石清水八幡宮武内社・石清水八幡宮見どころ(修学旅行・観光)

石清水八幡宮武内社

●石清水八幡宮武内社は1967年(昭和42年)6月15日に国の重要文化財、2016年(平成28年)2月9日に国宝に指定されました。
●石清水八幡宮武内社は江戸時代前期の1634年(寛永11年)に建立されました。武内社は本殿(国宝)のすぐ背後で、本殿の瑞垣内に祀られています。武内社は祭神・武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)を祀っています。
武内宿禰命は日本最古の歴史書「古事記(こじき)・712年(和銅5年)編纂」に「建内宿禰」、日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・720年(養老4年)完成」に「武内宿禰」と記されています。「古事記」によると第8代・孝元天皇(こうげんてんのう)の皇子・比古布都押之信命(ひこふつおしのまことのみこと・彦太忍信命(ひこふつおしのまことのみこと))と宇豆比古(うずひこ)の妹・山下影日売(やましたかげひめ)との間に生まれ、孝元天皇の皇孫にあたるとも言われています。また「日本書紀」の第12代・景行天皇(けいこうてんのう)紀によると屋主忍男武雄心命(やぬしおしおたけおごころのみこと)と菟道彦(うじひこ)の女・影媛(かげひめ)との間に生まれたとも言われています。また第8代・孝元天皇紀によると孝元天皇の皇子・比古布都押之信命(彦太忍信命)の孫として生まれ、、武内宿禰は孝元天皇の3世孫にあたるとも言われています。武内宿禰命は大和朝廷の初期に活躍し、日本最初の大臣(おおおみ)になり、第12代・景行天皇、第13代・成務天皇(せいむてんのう)、第14代・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)、第15代・応神天皇(おうじんてんのう)、第16代・仁徳天皇(にんとくてんのう)の5代に仕えたとも言われる伝説上の忠臣です。また仲哀天皇の皇后・神功皇后(じんぐうこうごう)に従って新羅(しらぎ)出兵を助けたり、かご坂皇子(かごさかのみこ)・忍熊皇子(おしくまのみこ)追討に活躍したりしました。ちなみに武内宿禰命は伝説では300歳を越える長寿者とされています。なお武内宿禰命は紀氏(きし)・巨勢氏(こせうし)・平群氏(へぐりし)・葛城氏(かつらぎし)・蘇我氏(そがし)など有力豪族など27氏の祖ともされています。
●石清水八幡宮武内社は一間社(いっけんしゃ)で、切妻造(きりづまづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
石清水八幡宮見どころ

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