大徳寺見どころ・簡単まとめ(方丈・・・)

大徳寺

大徳寺見どころ

大徳寺見どころ・簡単まとめ情報です。方丈(国宝)は正面約29メートル・側面約17メートルです。方丈・玄関は一休さん(一休宗純)の参徒で、京都の豪商・後藤益勝(ごとうますかつ)の寄進により、開祖である大燈国師・宗峰妙超の300年遠忌を記念して建立され、江戸時代初期に完成しました。

【大徳寺見どころ(見所) 基礎知識】
大徳寺(だいとくじ)は1315年(正和4年)に臨済宗の僧である大燈国師(だいとうこくし)・宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)が赤松円心(あかまつえんしん)の帰依を受け、紫野に小堂・大徳庵を建立したのが起源とも言われています。その後1325年(正中2年)に花園上皇(第95代・花園天皇)が宗峰妙超に帰依し、持明院統(北朝)の祈願所にしました。しかし1453年(享徳2年)の火災や応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、1474年(文明6年)に大徳寺第48代住持になった一休さん(一休宗純)が再興しました。
大徳寺歴史

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【大徳寺見どころ 方丈・玄関】★★★修学旅行・大徳寺見どころポイント
方丈・玄関は国宝です。方丈・玄関は境内の北にあり、土塀に囲まれています。方丈には前後2列・左右4列の計8室があり、玄関は土間廊です。方丈・玄関は一休宗純の参徒で、京都の豪商・後藤益勝(ごとうますかつ)の寄進により、開祖・宗峰妙超(大燈国師)の300年遠忌を記念して建立されました。方丈は1635年(寛永12年)、玄関は翌1636年(寛永13年)に完成しました。なお方丈は桟瓦葺の入母屋造、玄関は桟瓦葺の唐破風造です。
(大徳寺 方丈・玄関・ポイント)
●方丈は正面約29.8メートル・側面約17メートルです。
●方丈は計8室に絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描いた襖絵(重要文化財)があります。
●方丈は朝廷の勅使・幕府役人の接待や宗教行事などに使われました。
●方丈は宗峰妙超が墓所となる寺院を建立する必要はないと遺言した為、方丈の一部が墓所・雲門庵(うんもんあん・開山堂)になっています。

【大徳寺見どころ 唐門】★★★修学旅行・大徳寺見どころポイント
唐門(日暮門)は国宝です。唐門は四脚門(向唐門)です。唐門には随所に龍・鯉などの彫刻があります。唐門は安土桃山時代(1573年~1614年)に関白・豊臣秀吉が造営した聚楽第(じゅらくてい)の遺構を越後国村上藩主・村上忠勝(むらかみただかつ)が譲り受けて移したと言われています。唐門は2003年(平成14年)の京都府教育委員会による解体・修理の際、飾り金物から天正の刻銘が発見されました。なお唐門は檜皮葺の切妻造です。
(大徳寺 唐門・ポイント)
●唐門は日が暮れるまで見続けてしまうということから日暮門(ひぐらしもん)とも言われています。
●唐門は西本願寺の唐門・豊国神社の唐門と合わせて、桃山の三唐門と言われています。
●唐門がある場所にはかつて本能寺の変直後に明智光秀が寄進した明智門がありました。

【大徳寺見どころ 山門】★★修学旅行・大徳寺見どころポイント
山門(三門)は重要文化財です。山門は五間三戸二階二重門で、両脇に山廊があります。下層は1525年(大永5年)に連歌師・宗長(そうちょう)らが寄進し、上層は1589年(天正17年)に千利休(せんのりきゅう)が設けて、千利休が金毛閣(きんもうかく)と名付けました。金毛とは金毛の獅子(優れた禅僧)を意味するそうです。なお山門は本瓦葺の入母屋造です。
(大徳寺 山門・ポイント)
●山門は上層に雪駄を履いた利休木像が安置され、門を通る者は木像の下をくぐることになり、関白・豊臣秀吉の怒りを買って、利休切腹の一因になったとも言われています。
●山門は禅寺三門の中では東福寺の三門に次いで古いと言われています。

【大徳寺見どころ 仏殿】★★修学旅行・大徳寺見どころポイント
仏殿は重要文化財です。仏殿は山門と法堂の間にあります。仏殿は天井に剥落が進んでいるが、絵師・狩野元信(かのうもとのぶ)が描いた雲龍図があります。仏殿は応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、一休宗純が再建し、1665年(寛文5年)に京都の豪商・那波常有(なわじょうゆう)の寄進によって再建されました。なお仏殿は本瓦葺の入母屋造です。
(大徳寺 仏殿・ポイント)
●仏殿は須弥壇に江戸幕府4代将軍・徳川家綱が寄進した釈迦如来坐像が安置されています。
●仏殿には絵師・海北友松(かいほうゆうしょう)が描いた障壁画があります。

【大徳寺見どころ 法堂】★★修学旅行・大徳寺見どころポイント
法堂は重要文化財です。法堂は仏殿の北にあります。法堂は天井に絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描いた雲龍図があります。法堂は応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、一休宗純が再建し、1636年(寛永13年)に稲葉正則(いなばまさのり)が父・正勝(まさかつ)の遺志によって再建しました。なお法堂は一重もこし付で、本瓦葺の入母屋造です。
(大徳寺 法堂・ポイント)
●法堂は桁行五間・梁間四間です。

【大徳寺見どころ 雲龍図】
雲龍図(鳴き龍)は法堂のドーム状になった天井にあります。雲龍図は敷瓦の上で手を叩くと雲龍図に共鳴することから「鳴き龍」とも言われています。雲龍図は絵師・狩野永徳(かのうえいとく)の孫で、絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が35歳の時に描きました。

【大徳寺見どころ 寝堂】★★修学旅行・大徳寺見どころポイント
寝堂(茶堂)は重要文化財です。寝堂は法堂と方丈の間にあります。寝堂は応接間として使われました。寝堂は1630(寛永7年)に毛利家の家老・益田玄蕃頭元祥(ますだげんばのかみもとなが)が建立したと言われています。なお寝堂は檜皮葺の切妻造です。
(大徳寺 寝堂・ポイント)
●寝堂は桁行二間・梁間三間です。
●寝堂は茶堂(ちゃどう)とも言われています。

【大徳寺見どころ 経蔵】
経蔵は重要文化財です。経蔵は仏殿の東にあります。経蔵には経典を納める八角輪蔵(はっかくりんぞう)があります。経蔵は1636(寛永13年)に那波宗旦(なわそうたん)が再建しました。なお経蔵は本瓦葺の宝形造です。
(大徳寺 経蔵・ポイント)
●経蔵は桁行三間・梁間三間です。
●経蔵は1981年(昭和56年)から解体・修理の際、地下から室町時代前期の礎石が見つかりました。

【大徳寺見どころ 庫裏】★修学旅行・大徳寺見どころポイント
庫裏(くり)は重要文化財です。庫裏は本来台所です。庫裏は応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失したが、1636年(寛永13年)頃に淡路屋寿源(淡路屋某法名滴澗)が再建しました。庫裏は旧方丈の古材によって修復されたとも言われています。なお庫裏は切妻造です。
(大徳寺 庫裏・ポイント)
●庫裏は桁行26メートル・梁間19メートルです。

【大徳寺見どころ 浴室】
浴室は重要文化財です。浴室は山門の東にあります。浴室には南宋の書家・張即之(ちょうそくし)が書いた額が掛かっています。浴室は1620年(元和8年)に京都の豪商・灰屋紹由(はいやじょうゆう)が再建しました。なお浴室は本瓦葺です。
(大徳寺 浴室・ポイント)
●浴室は桁行六間・梁間五間です。

【大徳寺見どころ 侍真寮】
侍真寮(たいしんりょう)は重要文化財です。侍真寮は宗務本所の東にあります。侍真寮は後継住持の居室です。侍真寮は室町時代後期(1467年~1572年)に建立されました。なお侍真寮は桟瓦葺の切妻造です。
(大徳寺 侍真寮・ポイント)
●侍真寮は桁行約12.2メートル・梁間約4メートルです。

【大徳寺見どころ 鐘楼】
鐘楼は重要文化財です。鐘楼は法堂の東にあります。鐘楼は1583年(天正11年)に建立されました。なお鐘楼は袴腰付で、本瓦葺の入母屋造です。
(大徳寺 鐘楼・ポイント)
●鐘楼は桁行三間・梁間二間です。

【大徳寺見どころ 勅使門】★修学旅行・大徳寺見どころポイント
勅使門は重要文化財です。勅使門は山門前にある四脚門です。勅使門は慶長年間(1596年~1614年)に建てられた御所・陽明門(ようめいもん)を1640年(寛永17年)に第108代・後水尾天皇から賜って移しました。勅使門は檜皮葺の前後唐破風造・左右切妻造です。
(大徳寺 勅使門知識)
●勅使門は2000年(平成12年)に修復されました。

【大徳寺見どころ 梶井門】
梶井門(開けずの門)は旧大宮通に面しています。梶井門は延暦年間(782年~806年)に伝教大師・最澄が創建した三千院(梶井御所)の門だったが、三千院は(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失して大原に移り、梶井門だけが残されました。
(大徳寺 梶井門・ポイント)
●梶井門は開けずの門とも言われているが、かつては開いていたそうです。

【大徳寺見どころ 方丈庭園】★★修学旅行・大徳寺見どころポイント
方丈庭園は特別名勝です。方丈庭園は枯山水式庭園です。方丈庭園は方丈の前に広がる南庭と方丈の東にある東庭に分けられます。東庭は江戸時代初期に小堀遠州が作庭、南庭は1636年(寛永13年)に大徳寺169世・天佑紹杲(てんゆうじょうこう)が作庭したとも言われています。
(大徳寺 方丈庭園・ポイント)
●方丈庭園の東庭は比叡山・東山を借景にし、南庭は観音石・不動石・水分石など16個の石が置かれています。
●方丈庭園は江戸時代初期を代表する枯山水庭園と言われています。

【大徳寺見どころ 千体地蔵塚】
千体地蔵塚(千躰地蔵塚)は勅使門の東、塔頭・興臨院(こうりんいん)の北にあります。千体地蔵塚の地蔵の数は千体ではなく、約700体だそうです。千体地蔵塚のお地蔵さんには防空壕を掘る際に出てきたものもあるそうです。

【大徳寺見どころ イブキの木】
イブキ(伊吹)の木は京都市天然記念物です。イブキの木は仏殿の前にあります。仏殿は1665年(寛文5年)に再建されたことからイブキの木もその頃植えられたと言われています。イブキの木はヒノキ科の植物で、本州(宮城県以南)・四国・九州に分布しています。

【大徳寺 曝凉展】
毎年10月の第2日曜日に曝凉展(ばくりょうてん)が行われます。曝凉展は通常非公開である大徳寺本坊で行われる虫干しの寺宝展です。なお曝凉とは夏や秋などの天気がよく乾燥した日に風を通して虫やカビを防ぐものです。
曝凉展・大徳寺見どころ

【大徳寺 別院・塔頭】★修学旅行・大徳寺見どころポイント
大徳寺山内には徳禅寺などの別院2ヶ寺、総見院・黄梅院などの塔頭22ヶ寺があります。なお塔頭(たっちゅう)は祖師や高僧の死後、その弟子が祖師・高僧を慕って寄り沿うように創建した小さな寺院です。
(大徳寺 別院・塔頭・ポイント)
●徳禅寺(とくぜんじ)は大徳寺とは別に開山されたが、応仁の乱の兵火によって焼失し、一休さん(一休宗純)が現在の場所に移して再建したとも言われています。
徳禅寺
●総見院(そうけんいん)は1583年(天正11年)関白・豊臣秀吉が織田信長の一周忌追善法要の為に位牌所として建立しました。
総見院
●黄梅院(おうばいいん)は1562年(永禄5年)織田信長が父・信秀の追善菩提の為、豊臣秀吉に命じて小庵・黄梅庵を建立させたのが起源です。
黄梅院

【大徳寺見どころ(見所) 備考】
大徳寺基本情報

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