音羽の滝(ご利益・飲み方・・・)清水寺見どころ

音羽の滝

音羽の滝・清水寺見どころ

音羽の滝を解説します。音羽の滝は高さ約4メートルの3本の筧から流れ落ち、滝に向かって左の筧に学問成就、中央の筧に恋愛成就、右の筧に延命長寿のご利益があると言われています。3本から1本を選び、一口だけ飲みます。(詳細下記参照)

★込み合っている場合、素早く行動し、後の方に譲りましょう。三条の水には諸願成就のご利益があります。

清水寺見どころ(清水の舞台・三重塔など)

【清水寺 基礎知識】

清水寺は奈良時代後期の778年(宝亀9年)に大和・興福寺の僧で、子島寺で修行していた延鎮上人・賢心が「南の地を去れ」という霊夢により、音羽山に庵を結んだのが起源と言われています。その後780年(宝亀11年)に坂上田村麻呂が延鎮上人から鹿狩りの殺生を戒められ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の教えを諭され、自らの邸宅を仏殿(ぶつでん)に寄進しました。また坂上田村麻呂は妻とともに本尊・十一面千手観音像と地蔵菩薩・毘沙門天を安置したとも言われています。

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【音羽の滝・概要概略の解説】

●概要概略:音羽の滝(音羽の瀧)は奥の院の下で、清水の舞台(本堂)から見下ろせる場所にあります。音羽の滝は清水寺が建立されている音羽山(おとわさん)の山中から湧いています。音羽の滝は清水寺が778年(宝亀9年)に創建されてから1,200年以上、一度も涸れたことがなく、1年を通してほぼ一定量の水がこんこんと湧き続けています。なお清水寺は延鎮上人・賢心が音羽の滝のほとりの小さな庵を結んだのが起源と言われています。
●名称:音羽の滝の清水はかつて菩薩(ぼさつ)さまの功徳水(くどくすい)・心身を清める黄金水(おうごんすい)・長寿の延命水(えんめいすい)とも言われました。
●山:音羽山は京都市山科区と滋賀県大津市の境界に位置する標高約242.5メートルです。ちなみに音羽山は清水寺の山号にもなっています。

【音羽の滝・寺号名称の解説】

●寺号名称:音羽の滝は清水寺の寺号の由来になっています。音羽の滝から湧きでる水が清らかな清水(しみず)だったことに由来しています。清水寺はかつて「きよみずでら」ではなく、「せいすいじ」とも言われていました。
●北観音寺:清水寺は平安時代前期の810年(弘仁元年)に第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の勅許により、公認の寺院となり、寺号「北観音寺(きたかんのんじ)」を賜ったと言われています。

【音羽の滝・修行滝行の解説】

●修行滝行:音羽の滝は行叡居士(ぎょうえいこじ)・延鎮上人(えんちんしょうにん)以来、滝行の場でした。行叡居士は音羽の滝のほとりで草庵を結び、修行を行っていました。その為修験道(しゅげんどう)で滝行を行った際の足場となった石が3か所残っています。なお滝行は一般の信者にも広まり、「お瀧」と言われました。
●行叡居士:行叡居士は飛鳥時代から奈良時代の伝承上の僧です。音羽山の瀧(音羽の瀧)のほとりに草庵を結んで住し、200年間修行したとも言われています。778年(宝亀9年)に延鎮上人・賢心と出会うと観音力を込めたという霊木を授け、千手観音像を彫刻して観音霊地を守ってくれと言い残し、東国に姿を消したと言われています。
●延鎮上人:延鎮上人は平安時代前期の法相宗の僧です。奈良・子島寺(子嶋寺)の報恩法師に学び、法相宗の大本山である興福寺の僧となり、報恩法師の死後に子島寺を継ぎました。その後778年(宝亀9年)に京都に移り、標高約242メートルの音羽山に庵を結び、821年(弘仁12年)に亡くなったとも言われています。
●水垢離:音羽の滝では現在も心身を清める水垢離(みずごり)が行われています。なお清水寺では水垢離を一般開放していないそうです。

【音羽の滝・祠(小祠)の解説】

●祠(小祠):音羽の滝の祠(ほこら)には本尊・不動明王(ふどうみょうおう)が祀られています。また音羽の滝の祠には行叡居士も祀られています。
●不動明王:不動明王は真言密教の教主・大日如来の化身とも言われています。大日如来が衆生を教化する際、通常の姿では教化できないので、忿怒相をもって現れたとされています。不動明王は背に火炎を背負い、右手に悪を断ち切る剣、左手に救済の索を持ち、全ての悪と煩悩を抑え、全ての生あるものを救うと言われています。不動明王はサンスクリット語のアカラ(阿遮羅) を漢訳したものです。

【音羽の滝・ご利益霊験の解説】

●ご利益霊験:音羽の滝には学問成就・恋愛成就・延命長寿のご利益があると言われています。音羽の滝は高さ約4メートルの3本の筧から流れ落ち、滝に向かって左の筧に学問成就、中央の筧に恋愛成就、右の筧に延命長寿のご利益があると言われています。音羽の滝にはご利益を授かる為の飲み方があります。先ず音羽の滝の奥の祠に祀られている本尊・不動明王に静かに手を合わせてお参します。その後3本の筧から1本を選び、不動明王を向かって願を念じながら一口だけ飲みます。いくつも飲むと願いが叶わなくなったり、何口も飲むとご利益が何口分の1になったりすると言われています。なお音羽の滝では水を吐き出さず、柄杓(ひしゃく)を返す際には仏教的な意味合いも込めて3回丁寧に洗い流します。
●延命長寿:清水寺の開山した延鎮上人が音羽山に草庵を結んだ際、音羽の滝で長年滝行を行い、200歳という行叡居士に出あったことが「清水寺縁起」に記されています。音羽の滝は古来から延命長寿のパワースポットだったのかもしれません。
清水寺ご利益

【音羽の滝・一般販売の解説】

●一般販売:音羽の滝の水は祈祷され、「音羽霊水」として境内の売店で販売されています。音羽の滝は京都盆地の地下水が地圧により、音羽山の岩盤から湧き出したものです。音羽の滝は不純物が少なく澄んだ水で、硬度が低い軟水です。有機物が限りなくゼロに近いそうです。近音羽の滝は1年を通して、水温が11~12度だそうです。
●伝説:音羽の滝にはその清さからの為だろうか、「土用の丑の日に汲んだ霊水は腐らない」という伝説があるそうです。

【音羽の滝・龍の伝承の解説】

●龍の伝承:鎮守社だった地主神社(じしゅじんじゃ)の拝殿の鏡天井に描かれた丸竜は夜ごと抜け出し、音羽の滝の水を飲むことから目に釘を打たれたとも言われ、清水寺七不思議に数えられています。丸竜(雲龍図)は絵師・狩野永徳(かのうえいとく)の次男である絵師・狩野元信(かのうもとのぶ)が描きました。丸竜はどの方角から見ても自分を睨んでいるように見えるところから「八方にらみの竜」とも言われています。なお丸龍が描かれている地主神社の拝殿は重要文化財で、江戸時代前期の1633年(寛永10年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光が再建しました。
●龍:龍は観音の化身とされています。清水寺には古くから「観音の化身である龍が音羽の滝に夜ごと飛来して水を飲む」という言い伝えがあります。
●大蛇の伝承:音羽の滝には龍以外にも伝承が残されています。音羽の滝の水源である牛尾山で、大蛇退治が行われた際、真っ赤に染まったととも言われています。
●青龍会:清水寺では例年3月15日・4月3日・9月15日に青龍会(せいりゅうえ)が行われています。青龍会は2000年(平成12年)清水寺の本尊・千手観音立像(秘仏)がご開帳された際、観音の化身である青龍の誕生と開眼法要が行われたのが起源です。
清水寺青龍会

【音羽の滝・はてなの茶碗の解説】

●はてなの茶碗:はてなの茶碗(茶金)は上方落語の古典落語の演目です。三代目・桂米朝が子供の頃にラジオで流れていた二代目・桂三木助の口演をもとに戦後に復活させました。はてなの茶碗には音羽の滝の畔にある茶店・滝の家が登場します。はてなの茶碗は大阪出身の油屋の男が茶店・滝の家で休憩していると京都で有名な茶道具屋・金兵衛(茶金)が茶屋の茶碗のひねくり回しながら「はてな?」と首をかしげたことから話が展開していきます。
●滝の家:茶店・滝の家は100年以上の歴史があります。

【音羽の滝・清水寺見どころの簡単まとめ 備考】
*参考・・・清水寺(見どころ・歴史・・・)ホームページ

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