水路閣・南禅寺見どころ

南禅寺水路閣

水路閣

水路閣(南禅寺見どころ)を詳しく紹介します。水路閣は滋賀大津から京都宇治川まで流れる約20キロの琵琶湖疏水(第1疏水・第2疏水・疏水分線)の一部です。琵琶湖疏水は1885年(明治18年)に着工し、1894年(明治27年)に完成しました。ちなみに水路閣は1887年(明治20年)から約1年の歳月を掛けて完成しました。

【南禅寺見どころ・水路閣 基礎情報】
南禅寺(なんぜんじ)は1264年(文永元年)第88代・後嵯峨天皇が営んだ離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)があった場所です。1291年(正応4年)亀山法皇(第90代・亀山天皇)が大明国師(だいみょうこくし)・無関普門(むかんふもん)を開山として、離宮を寺に改め、龍安山禅林禅寺と名付けたと言われています。南禅寺は皇室発願の最初の禅寺になりました。南禅寺は室町時代に隆盛を極め、京都五山(天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺)、及び鎌倉五山(建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺)の上に置かれ、別格扱いの「五山之上」に列せられました。

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【南禅寺見どころ・水路閣 概要】
水路閣(すいろかく)は南禅寺の境内の南東にあり、南北に境内を縦断しています。水路閣の南側には南禅寺発祥の地と言われている南禅院(なんぜんいん)があります。水路閣は1983年(昭和58年)7月に京都市の指定史跡、1996年(平成8年)6月には国の史跡に指定されました。
●水路閣当初は亀山天皇陵前桟橋(かめやまてんのうりょうまえさんばし)・南禅寺桟橋(なんぜんじさんばし)などとも言われたそうです。
●南禅院は亀山上皇の離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)の上の御所(上の宮)があった場所です。南禅院は1287年(弘安10年)上の御所に持仏堂が建立されたのが起源です。

【南禅寺見どころ・水路閣 琵琶湖疏水】
水路閣は滋賀大津から京都宇治川まで流れる約20キロの琵琶湖疏水(第1疏水・第2疏水・疏水分線)の一部です。琵琶湖疏水は京都府知事・北垣国道(きたがきくにみち)が京都近代化政策の一環として計画し、1885年(明治18年)に着工し、1894年(明治27年)に完成しました。なお水路閣は1887年(明治20年)から約1年の歳月を掛けて完成しました。
●琵琶湖疏水は当初滋賀・京都・大阪を結ぶ水運が目的だったが、その後水力発電の増強・水道の新設が主要な役割になり、現在は水道水の確保が重要な役割になっています。
岡崎疏水・水路閣
山科疏水・水路閣

【南禅寺見どころ・水路閣 構造 長さ 高さ】
水路閣はアーチ型橋脚の構造物です。水路閣は長さ約93.2メートル・幅約4メートル・水路幅約2.4メートルです。水路閣の最も高い場所は地上約12.9メートルです。なお水路閣には毎秒2トンの水が流れているそうです。
●水路閣は花崗岩(かこうがん)と煉瓦造です。

【南禅寺見どころ・水路閣 設計】
水路閣は工部大学(東京大学)を卒業したばかりの工学者で、土木技術者である田辺朔郎(たなべさくろう)が南禅寺などの景観に配慮して設計しました。なお水路閣は1983年(昭和58年)7月1日に蹴上インクラインとともに「疏水運河のうち水路閣及びインクライン」として京都市指定の史跡になりました。
●インクラインは琵琶湖疏水の中に設けられた傾斜鉄道のことです。蹴上インクラインと伏見インクラインがあります。蹴上インクラインは全長約581.8メートルで、世界最長のインクラインとも言われています。
蹴上インクライン・水路閣

【南禅寺見どころ・水路閣 建設費】
水路閣を含む琵琶湖疏水の建設費は京都市の当時の予算の数倍とも、十数倍とも言われ、国の助成や府の予算でも足りず、市民への増税で賄われたそうです。その為反対の一因になったとも言われています。
●1885年(明治18年)からの第1疏水などの建設に総額125万円の費用を要したそうです。

【南禅寺見どころ・水路閣 テレビドラマ】
水路閣はテレビドラマ(サスペンスドラマ)の撮影に使用され、事件の謎解きや犯人の告白などが行われたりします。ただ建設当時は景観を破壊するとして反対の声を多かったそうです。現在は完成から100年以上経ち、境内の景観に完全に溶け込んでいるとも言われているそうです。
●テレビドラマなどの撮影に関し、京都市では京都市メディア支援センターを設置しています。

【南禅寺見どころ・水路閣 備考】
南禅寺基本情報南禅寺見どころ南禅寺見所ランキング南禅寺歴史

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