延暦寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

延暦寺の国宝・重要文化財などの見どころ解説
延暦寺の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには「不滅の法灯」が灯る根本中堂(国宝)、大日如来を祀る大講堂(重要文化財)、比叡山焼き討ちを唯一免れた瑠璃堂(重要文化財)などがあります。また文殊楼等も見逃せません。なお修学旅行や観光で見るべき文化財・見どころの概要・歴史・様式・豆知識などを解説しています。
【「不滅の法灯」が灯る根本中堂(国宝)の見どころ解説】
★東塔・根本中堂は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。写真映えして人気もあります。根本中堂には1,200年以上灯し続けられてきた3つの釣灯篭「不滅の法灯(ふめつのほうとう)」があります。根本中堂は東塔の総本堂で、中央の厨子(ずし)に天台宗(てんだいしゅう)の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)作と言われる本尊(秘仏)・薬師如来(やくしにょらい)立像を安置しています。伝教大師・最澄は北谷虚空蔵尾の霊木を一刀三礼で薬師如来立像を刻んだと言われています。なお玉座があり、その上に第124代・昭和天皇(しょうわてんのう)宸筆の勅額「伝教」が掛けられています。
★根本中堂の歴史は1571年(元亀2年)に織田信長(おだのぶなが)による比叡山焼き討ちで焼失し、1642年(寛永19年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が再建しました。根本中堂は788年(延暦7年)に伝教大師・最澄が建立した一乗止観院(いちじょうしかんいん)の後身です。
★根本中堂の建築様式は屋根が入母屋造(いりもやづくり)の瓦棒(かわらぼう)銅板葺(どうはんぶき)です。根本中堂は幅約37.6メートル・奥行約23.9メートル・高さ約24.2メートルです。根本中堂は土間の内陣と外陣に分かれ、内陣は外陣よりも3メートルも低くなっています。根本中堂は前に廻廊(重要文化財)があり、中庭をコの字に囲んでいます。
★「不滅の法灯」は788年(延暦7年)の延暦寺創建以来、灯し続けられてきました。ただ比叡山焼き討ちで一時途絶え、山寺(やまでら)と言われる山形・立石寺(りっしゃくじ)に分灯されていたものから再び灯されました。立石寺の分灯は1521年(大永元年)の里見氏流天童氏16代・天童頼長(てんどうよりなが)の焼き討ちで途絶えたが、1543年(天文12年)の立石寺再建の際に延暦寺から再び分灯されたものです。
【大日如来を祀る大講堂(重要文化財)の見どころ解説】
★東塔・大講堂は根本中堂に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。大講堂は本尊・大日如来(だいにちにょらい)坐像を安置しています。また比叡山で修行した日蓮宗の宗祖・日蓮(にちれん)、曹洞宗(そうとうしゅう)の宗祖・道元(どうげん)、臨済宗(りんざいしゅう)の宗祖・栄西(えいさい)、天台寺門宗(てんだいじもんしゅう)の宗祖・円珍(えんちん)、浄土宗(じょうどしゅう)の宗祖・法然(ほうねん)、浄土真宗(じょうどしんしゅう)の宗祖・親鸞(しんらん)、融通念仏宗(ゆうずうねんぶつしゅう)の宗祖・良忍(りょうにん)、天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)の宗祖・真盛(しんせい)、時宗(じしゅう)の宗祖・一遍(いっぺん)の像も安置しています。各像は各宗派から寄進されました。外陣に釈迦(しゃか)や仏教・天台宗ゆかりの僧の肖像画(しょうぞうが)が掛けられています。
★大講堂の歴史は1634年(寛永11年)に坂本の東照宮(とうしょうぐう)・讃仏堂(さんぶつどう)として建立され、1964年(昭和39年)に移築されました。
★大講堂の建築様式は屋根が入母屋造の銅板葺です。
【大乗戒の授戒が行われた大乗戒壇院堂(重要文化財)の見どころ解説】
★東塔・大乗戒壇院堂は内部に石造りの戒壇(かいだん)があります。大乗仏教(だいじょうぶっきょう)の菩薩(ぼさつ)が守るべき大乗戒の授戒(じゅかい)の儀式が行われました。大乗戒壇院堂は1987年(昭和62年)に仏師・西村公朝が造仏した本尊・釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)像を安置しています。
★大乗戒壇院堂の歴史は1678年(延宝6年)に再建されました。延暦寺では822年(弘仁13年)、伝教大師・最澄の死後7日目に大乗戒壇の設立が許可されました。
★大乗戒壇院堂の建築様式は屋根が宝形造(ほうぎょうづくり)のとち葺(とちぶき)で、二階建てに見える一重もこし(裳階)付きです。
【文殊菩薩像を祀る文殊楼(重要文化財)の見どころ解説】
★東塔・文殊楼は見逃せません。文殊楼は根本中堂の真東に位置し、延暦寺の山門になります。文殊楼は二階建ての門で、二階に文殊菩薩(もんじゅぼさつ)像を安置しています。鐘楼は国連平和の鐘と言われ、世界各国から寄せられたコイン・メダルによって鋳造されています。
★文殊楼の歴史は1668年(寛文8年)に火災で焼失したが、その後1668年(寛文8年)に再建されました。文殊楼は慈覚大師・円仁が中国・五台山(ごだいさん)の文殊菩薩堂に倣って建立したと言われています。
★文殊楼の建築様式は重層の楼閣で、屋根が入母屋造(いりもやづくり)の銅板葺です。
【阿弥陀如来坐像を祀る阿弥陀堂の見どころ解説】
★東塔・阿弥陀堂は本尊・丈六の阿弥陀如来坐像を安置しています。阿弥陀堂は檀信徒の先祖回向(えこう)の道場で、参拝者が施主になって日々回向が行われています。阿弥陀堂前には水琴窟(すいきんくつ)があります。
★阿弥陀堂の歴史は1937年(昭和12年)に比叡山開創1,150年大法要を記念して建立されました。
【仏舎利を祀る法華総持院東塔の見どころ解説】
★東塔・法華総持院東塔(ほっけそうじいんとうとう)は下層に胎蔵界(たいぞうかい)大日如来坐像を安置し、上層に仏舎利(ぶっしゃり)と法華経(ほけきょう)を安置しています。
★法華総持院東塔の歴史は1980年(昭和55年)に阿弥陀堂の横に再建されました。法華総持院東塔は伝教大師・最澄が全国6ヶ所に宝塔を建て、日本を護ることを計画したことに由来しています。
【阿弥陀堂の鐘楼(重要文化財)の見どころ解説】
★東塔・阿弥陀堂の鐘楼は讃仏堂の鐘楼だったが、1963年(昭和38年)に讃仏堂が大講堂跡に移され、鐘楼は阿弥陀堂の前に移されました。
★阿弥陀堂の鐘楼の歴史は1634年(寛永11年)に建立されました。
★阿弥陀堂の鐘楼の建築様式は屋根が切妻造(きりづまづくり)の銅板葺です。鐘楼は丹塗り(にぬり)だが、蟇股(かえるまた)・笈形(おいがた)は極彩色です。
【三井寺から移築した転法輪堂(重要文化財)の見どころ解説】
★西塔・転法輪堂は西塔の中心堂宇で、境内最古の建物です。転法輪堂は釈迦如来(しゃかにょらい)立像(重要文化財)を安置し、釈迦堂と言われています。
★転法輪堂の歴史は1347年(正平2年・貞和3年)に三井寺(みいでら・園城寺(おんじょうじ))の金堂(こんどう)として建立され、1595年(文禄4年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が無理やり移したと言われています。
★転法輪堂の建築様式は屋根が入母屋造のとち葺(とちぶき)・形銅板葺です。
【比叡山焼き討ちを免れた瑠璃堂(重要文化財)の見どころ解説】
★西塔・瑠璃堂は見逃せません。瑠璃堂は西塔から黒谷に向かう途中にあります。瑠璃堂は1571年(元亀2年)の比叡山焼き討ちで唯一焼失を免れたと言われています。
★瑠璃堂の歴史は室町時代後期(1467年~1572年)に建立されました。
★瑠璃堂の建築様式は屋根が入母屋造の檜皮葺(ひわだぶき)です。瑠璃堂は境内で珍しい禅宗様(ぜんしゅうよう・唐様(からよう))の特徴を持っています。
【常行堂(重要文化財)・法華堂(重要文化財)の見どころ解説】
★西塔・常行堂・法華堂は同じ形をしており、両者を繋ぐ渡り廊下があり、天秤棒(てんびんぼう)に似ているところから「にない堂(担い堂)」と言われています。常行堂は阿弥陀如来(あみだにょらい)、法華堂は普賢菩薩(ふげんぼさつ)を本尊として安置しています。
★常行堂・法華堂の歴史は1595年(文禄4年)に建立されました。
★常行堂・法華堂の建築様式は屋根が宝形造のとち葺です。
★常行堂・法華堂は源義経(みなもとのよしつね)の郎党・武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)が渡り廊下に肩を入れて担ったとも言われています。
【おみくじ発祥の地である四季講堂(重要文化財)の見どころ解説】
★横川・四季講堂は967年(康保4年)に第62代・村上天皇(むらかみてんのう)の勅命により、四季に「法華経(ほけきょう)」が論議されたことから四季講堂と言われるようになりました。また四季講堂は第18代天台座主で、元三大師(がんざんだいし)と言われる慈恵大師(じえだいし)・良源(りょうげん)の住居跡と言われ、元三大師堂と言われています。ちなみに慈恵大師・良源が現代のおみくじの形を考えたと言われ、おみくじ発祥の地と言われています。また護符発祥の地でもあります。
★四季講堂の歴史は1652年(承応元年)に建立されました。
★四季講堂の建築様式は屋根が入母屋造の瓦棒銅板葺です。
●上記以外は下記リンクから確認することができます。
延暦寺見どころ(国宝殿・紅葉など)
【延暦寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
延暦寺は1994年(平成6年)にユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」に登録されました。
*参考・・・延暦寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ




















