清水寺轟橋・清水寺見どころ(修学旅行)

清水寺轟橋

●清水寺轟橋(とどろきばし)は轟門(重要文化財)前に架けられ、横には梟の手水鉢(ふくろうのちょうずばち)が置かれています。轟橋は川も池もないのに橋が架けられていることから清水寺七不思議に数えられています。轟橋はかつて轟川(とどろきがわ)という小川が流れていたことから架けられたとも言われています。また梟の手水鉢の水を流す為に架けられたとも、聖地に架かる橋の意味があるとも言われています。なお清水寺の塔頭(たちゅう)・成就院(じょうじゅいん)では轟川から取水した水を庭園に流しています。
清水寺周辺では北側に菊谷川(菊澗・菊渓)、中央に轟川、南側に音羽川が流れ、清水寺は轟川と音羽川に挟まれた場所にあると言われています。ただいずれの川も暗渠化されている場所が多くあります。轟川は音羽の滝と同じく、清水寺がある音羽山(おとわやま・乙輪山)を源とし、清水坂の山手側を流れ、三年坂付近を通って八坂通を流れ、その後菊谷川と合流し、琵琶湖疏水に注いでいます。ちなみに音羽の滝は音羽川の源となっています。
轟門は江戸時代前期の1631年(寛永8年)から1633年(寛永10年)に本堂(清水の舞台)が再建された際に一緒に再建されました。轟門は国宝である奈良・東大寺(とうだいじ)の転害門(てんがいもん)を小さく写したとも言われています。轟門は転害門と同じく、三間一戸(さんげんいっこ)八脚門(はっきゃくもん)で、切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。轟門は仏教の開祖・お釈迦様(おしゃかさま)の教えを獅子(しし)が吼えるように四方万里(しほうばんり)に轟かせる為に名付けられたとも言われました。なお清水寺では2008年(平成20年)から平成の大改修が開始され、轟門は2016年(平成28年)に全面改修が完了しました。
梟の手水鉢は轟橋の横に置かれ、その台座に梟が彫られています。梟は室町時代の御伽草子(おとぎぞうし)「鴉鷺合戦物語(あろかっせんものがたり)」に登場する梟を擬人化した「梟木工允谷朝臣法保(ふくろうもくのみつやあそんのりやす)」を意味するものではないかとも言われています。なお梟の手水鉢には口を漱ぐと歯痛・頭痛が治まるご利益があるとも言われています。
成就院は室町時代の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火で焼失した清水寺を再興した清水寺本願職・願阿上人(がんあしょうにん)の住房が起源です。その後成就院と名付けられて清水寺の塔頭になり、伽藍の整備や財政の維持・管理などを担当しました。
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