苔寺見どころを全部解説-知れば修学旅行・観光を満喫

苔寺見どころ

苔寺見どころを全部解説

苔寺見どころを全部解説しています。見どころを簡単にポイントをまとめて徹底解説。見どころには約120種の苔に覆われ、苔寺の名称の由来になった苔の庭の庭園(特別名勝・史跡)・湘南亭(重文)・湘南亭などがあります。なお苔寺見どころを全部解説では修学旅行・観光を完全満喫できるように豆知識などを紹介しています。(個別解説下記参照)

【苔寺の歴史・簡単概要】

  • 概要・・・洪隠山・苔寺(こけでら・西芳寺(さいほうじ))は飛鳥時代に第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の皇子・聖徳太子(しょうとくたいし)の別荘があった場所で、聖徳太子作の阿弥陀如来(あみだにょらい)像が安置されていたとも言われています。苔寺は奈良時代の天平年間(729年~749年)に僧・行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が第45代・聖武天皇(しょうむてんのう)の詔により、畿内四十九院に数えられるの法相宗(ほっそうしゅう)の寺院として創建し、行基菩薩作の弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩(かんのんぼさつ)・勢至菩薩(せいしぼさつ))を安置し、西方寺(にしかたでら)と称したのが起源とも言われています。平安時代初期の806年(大同元年)に第51代・平城天皇(へいぜいてんのう)の第3皇子・真如法親王(しんにょほうしんのう)が草庵を結んで修行したとも言われています。

苔寺歴史(起源・・・)

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【苔寺:庭園の簡単解説】★★★修学旅行・観光の見どころ

庭園は世界遺産である苔寺の最大のハイライト・目玉です。庭園はインスタ映え・写真映えします。

  • 概要・・・庭園(特別名勝・史跡)は上段の枯山水(かれさんすい)式庭園と下段の池泉回遊式庭園から構成されています。枯山水式庭園は石組みだけだが、庭園作庭当初の面影が残っていると言われています。枯山水式庭園は日本最古の禅宗庭園とも言われています。池泉回遊式庭園は「心」の字を象った黄金池(おうごんち・心字池(しんじいけ))を中心に朝日ヶ島・夕日ヶ島・長島(霞島)などがあり、約120種の苔に覆われて緑の絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたように見えます。なお庭園にはかつて舎利殿(しゃりでん・瑠璃殿(るりでん))・縮遠亭などが建立されていました。
  • 歴史・・・庭園は南北朝時代に天龍寺(てんりゅううじ)開山で、中興である夢窓国師(むそうこくし)・夢窓疎石(むそうそせき)が作庭しました。その後江戸時代以降に苔の庭になったと言われています。庭園は洪水などで荒廃し、地下水位が高い湿潤な土地だった為、苔が生えるままに放置されて苔に覆われたと言われています。ちなみに苔寺の側には西芳寺川が流れ、一級河川・桂川に注いでいます。なお夢窓国師・夢窓疎石の作庭前は浄土(じょうど)式池泉だったとも言われています。
  • 伝承・・・庭園の作庭では伝承が残されています。一人の大男が動かせずに困っていた大石を錫杖(しゃくじょう)で動かしました。夢窓国師・夢窓疎石が感謝して礼を与えようとすると錫杖と袈裟(けさ)を取り換えて欲しいと頼んだことから取り換えました。寺男が大男の後をつけると四条染殿の地蔵堂に消え、袈裟を着た地蔵が座り、手に錫杖がなかったそうです。
  • 黄金池・・・黄金池では平安時代前期に真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が殺生を戒める放生会(ほうじょうえ)を行ったと言われています。

【苔寺:湘南亭の簡単解説】★★修学旅行・観光の見どころ

  • 概要・・・茶室・湘南亭(重要文化財)は西側から待合・廊下の間・次の間があり、次の間の北側に茶室・広縁(ひろえん)が配置されたL字形をしています。湘南亭は1862年(文久2年)に公家・岩倉具視(いわくらともみ)が隠れ住んでいたと言われています。
  • 歴史・・・湘南亭は桃山時代に千利休(せんのりきゅう)の次男・千少庵(せんのしょうあん)が父・千利休自決後に遁世して再建したと言われています。その後元禄年間(1688年~1704年)・1919年(大正8年)に修理が行われたと言われています。ちなみに湘南亭はかつて中興である夢窓国師・夢窓疎石が建て、その後荒廃したと言われています。
  • 様式・・・湘南亭は入母屋造(いりもやづくり))のこけら葺(こけらぶき)です。湘南亭は桁行五間・梁間二間です。
  • 伝承・・・湘南亭は1591年(天正19年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)から切腹を命じられた千利休が一時移ったとも言われています。

【苔寺:開山堂の簡単解説】

  • 概要・・・開山堂(指東庵)は枯山水式庭園にあります。開山堂は開基・行基菩薩と真如法親王(しんにょしんのう)の位牌(いはい)、中興である夢窓国師・夢窓疎石と藤原親秀(ふじわらのちかひで)夫妻の木像・位牌を安置しています。なお開山堂近くには夢窓国師・夢窓疎石が坐禅したと言われている三尺の坐禅石(ざぜんいし)があります。
  • 歴史・・・開山堂は1878年(明治11年)に再建されました。
  • 様式・・・開山堂は宝形造(ほうぎょうづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。
  • 伝承・・・開山堂は東の空を指し、視線を戻すと忽然と消えていたという亮座主(りょうざす)と熊秀才(ゆうしゅうさい)の逸話から指東庵(しとうあん)と言われています。

【苔寺:本堂の簡単解説】

  • 概要・・・本堂(西来堂)は黄金池の東側に建立されています。本堂は本尊・阿弥陀如来を安置しています。本堂には日本画家・堂本印象(どうもといんしょう)が描いた襖絵が飾られています。なお本堂は西来堂(さいらいどう)と言われています。
  • 歴史・・・本堂は1969年(昭和44年)に京都大学名誉教授・村田治郎(むらたじろう)の設計・監督によって再建されました。
  • 様式・・・本堂は寝殿造(しんでんづくり)風です。本堂は入母屋造の銅板葺(どうばんぶき)です。

【苔寺:観音堂の簡単解説】

  • 概要・・・観音堂は本堂(西来堂)が再建されるまで本堂として使われていました。観音堂は聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)立像を安置しています。なお観音堂がある場所には西来堂が建立されていました。
  • 歴史・・・観音堂は明治時代に再建されました。
  • 様式・・・観音堂は桟瓦葺です。

【苔寺:三重納経塔の簡単解説】

  • 概要・・・三重納経塔は高さ約25メートルの三重塔です。三重納経塔は薬師如来(やくしにょらい)を本尊とし、信者の写経を納めています。なお三重納経塔は通常非公開です。
  • 歴史・・・三重納経塔は1978年(昭和53年)に建立されました。
  • 様式・・・三重納経塔は方三間で、銅板葺(どうばんぶき)です。

【苔寺:潭北亭の簡単解説】

  • 概要・・・茶室・潭北亭(たんほくてい)は立礼式の茶室です。潭北亭は阿弥陀如来像を安置していたが、2015年(平成27年)4月に盗難の被害に遭いました。
  • 歴史・・・潭北亭は1928年(昭和3年)に陶芸家・真清水蔵六(ましみずぞうろく)の寄進によって建てられました。
  • 様式・・・潭北亭は切妻造(きりづまづくり)です。潭北亭には丸窓があります。

【苔寺:少庵堂の簡単解説】

  • 概要・・・茶室・少庵堂(しょうあんどう)は千少庵の木像を安置しています。千少庵は千利休の養子で、千利休の娘・お亀の夫です。また三千家の祖・千宗旦(せんのそうたん)の父でもあります。
  • 歴史・・・少庵堂は1920年(大正9年)に建てられました。

【苔寺:山門の簡単解説】

  • 概要・・・山門は中門で、春斎(しゅんさい)筆の扁額(へんがく)「西芳精舎(しょうじゃ)」が掛けられています。
  • 歴史・・・山門は明治時代に建立されました。
  • 様式・・・山門は一間一戸(いっけんいっこ)の薬医門(やくいもん)です。山門は本瓦葺(ほんがわらぶき)です。

【苔寺:影向石の簡単解説】

  • 概要・・・影向石(ようごうせき・えいこうせき)は黄金池の西側にあるが、苔に覆われていません。影向石は注連縄(しめなわ)が張られています。注連縄は正月に張り替えられています。
  • 伝承・・・影向石には伝承が残されています。室町時代に松尾明神(まつおみょうじん)が影向石に安座し、「我れ、素より此の処に跡を垂る。我が社殿を営むことなかれ」と松尾大社(まつのおたいしゃ)の社司・藤原親秀に告げたとも、松尾明神が夢窓疎石の説法を聞く為に影向石に現れたとも言われています。

【苔寺見どころ解説以外の情報】
苔寺基本情報

【苔寺見どころ 備考(参考リンク)】
住所・・・京都府京都市西京区松尾神ヶ谷町56
電話番号・・・+81-75-391-3631
拝観時間・・・8:30~17:00(事前申込必要)
拝観料・・・3,000円以上
アクセス・・・苔寺・すず虫寺バス停(徒歩すぐ)、阪急松尾大社駅(徒歩約20分)
*参考・・・苔寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

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