上賀茂神社立砂・上賀茂神社見どころ

上賀茂神社立砂

●上賀茂神社立砂は細殿(拝殿)前にある円錐状の2つの砂の山です。立砂は神代の昔に祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が降臨した神体・神山(こうやま)を模したのもで、向かって左に3本(陽)と右に2本(陰)の松葉が差されています。なお上賀茂神社立砂は鬼門に撒く清めの砂の起源と言われています。
松葉はかつて祭神・賀茂別雷命が降臨した神山に登って祭祀を行い、祭神・賀茂別雷命を里に迎えて祭祀を行う為、神山から持って来た松の木を立てて神迎えをしたことに由来しています。その後社殿が造営されると松の木が松葉に代わり、松の木が立てられた場所に砂が盛るようになりました。3本(陽)と右に2本(陰)の松葉は陰陽道(おんみょうどう)により、奇数(陽)と偶数(陰)を合わせて、神の出現を願うという意味があるそうです。なお立砂は細殿(拝殿)前だけでなく、本殿の祝詞座(のりとざ)前と背後にもあり、祝詞座前・祝詞座背後、細殿前の順で大きく砂が盛られています。
神山は上賀茂神社の北西約2キロにある標高約301.5メートルの神奈備山(かんなびやま)です。上賀茂神社の社伝によると神代の昔、上賀茂神社の祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が神山に降臨したとも言われています。平安時代前期の843年(承和10年)に上賀茂神社の社地になり、884年(元慶8年)に太政官符(だいじょうかんぷ)によって狩猟が禁じられたとも言われています。神山山頂には巨岩が環状に並ぶ垂跡石(すいじゃく・降臨石)があります。神山には葵も群生しているそうです。なお神山は細殿(拝殿)前にある円錐状の2つの砂の山・立砂(たてずな)のモデルになっています。また神山は歌枕にもなっており、「神山の 麓に咲ける 卯の花は たが標ゆひし 垣根なるらむ」と詠まれています。
鬼門は北東の方位・方角で、鬼門の反対の方位・方角である南西は裏鬼門(うらきもん)と言われています。鬼門は中国の陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)などにより、万鬼が出入りするとして忌み嫌われました。平安時代中期頃に陰陽道が最盛期になると鬼門を異常に恐れるようになったとも言われています。
細殿(拝殿)は江戸時代前期の1628年(寛永5年)に造営されました。一般的に拝殿は神社で祭祀・拝礼を行なう為の社殿です。拝殿は本殿前に建立されるが、拝殿がない神社や拝殿が2つある神社などがあります。拝殿が2つある場合、手前の拝殿が外拝殿(げはいでん)、奥の拝殿が内拝殿(ないはいでん)と言われます。また拝殿の中央が土間で、通り抜けられる場合には割拝殿(わりはいでん)と言われます。なお細殿は桁行五間・梁間二間で、入母屋造の檜皮葺です。
上賀茂神社見どころ

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