ★★修学旅行
見逃せない庭園・有清園(ゆうせいえん)は宸殿から往生極楽院を眺める池泉回遊式庭園です。有清園は青苔に杉や桧(ひのき)などの木立が並び、山畔を利用して上部に三段式になった滝を配し、渓谷式に水を流して池泉に注ぎます。なお有清園には彫刻家・杉村孝(すぎむらたかし)作のわらべ地蔵も置かれています。
(有清園・ポイント)
●有清園の名称は西晋の詩人・謝霊運(しゃれいうん)が詠んだ招隠詩(しょういんし)の一節「山水清音有(山水に清音有り)」に由来しています。

【三千院-紫陽花苑・見どころ】
紫陽花苑は往生極楽院から金色不動堂に向かう参道脇にあります。紫陽花苑には小アジサイ・星アジサイ・山アジサイ・額アジサイ・蔓アジサイなど数千株の紫陽花が植えられています。紫陽花は例年6月中旬頃から見ごろを迎え、あじさい祭が行われています。
(紫陽花苑・ポイント)
●紫陽花苑には鎌倉時代中期に造仏された大原の石仏も安置されています。
三千院あじさい祭

【三千院-阿弥陀石仏・見どころ】 ★修学旅行
阿弥陀石仏は鎌倉時代に欣求浄土(ごんぐじょうど)を願った念仏行者が造仏したとも言われています。阿弥陀石仏はかつて炭を焼き始めた老翁が住んでいた売炭翁(ばいたんおきな)旧跡にあることから売炭翁石仏とも言われています阿弥陀石仏は高さ約2.25メートルで、単弁の蓮華座上に結跏跌座(けっかふざ)した座像です。

【三千院-弁財天・見どころ】
弁財天は往生極楽院から金色不動堂に向かう参道脇に祀られています。弁財天は京都ゑびす神社(恵美須神社)恵美須・妙円寺(松ヶ崎大黒天)の大黒天・毘沙門堂の毘沙門天・長楽寺の布袋尊・護浄院の福禄寿・行願寺の寿老人とともに京の七福神になっています。

【三千院-円融蔵・見どころ】
経蔵・円融蔵(えんゆうぞう)では融通念仏縁起絵巻・菊池芳文が描いた茅ヶ崎海岸図などの文化財を収蔵・展示しています。円融蔵は2006年(平成18年)に天台宗開宗1200年などを記念して建設されました。

【三千院-桜・紅葉・見どころ】
桜の名所・紅葉の名所です。山内には山桜・枝垂桜など約300本が植えられ、桜は例年4月中旬頃に見ごろを迎えます。またカエデなども植えられ、紅葉は例年11月中旬頃に見ごろを迎えます。なお大原は京都府内で嵐山・保津峡(亀岡市)とともに「日本の紅葉の名所100選」に選ばれています。
三千院桜見ごろ三千院紅葉見ごろ

【三千院-梶井門・見どころ】
梶井門(かじいもん)は応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))によって焼失し、大原に移った際に大徳寺に残された門です。梶井門は旧大宮通に面しています。梶井門はかつて開いていたが、現在は閉じられ、開けずの門とも言われています。
梶井門(大徳寺)(アクセス・・・)

【三千院-勝手神社・見どころ】
勝手神社(かってじんじゃ)はかつて魚山(ぎょざん)と言われた大原の守護神として崇敬されたとも言われています。魚山は山号で、中国の古代声明の中心地とも言われています。なお勝手神社は1125年(天治2年)に融通念仏の祖である聖応大師(しょうおうだいし)・良忍(りょうにん)が大和多武峰から声明道の守護神として勧請した言われています。
守護神・勝手神社(アクセス・・・)

【三千院見どころ 備考(参考リンク)】
*参考・・・京都・三千院(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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