上賀茂神社の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

上賀茂神社の国宝・重要文化財などの見どころ解説
上賀茂神社の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには祭神を祀る本殿(国宝)と権殿、細殿(重要文化財)と異彩を放つ円錐状の立砂、日本百名橋に選ばれる舞殿(重要文化財)などがあります。また楼門・権殿・渉渓園なども見逃せません。
【賀茂別雷命を祀る本殿(国宝)の見どころ解説】
★本殿は楼門をくぐった奥にあり、権殿と並んで建立されています。ただ普段直接参拝できません。本殿は祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)を祀り、神器(神服・食器など)を奉安しています。賀茂別雷命は下鴨神社(しもがもじんじゃ)の東本殿に祀られている祭神・玉依姫命(たまよりひめのみこと)の子神で、雷を別けるほどの力を持つ神と言われています。なお本殿は板壁に狩野派による獅子(しし)・狛犬(こまいぬ)が描かれています。
★本殿の歴史は1863年(文久3年)に21年に1度行われる式年遷宮で建て替えられました。式年遷宮制は1036年(長元9年)に第68代・後一条天皇の勅によって確立されました。
★本殿の建築様式は三間社(さんけんしゃ)流造(ながれづくり)で、屋根が檜皮葺(ひわだぶき)です。
★本殿では2015年(平成27年)10月に第42回式年遷宮の正遷宮(しょうせんぐう)が行われ、賀茂別雷命の神霊が権殿から本殿に遷されました。天皇の勅使(ちょくし)が御祭文(ごさいもん)を読み、警蹕(けいひつ)が暗闇に響く中、神霊を御船代(みふなしろ)に載せて遷し、その後御神宝(ごしんぽう)も本殿に運び入れられました。
【本殿の仮殿である権殿(国宝)の見どころ解説】
★権殿(渡殿)は本殿の隣に建立されています。権殿は本殿の仮殿で、渡殿(わたどの)とも言われています。本殿が非常時の際に神儀(しんぎ)を行います。また本殿が式年遷宮の際に祭神・賀茂別雷命が遷されます。なお権殿は本殿と同じように板壁に獅子・狛犬が描かれています。
★権殿の歴史は1863年(文久3年)に本殿と同様に式年遷宮で建て替えられました。
★権殿は本殿と大きさ・形状が同じです。権殿の建築様式は本殿と同じ三間社流造で、屋根が檜皮葺です。
★権殿では第42回式年遷宮の際、2014年(平成26年)6月に賀茂別雷命の神霊が本殿から権殿に遷され、2015年(平成27年)10月の正遷宮で神霊が本殿に戻されました。
【円錐状の立砂がある細殿(重要文化財)の見どころ解説】
★細殿は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。写真映えして人気もあります。細殿は拝殿で、二ノ鳥居をくぐった先に建立されています。細殿はその前に2つの円錐状(えんすいじょう)の砂の山である立砂(盛砂)があります。立砂は向かって左側に3本(陽)、右側に2本(陰)の松葉が差されています。細殿は天皇・上皇・斎王(さいおう)の参拝の際に著到殿(ちゃくとうでん)として使われ、装束(しょうぞく)などを整えました。1708年(宝永5年)に内裏が炎上した際に第113代・東山天皇(ひがしやまてんのう)の行在所(あんざいしょ)とされました。
★細殿の歴史は1628年(寛永5年)に建て替えられました。
★細殿の建築様式は屋根が入母屋造(いりもやづくり)の檜皮葺です。
★例年7月1日に賀茂御戸代能(かもみとしろのう)が行われ、観世流(かんぜりゅう)の能・大蔵流(おおくらりゅう)の狂言が奉納されます。なお大相撲の巡業の際に横綱奉納土俵入りが行われることがあります。
★立砂は神代の昔に祭神・賀茂別雷命が降臨した神体(秀峰)・神山を模したと言われています。立砂は鬼門(きもん)に撒く清めの砂の起源とも言われています。
【祈祷殿である忌子殿(重要文化財)の見どころ解説】
★忌子殿は幣殿の奥に建立され、現在は祈祷殿として使われています。忌子殿の「忌子」は賀茂氏から選ばれた巫女(みこ)を意味し、巫女は賀茂斎院(さいいん)に奉仕していました。賀茂斎院では第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の皇女・有智子内親王(うちこないしんのう)などが葵祭などに奉仕しました。
★忌子殿の歴史は1628年(寛永5年)に建て替えられました。
★忌子殿の建築様式は屋根が入母屋造の檜皮葺です。
【日本百名橋に選ばれる舞殿(重要文化財)の見どころ解説】
★舞殿は修学旅行・観光で見る価値があります。舞殿は境内を流れる御手洗川(みたらしがわ・ならの小川)を跨ぐように建立され、橋殿(はしどの)とも言われています。川の上に建立された珍しい建物で、日本百名橋に選ばれています。
★舞殿の歴史は1863年(文久3年)に建立されました。
★舞殿の建築様式は屋根が入母屋造の檜皮葺です。
★例年6月30日に行われる夏越大祓(なごしのおおはらえ)の際に人形(ひとがた)が御手洗川(ならの小川)に流されます。また例年1月5日に新年竟宴祭(しんねんきょうえんさい)も行われ、舞楽(ぶがく)が奉納されます。
【馬場殿とも言われる外幣殿(重要文化財)の見どころ解説】
★外幣殿では奉納行事が行われています。外幣殿は一の鳥居をくぐった先に建立され、馬場殿(ばばでん)とも、御所殿(ごしょでん)とも言われています。外幣殿は葵祭の際に使用されています。なお外幣殿は法皇・上皇の御幸(ごこう)の際などにも使用されました。
★外幣殿の歴史は1628年(寛永5年)頃に建て替えられ、1880年(明治13年)に改修されました。
★外幣殿の建築様式は屋根が入母屋造の檜皮葺です。
★例年中秋に賀茂観月祭(かもかんげつさい)が行われ、様々な奉納行事が行われます。 なお例年1月16日の武射神事(むしゃじんじ)では外幣殿前の射場で大的式(おおまとしき)・百手式(ももてしき)が行われます。
【保管庫に使われた高倉殿(重要文化財)の見どころ解説】
★高倉殿は神職などが直会(なおらい・御神酒(おみき))を頂いたり、神器(しんき)などを保管したりしています。高倉殿は祭事用の保管庫に使われていたそうです。
★高倉殿の歴史は1628年(寛永5年)頃に建て替えられました。
★高倉殿の建築様式は屋根が入母屋造の檜皮葺です。
【神饌を調理した御供所(重要文化財)の見どころ解説】
★御供所は権殿の左右にあり、それぞれ東御供所・西御供所になります。御供所では神饌(しんせん)の調理・盛り付けを行います。西御供所は南端が直会所(なおらいしょ)になっています。
★御供所の歴史は1628年(寛永5年)頃に建て替えられました。
★御供所の建築様式は屋根が切妻造(きりづまづくり)の檜皮葺です。
【供僧が使用した楽屋(重要文化財)の見どころ解説】
★楽屋は仏事に奉仕する供僧(ぐそう)が使用していました。
★楽屋の歴史は1628年(寛永5年)頃に建立され、1880年(明治13年)に改修されました。
★楽屋の建築様式は屋根が切妻造の檜皮葺です。
【神職の祓所だった土屋(重要文化財)の見どころ解説】
★土屋は神職の祓所(はらえど)でした。現在も神職が神事を行う際に穢れ(けがれ)を祓っています。土屋には一面白砂が敷かれています。
★土屋の歴史は1628年(寛永5年)頃に建立されました。
★土屋の建築様式は屋根が入母屋造の檜皮葺です。
【ご神宝を保管する神宝庫(重要文化財)の見どころ解説】
★神宝庫はご神宝を保管していました。神宝庫では2012年(平成24年)に屋根の檜皮葺が葺き替えられ、一般に公開されました。
★神宝庫の歴史は1628年(寛永5年)に建立されました。
★神宝庫の建築様式は屋根が切妻造の檜皮葺です。
【背後に神体・神山がある唐門(重要文化財)の見どころ解説】
★唐門は左右に袖塀(そでべい)があります。なお唐門は背後に神体(秀峰)・神山があります。
★唐門の歴史は1628年(寛永5年)頃に建立されました。
★唐門の建築様式は屋根が切妻造の檜皮葺です。
【上賀茂神社のシンボルである楼門(重要文化財)の見どころ解説】
★楼門は細殿(立砂)に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。楼門は修学旅行生・観光客などの参拝者が本殿を参拝する際の出入口で、シンボルになっています。楼門は二階建てに見えるが、二層目に上がることはできないそうです。
★楼門の歴史は1628年(寛永5年)に建立されました。
★楼門の建築様式は三間一戸(さんげんいっこ)で、屋根が入母屋造の檜皮葺です。
【中根金作が作庭した渉渓園の見どころ解説】
★渉渓園(しょうけいえん)は見逃せません。渉渓園には桜・カエデ・ツツジ・アセビなどの植物が植えられ、四季折々に美しい光景が見られます。渉渓園は摂社・賀茂山口神社(かもやまぐちじんじゃ)前に作庭されています。渉渓園は面積約500坪です。
★渉渓園の歴史は1960年(昭和35年)に浩宮徳仁親王(ひろのみやなるひとしんのう)が誕生した奉祝事業として、平安時代(794年~1185年)の雅を伝える賀茂曲水宴(かもきょくすいのえん)を復活させる為に作庭されました。渉渓園は作庭家・中根金作(なかねきんさく)が作庭しました。
★例年4月の第2日曜日に賀茂曲水宴が行われ、平安時代の雅な曲水宴が再現されます。また例年3月3日の桃の節句に流し雛(ながしびな)が行われることがあります。
●上記以外は下記リンクから確認することができます。
上賀茂神社見どころ(鳥居・馬場など)
【上賀茂神社の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
上賀茂神社は1994年(平成6年)にユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」に登録されました。
*参考・・・上賀茂神社(見どころ・アクセス・・・)ホームページ
















