高山寺見どころのマトメ-修学旅行・観光の解説

高山寺(Kozan-ji Temple, Kosan-ji Temple)

高山寺見どころのマトメ・解説

高山寺見どころを簡単にまとめてポイント解説します。高山寺は世界遺産に登録され、見どころには鎌倉時代に建立された石水院(国宝)・漫画のルーツと言われる鳥獣人物戯画(国宝)・宝篋印塔(重文)があります。また修学旅行生や観光客に人気がある金堂・開山堂・遺香庵・茶園・仏像・紅葉などの見どころもあります。なお国宝・重要文化財・名勝・史跡などの文化財を中心に解説しています。

【注目の石水院(国宝)・善財童子の解説】

★概要:石水院は中興の祖・明恵上人時代(鎌倉時代)の唯一の遺構とも言われています。石水院は修学旅行や国内外の観光客が絶対に見る価値があるスポットです。石水院は南面から清滝川(きよたきがわ)を越えて向山を望めます。石水院は1235年(文暦2年)に春日明神(かすがみょうじん)・住吉明神(すみよしみょうじん)が祀られました。石水院には廂の間(ひさしのま)の欄間(らんま)に文人画家・儒学者(じゅがくしゃ)である富岡鉄斎(とみおかてっさい)筆の横額「石水院」が掛けられ、落板敷(おちいたじき)の中央に善財童子(ぜんざいどうじ)像を安置しています。また石水院には南面の欄間に伝・後鳥羽上皇の勅額「日出先照高山之寺(縦約105.8センチ・横約58.8センチ・厚約2.0センチ)」も掛けられています。なお石水院は五所堂とも言われています。
★歴史:石水院は1216年(建保4年)に東経蔵として建立され、その後石水院の名を継いだと言われています。また石水院は後鳥羽上皇(第82代・後鳥羽天皇)の学問所(賀茂の別院(かものべついん))を賜ったとも、明恵上人の住房跡とも言われています。石水院は中興の祖・明恵上人時代の唯一の遺構とも言われています。石水院は金堂(こんどう)の東側に建立されていたが、1889年(明治22年)に現在の場所に移されました。なおかつての石水院は東経蔵の谷向いに建立されていたが、1228年(安貞2年)に洪水によって消失しました。
★様式:石水院は屋根が入母屋造(いりもやづくり)のこけら葺(こけらぶき)です。

スポンサーリンク(Sponsor Link)

【圧巻の鳥獣人物戯画(国宝)4巻の解説】

★概要:紙本墨画鳥獣人物戯画(しほんぼくがちょうじゅうじんぶつぎが)4巻は教科書にも掲載されたこともあるが、見られるのが模本です。鳥獣人物戯画は修学旅行や観光で見る価値があります。鳥獣人物戯画は甲巻・乙巻・丙巻・丁巻の4巻から構成された墨画の絵巻で、詞(ことば)はなく、兎(うさぎ)・蛙(かえる)・猿・鹿などの動物を擬人化した絵のみです。なお甲巻・乙巻は東京国立博物館、丙巻・丁巻は京都国立博物館に寄託され、見られるのは模本です。
★歴史:甲巻・乙巻は平安時代後期(12世紀後半)、丙巻は鎌倉時代(12世紀~13世紀)、丁巻は鎌倉時代(13世紀)に制作されたとも言われています。高山寺には16世紀以降(戦国時代から桃山時代)に伝わったと言われています。
★作者:作者は明確ではありません。作者は天台寺門宗(てんだいじもんしゅう)総本山・園城寺(おんじょうじ・三井寺(みいでら))法輪院(ほうりんいん)の僧で、戯画の名手・鳥羽僧正覚猷(とばそうじょうかくゆう)とも言われています。鳥羽僧正覚猷は漫画の始祖とも言われています。また鳥羽僧正覚猷に協力して密教図像を収集した絵仏師・定智(じょうち)とも、天台宗総本山・延暦寺(えんりゃくじ)の塔頭・無動寺(むどうじ)の僧・義清阿闍梨(ぎせいあじゃり)とも言われています。なお鳥獣人物戯画は天台僧の即興的な戯画「をこ絵(嗚呼絵)」に由来するとも言われています。「をこ絵」には「ばかげたおどけ絵」という意味があるそうです。
★甲巻:甲巻は縦30.4センチ・全長1,148.4センチで、擬人化された動物が描かれています。甲巻はユーモラスで、漫画文化のルーツとも言われています。
★乙巻:乙巻は縦30.6センチ・全長1,189.0センチで、実在・空想上を合わせた動物図譜(ずふ)になっています。
★丙巻:丙巻は縦30.9センチ・全長933.3センチで、前半が人間風俗画、後半が動物戯画になっています。
★丁巻:丁巻は縦31.2センチ・全長1,130.3センチで、勝負事を中心に人物が描かれています。

【重要な金堂(本堂)・釈迦如来の解説】

★概要:金堂は高山寺の本堂です。金堂は室町時代に造仏されたと言われる本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)坐像を安置しています。
★歴史:金堂は1634年(寛永11年)に秀融・永弁らが仁和寺(にんなじ)の院家(いんげ)・真光院(しんこういん)から古御堂(みどう)を移して再建したと言われています。また金堂は1634年(寛永11年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が仁和寺・覚深法親王(かくしんほっしんのう・覚深入道親王(かくしんにゅうどうしんのう))の御願によって仁和寺から移して再建したと言われています。ちなみに金堂は1219年(承久元年)に創建され、1547年(天文16年)に焼失したと言われています。
★様式:金堂は屋根が入母屋造の銅板葺(どうばんぶき)です。金堂は桁行(けたゆき)三間・梁間(はりま)三間です。

【厳かな開山堂・明恵上人の解説】

★概要:開山堂は明恵上人の終焉の地とも言われ、聖域になっています。開山堂は明恵上人坐像(重要文化財)を安置しています。開山堂は明恵上人が晩年を過ごし、終焉(しゅうえん)の地とも言われています。なお開山堂では例年1月19日に明恵上人命日忌法要が行われています。
★歴史:開山堂は1723年(享保8年)に再建されました。ちなみに開山堂は明恵上人が住した禅堂院(ぜんどういん)として建立され、その後御影堂(みえいどう)として信仰されていたが、1547年(天文16年)に兵火によって焼失しました。その後1636年(寛永13年)に秀融・永弁らが再建したが、1717年(享保2年)に焼失しました。
★様式:開山堂は屋根が宝形造(ほうぎょうづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。

【見逃せない茶室・遺香庵の解説】

★概要:茶室・遺香庵(いこうあん)は通常非公開だが、紅葉シーズンに特別公開される場合があります。
★歴史:遺香庵は1931年(昭和6年)に明恵上人700年遠忌記念として、茶道家の懇志によって建てられました。発起人は古美術商の土橋嘉兵衛(ちはしかへえ)・実業家の高橋箒庵(たかはしそうあん)らです。茶室の設計は第3代・木村清兵衛(きむらせいべい)、茶庭の作庭は第7代・小川治兵衛(おがわじへえ)です。

【宝篋印塔(重要文化財)・如法経塔(重要文化財)の解説】

★概要:宝篋印塔・如法経塔は開山堂近くに建立されています。宝篋印塔は高さ約3.2メートル、如法経塔は高さ約1.4メートルです。
★歴史:宝篋印塔・如法経塔は鎌倉時代後期(1275年~1332年)に建立されました。宝篋印塔は明恵上人に帰依した富小路盛兼(とみのこうじもりかね)が寄進したと言われています。

【貴重な仏像・木像の解説】

★概要:仏像・木像にはいずれも重要文化財である乾漆薬師如来坐像(奈良時代)・明恵上人坐像・白光神立像(鎌倉時代)・善妙神立像(鎌倉時代)・木彫りの狗児(鎌倉時代)・狛犬3対(鎌倉時代)・神鹿1対(鎌倉時代)などがあります。
★木彫りの狗児:木彫りの狗児(えのころ・くじ)は像高約25.5センチの子犬の置物(狛犬)です。木彫りの狗児は鎌倉時代の慶派仏師である伝・湛慶(たんけい)作で、明恵上人遺愛の犬とも言われています。明恵上人は小動物を愛し、子犬をまたいだ後に立ち返って拝んだり、夢に子犬が現れたという逸話が残されています。

【日本最古の珍しい茶園・明菴栄西の解説】

★概要:茶園はかつて中心的僧房・十無尽院(じゅうむじんいん)があった場所にあります。かつての茶園は清滝川の対岸・深瀬(ふかいぜ)三本木にあり、日本最古の茶園とも言われていました。お茶の種は臨済宗(りんざいしゅう)の開祖・明菴栄西(みょうあんえいさい)が南宋(中国)から持ち帰り、明恵上人に贈ったとも言われています。
★豆知識:室町時代の闘茶(とうちゃ)では栂尾の茶を「本茶」、その他の茶を「非茶」と呼んでいたそうです。

【美しい紅葉・見ごろの解説】

★概要:高山寺は京都を代表する紅葉名所で、紅葉シーズンには紅葉に彩られた美しい情景を眺めることができます。紅葉は修学旅行や観光で見る価値があります。高山寺は紅葉の名所です。紅葉は例年11月中旬に見ごろを迎えます。紅葉シーズンには入山料が必要になります。また駐車場も11月に有料になります。(要確認)
★豆知識:栂尾山高山寺(栂ノ尾)はいずれも紅葉名所である高雄山神護寺(高雄・高尾)・槇尾山西明寺(槇ノ尾)とともに三尾(さんび)の名刹と言われていす。
高山寺紅葉見ごろ

【人気の神護寺(旧本坊)の解説】

★概要:神護寺はかつて平安時代後期に本坊だったと言われています。神護寺は824年(天長元年)に和気清麻呂(わけのきよまろ)の五男・真綱(まつな)と六男・仲世(なかよ)の要請により、いずれも和気氏の私寺であった神願寺と高雄山寺が合寺し、名称を神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)と改めたのが起源です。
神護寺(アクセス・・・)

【高山寺 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・高山寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場(Nishiki Market)
  2. 竹林の道(Bamboo Forest Path)
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る