永観堂七不思議の簡単まとめ-修学旅行・観光の見所

永観堂

永観堂七不思議の簡単まとめ

永観堂七不思議を簡単にまとめて分かりやすく解説します。七不思議には抜け雀・悲田梅・臥龍廊・三鈷の松・木魚蛙・火除けの阿弥陀・岩垣もみじなどがあります。抜け雀は方丈の孔雀の間の欄間に描かれています。(七不思議詳細下記参照)

永観堂見どころ(阿弥陀堂・方丈など)

【抜け雀(ぬけすずめ)・方丈(京都府指定文化財)の解説】

●概要‐抜け雀は方丈の孔雀の間の欄間(らんま)に描かれているは雀のことです。欄間には5羽の雀が描かれていたが、あまりにも見事だったことから1羽が抜け出して飛び去ったと言われています。欄間は絵師・狩野探幽(かのたんゆう)が描いたと言われています。
●豆知識‐抜け雀が描かれた方丈は江戸時代前期の1627年(寛永4年)に建立されたとも言われています。また永観堂の寺伝によると戦国時代(室町時代後期)の永正年間(1504年~1521年)に第104代・後柏原天皇(ごかしわばらてんのう)が建立したとも言われています。
●狩野探幽‐狩野探幽は1602年(慶長7年)に狩野孝信の子、狩野永徳の孫として生まれました。4歳の時に自ら筆をとって描いたと言われ、1612年(慶長17年)に江戸に下り、その途中の駿府で徳川家康に謁し、1617年(元和3年)に江戸幕府の御用絵師になりました。1621年(元和7年)に江戸城鍛冶橋門外の屋敷を本拠として、幕命によって日光・芝・上野の徳川家霊廟の装飾や江戸城の障壁画を制作しました。また大坂城・二条城・名古屋城・京都御所などの障壁画も制作しました。1635年(寛永12年)に出家して探幽斎と称し、僧位・法眼に叙せられ、1662年(寛文元年)に宮内卿法印になって狩野派の権威を不動のものとしました。狩野探幽は狩野派の大画様式に水墨画や大和絵などの技法を取り入れ、優美で、あか抜けた瀟洒な様式に変えました。

【悲田梅(ひでんばい)・永観律師の解説】

●概要‐悲田梅は永観堂第7世法主・永観律師(ようかんりっし)が植えた梅の木で、敬意を込めて名付けられました。永観律師は境内に薬王寺(悲田院)という施療院を置き、梅を育てて梅の実を病人や貧しい者に分け与えました。なお永観堂の名称は永観律師に由来しています。
●豆知識‐悲田院は聖徳太子(しょうとくたいし)が孤児や身寄りのない老人を収容する施設を造ったのが起源です。

【臥龍廊・階段状の廊下の解説】

●概要‐臥龍廊(がりゅうろう)は御影堂・永観堂の本堂である阿弥陀堂・開山堂に続いている湾曲し、急勾配の階段状の廊下です。廊下は龍が体をうねらせているように見えることから名付けられました。
●豆知識‐臥龍廊は戦国時代(室町時代後期)の永正年間(1504年~1521年)に造られ、昭和に改修されました。

スポンサーリンク(Sponsor Link)

【三鈷の松(さんこのまつ)の解説】

●概要‐三鈷の松は御影堂の横にある松の古木です。一般的に松葉は二本だが、三鈷の松は松葉が三本あり、先が三つ叉になった法具の一種である三鈷杵(さんこしょ)に例えられて三鈷の松と言われています。三鈷の松は真心・智慧・慈悲の3つの福を授かるとも、財布に入れておくとお金が貯まるとも言われています。またタンスに入れておくと服が増えるとも言われています。
●豆知識‐三鈷の松は中国原産の白皮松で、松葉の長さが30センチ近くにもなるそうです。

【木魚蛙(もくぎょがえる)の解説】

●概要‐木魚蛙は三鈷の松の周辺に棲む蛙で、例年4月下旬から5月に掛けて、まるで木魚を叩いた時のような音で鳴くと言われています。ただ鳴き声を聞いた人はたくさんいるが、木魚蛙を見た人はいないと言われています。

【火除けの阿弥陀(あみだ)・阿弥陀如来坐像の解説】

●概要‐火除けの阿弥陀はかつて伝法堂と言われて言われていた瑞紫殿(ずいしでん)に安置されていた阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像です。永観堂は室町幕府の跡目争いが原因で、10年間も続いて京都を焼け野原にした応仁の乱では京都の他の寺院と同じように多くの伽藍堂宇が焼け落ちたが、阿弥陀如来坐像は右手が焦げたのみで焼け残りました。その為阿弥陀如来坐像は火除けの阿弥陀として信仰されるようになりました。
●豆知識‐火除けの阿弥陀は永観堂の寺伝によると真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が火除けの願を立てて彫った霊像とも言われています。

【岩垣もみじ(岩垣紅葉)の解説】

●概要‐岩垣もみじ(岩垣紅葉)は多宝塔近くの急斜面に生えている紅葉(カエデ科のタカオカエデ)です。なお永観堂は古くから紅葉の名所で、「秋はもみじの永観堂」と言われ、創建以来「もみじの寺」として広く知られています。永観堂には約3,000本の楓が植えられているそうです。
●豆知識‐岩垣もみじは平安時代の文人・藤原関雄(ふじわらのせきお)が「おく山の 岩がき紅葉ちりぬべし 照る日の光 見る時なくて」という古今和歌集(こきんわかしゅう)の中の歌に由来しています。
永観堂紅葉見ごろ

【永観堂 備考】
*参考・・・永観堂(七不思議・見どころ・・・)ホームページ

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場(Nishiki Market)
  2. 竹林の道(Bamboo Forest Path)
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る