苔寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

苔寺(Kokedera Temple)

苔寺の国宝・重要文化財などの見どころ解説

苔寺の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには苔寺の由来になった庭園(特別名勝・史跡)、千少庵が再建したと言われる茶室・湘南亭(重要文化財)、行基菩薩の位牌を祀る開山堂などがあります。また本堂・潭北亭・三重納経塔なども見逃せません。

【苔寺の由来になった庭園(特別名勝・史跡)の見どころ解説】

★庭園(苔庭)は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。写真映えして人気もあります。庭園は西芳寺が苔寺と言われる由来になっています。庭園は夢窓国師(むそうこくし)・夢窓疎石(むそうそせき)が作庭し、夢窓疎石最高傑作と言われる庭園を基礎としています。庭園は上段の枯山水(かれさんすい)式庭園と下段の池泉回遊式庭園から構成されています。枯山水式庭園は石組みだけだが、作庭当初の面影が残っていると言われています。枯山水式庭園は日本最古の禅宗庭園とも言われています。池泉回遊式庭園は「心」の字をかたどった黄金池(おうごんち・心字池(しんじいけ))を中心に朝日ヶ島・夕日ヶ島・長島(霞島)などがあり、約120種の苔に覆われています。緑の絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたように見えます。庭園にはかつて舎利殿(しゃりでん・瑠璃殿(るりでん))・縮遠亭などが建立されていました。
★庭園の歴史は南北朝時代(1337年~1392年)に天龍寺(てんりゅううじ)開山で、中興である夢窓国師・夢窓疎石が作庭しました。その後江戸時代(1603年~1868年)末期に苔に覆われたと言われています。庭園は洪水などで荒廃し、地下水位が高い湿潤な土地だった為、苔が生えるままに放置されたと言われています。苔寺の側には西芳寺川が流れ、一級河川・桂川に注いでいます。なお夢窓国師・夢窓疎石の作庭前は浄土(じょうど)式池泉だったとも言われています。
★庭園には伝承が残されています。一人の大男が動かせずに困っていた大石を錫杖(しゃくじょう)で動かしました。夢窓国師・夢窓疎石が感謝して礼を与えようとすると錫杖と袈裟(けさ)を取り換えて欲しいと頼んだことから取り換えました。寺男が大男の後をつけると四条染殿の地蔵堂に消え、袈裟を着た地蔵が座り、手に錫杖がなかったそうです。
★黄金池では平安時代(794年~1185年)前期に真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が殺生を戒める放生会(ほうじょうえ)を行ったと言われています。

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【千少庵が再建した茶室・湘南亭(重要文化財)の見どころ解説】

★茶室・湘南亭は庭園に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。湘南亭は西側から待合・廊下の間・次の間があり、次の間の北側に茶室・広縁(ひろえん)が配置されたL字形をしています。なお湘南亭の名称は中国の禅書「碧巌録」に由来しています。
★湘南亭の歴史は桃山時代(1583年~1603年)に千利休(せんのりきゅう)の次男・千少庵(せんのしょうあん)が父・千利休自決後に遁世して再建したと言われています。1862年(文久2年)に公家・岩倉具視(いわくらともみ)が隠れ住んでいたと言われています。なお湘南亭はかつて中興である夢窓国師・夢窓疎石が建て、その後荒廃したと言われています。
★湘南亭の建築様式は屋根が入母屋造(いりもやづくり))のこけら葺(こけらぶき)です。
★湘南亭は1591年(天正19年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)から切腹を命じられた千利休が一時移ったとも言われています。

【行基菩薩の位牌を祀る開山堂の見どころ解説】

★開山堂(指東庵)は開基・行基菩薩(ぎょうきぼさつ)と真如法親王(しんにょしんのう)の位牌(いはい)、中興である夢窓国師・夢窓疎石と藤原親秀(ふじわらのちかひで)夫妻の木像・位牌を安置しています。開山堂近くには夢窓国師・夢窓疎石が坐禅したと言われている三尺の坐禅石(ざぜんいし)があります。
★開山堂の歴史は1878年(明治11年)に再建されました。なお開山堂では1382年(弘和2年・永徳2年)に室町幕府3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)が道服を着用して徹宵しました。また室町時代(1336年~1573年)中期に室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)によって再建されました。
★開山堂の建築様式は屋根が宝形造(ほうぎょうづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。
★開山堂は東の空を指し、視線を戻すと忽然と消えていたという亮座主(りょうざす)と熊秀才(ゆうしゅうさい)の逸話から指東庵(しとうあん)と言われています。

【阿弥陀如来を祀る本堂(西来堂)の見どころ解説】

★本堂(西来堂)は見逃せません。本堂は本尊・阿弥陀如来像を安置しています。日本画家・堂本印象(どうもといんしょう)が描いた襖絵が飾られています。なお本堂は西来堂(さいらいどう)と言われています。
★本堂の歴史は1969年(昭和44年)に京都大学名誉教授・村田治郎(むらたじろう)の設計・監督によって再建されました。
★本堂の建築様式は寝殿造(しんでんづくり)風で、屋根が入母屋造の銅板葺(どうばんぶき)です。

【聖観音菩薩を祀る観音堂の見どころ解説】

★観音堂は本堂(西来堂)が再建されるまで本堂として使われていました。観音堂は聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)立像を安置しています。なお観音堂がある場所には本堂(西来堂)が建立されていました。
★観音堂の歴史は明治時代(1868年~1912年)に再建されました。
★観音堂の建築様式は屋根が桟瓦葺です。

【信者の写経を納めている三重納経塔の見どころ解説】

★三重納経塔は薬師如来(やくしにょらい)を本尊とし、信者の写経を納めています。なお三重納経塔は通常非公開です。
★三重納経塔の歴史は1978年(昭和53年)に建立されました。
★三重納経塔の建築様式は方三間で、屋根が銅板葺(どうばんぶき)です。

【真清水蔵六が寄進した茶室・潭北亭の見どころ解説】

★茶室・潭北亭(たんほくてい)は立礼式の茶室です。潭北亭は阿弥陀如来像を安置していたが、2015年(平成27年)4月に盗難の被害に遭いました。なお潭北亭の名称は中国の禅書「碧巌録」に由来しています。
★潭北亭の歴史は1928年(昭和3年)に陶芸家・真清水蔵六(ましみずぞうろく)の寄進によって建てられました。
★潭北亭の建築様式は屋根が切妻造(きりづまづくり)です。丸窓があります。

【千少庵の木像を祀る少庵堂の見どころ解説】

★茶室・少庵堂(しょうあんどう)は茶人・千少庵の木像を安置しています。千少庵は千利休の養子で、千利休の娘・お亀の夫です。また三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)の祖・千宗旦(せんのそうたん)の父でもあります。
★少庵堂の歴史は1920年(大正9年)に建てられました。

【中門である山門の見どころ解説】

★山門は中門で、春斎(しゅんさい)筆の扁額(へんがく)「西芳精舎(しょうじゃ)」が掛けられています。★山門の歴史は明治時代(1868年~1912年)に建立されました。
★山門の建築様式は一間一戸(いっけんいっこ)の薬医門(やくいもん)で、屋根が本瓦葺(ほんがわらぶき)です。

【松尾明神の伝承が残る影向石の見どころ解説】

★影向石(ようごうせき・えいこうせき)は黄金池の西側にあるが、苔に覆われていません。影向石は注連縄(しめなわ)が張られています。注連縄は正月に張り替えられています。
★影向石には伝承が残されています。室町時代(1336年~1573年)に松尾明神(まつおみょうじん)が影向石に安座し、「我れ、素より此の処に跡を垂る。我が社殿を営むことなかれ」と松尾大社(まつのおたいしゃ)の社司・藤原親秀に告げたとも、松尾明神が夢窓疎石の説法を聞く為に影向石に現れたとも言われています。

【苔寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・苔寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

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