上賀茂神社七不思議の簡単まとめ-修学旅行・観光の見所

上賀茂神社七不思議の簡単まとめ

上賀茂神社七不思議を簡単にまとめて分かりやすく解説します。七不思議には大田ノ沢の杜若・賀茂の勝手火・楠木の化石橋・車返しの桜・御扉の狛犬物などがあります。大田ノ沢の杜若は約2万5千株が自生しています。(七不思議詳細下記参照)

上賀茂神社見どころ(本殿・細殿立砂など)

【大田ノ沢の杜若(かきつばた)・大田神社の解説】

●概要‐大田ノ沢の杜若は上賀茂神社の東にある境外摂社・大田神社(おおたじんじや)の参道の脇に約2万5千株が自生しています。大田ノ沢に手を浸けると手が腐るとも言われています。大田ノ沢の杜若は国の天然記念物で、例年5月に見頃になります。なお大田神社は上賀茂神社の境外摂社です。
●豆知識‐大田神社は以前から賀茂県主(かものあがたぬし)が祀られていた場所と言われています。
●大田神社‐大田神社は起源が明確ではありません。大田神社は上賀茂神社が造営される以前から祀られ、恩多社(おんたしゃ)とも言われていました。927年(延長5年)に成立した「延喜式」の神名帳に太田神社が記載され、式内社に列せらていました。

【賀茂の演能・能「賀茂」の解説】

●概要‐賀茂の演能は上賀茂神社の境内で、能「賀茂」を上演すると不思議なことに大雨が降ったり、能楽師(のうがくしゃ)が雷に打たれたりすると言われています。
●豆知識‐能「賀茂」には祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)が登場することから怒りに触れないように禁じられています。

【賀茂の勝手火(かってび)・社家の解説】

●概要‐賀茂の勝手火は上賀茂神社の社家(しゃけ)では賀茂以外の人には煮た物を食べさせないが、賀茂以外に行った時は他家のものを遠慮せずに平気で食べ、食べた後は賀茂川(かもがわ・鴨川)で身を清めて帰宅するというものです。

スポンサーリンク(Sponsor Link)

【楠木の化石橋(くすのきのかせきばし)・御手洗川の解説】

●概要‐楠木の化石橋は神符授与所と楼門の間を流れる御手洗川(みたらしがわ)に架かる石橋です。石橋は二枚の石板で、石板は楠木の大木が化石になったと言われています。
●豆知識‐楠木の化石橋は渡ると長寿になると言われ、長寿橋とも言われています。
●御手洗川‐御手洗川は賀茂川に設けられた明神井堰(みょうじんいせき)から取水された明神川が始まりです。明神川は上賀茂神社の御生所(みあれどころ)近くで御生川(みあれがわ)に名前を変え、上賀茂神社の境内に入ると御手洗川に名前を変え、楼門西側で御物忌川と合流するとならの小川(楢の小川)に名前を変え、境内を出ると明神川に再び名前を変え、琵琶湖疏水分線に合流しています。

【車返しの桜(くるまがえしざくら)・枝垂桜の解説】

●概要‐車返しの桜は一ノ鳥居を入ったすぐ右手にある大きな枝垂桜(しだれざくら)です。幕末(江戸時代末期)の1863年(文久3年)に第121代・孝明天皇(こうめいてんのう)が上賀茂神社を行幸した際、御簾(みす)を上げてご覧になり、枝を折って鳳輦(ほうれん)の中に入れて帰ったと言われています。

【御扉の狛犬(みとびらのこまいね)・本殿権殿(国宝)の解説】

●概要‐御扉の狛犬は本殿・権殿の扉の横に描かれ、本殿に鎮座する狛犬の影と言われています。
●豆知識‐御扉の狛犬が描かれた扉がある本殿・権殿は国宝で、幕末(江戸時代末期)の1863年(文久3年)の式年造営(しきねんぞうえい)で建て替えられました。なお本殿などの社殿はかつて21年毎の式年遷宮で建て替えられたが、社殿は国宝・重要文化財に指定され、全面的な建て替えはできなくなりました。

【物言わぬ神主(かんぬし)・神官の解説】

●概要‐物言わぬ神主(かんぬし・神官(しんかん))は明治時代以前の話で、精進頭になった上賀茂神社神官は潔斎(けっさい)期間中は一切無言で参拝するという習慣がありました。なお精進頭は神事などに際して1ヶ月以上潔斎に入って身を清め、穢れた人と話したりすると初めから潔斎をやり直さなければならなかったそうです。

【上賀茂神社 備考】
*参考・・・上賀茂神社(七不思議・見どころ・・・)ホームページ

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場(Nishiki Market)
  2. 竹林の道(Bamboo Forest Path)
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る